第8話 告白のきっかけ
さて逸る気持ちを抑え、教会の近くに宿を取る。今朝まで泊まっていた宿より質の良い所だ、料金は高いが致し方ない。
ドキドキしながら宿に入ると、奥のカウンターに厳つい男がいた。たぶん宿の主人だろう。
「いらっしゃい。何だ坊主、二人か? 金は持ってるのか?」
「一人です、二週間でお願いします。あと、彼女は別の所に泊まっているので」
迷わず宿泊料金を袋から出して、宿の主人に渡す。
「ほーぉ。まぁ、あんまりベッドは汚すなよ?」
「汚しません、彼女は帰りますから」
「まぁ、泊まるなら声をかけな? これが鍵だ、部屋は三階、番号は間違えるなよ」
「どうも」
後ろを見る、ソフィには聞こえていない様だ、目が合うと首をかしげている。念のために言っておくが一名だけの宿泊だ、今日だけ二名とかでもない、ベッドを汚す予定もない。
自然に、流れる様に台帳へ自分の名前を書く。彼は少し笑っていた気がするが、チップは弾んでおいたのだ、今は気にしないでおこう。
部屋は三階の角部屋だ、窓からの眺めが良いだろうか、朝日が綺麗に見えたら更に素敵だ。
心臓が早鐘を打つ、顔が熱い、もしかして私の顔はソフィの魔法の様に真っ赤に染まっているのではないだろうか。
いやいや何度も部屋で二人きりになった事はある、いまさら何を焦っているのだ。隣の彼女に緊張は見当たらない、当たり前の様に二人で部屋に入ってしまった。
部屋の中は清掃が行き届いていた、壁も漆喰の淡い優しい色合いだ、これは落ち着く。
それに小さな木の椅子が一つ、しっかりした作りのベッドが一つ置かれている。更に奥には扉があった、あれは風呂場だろう。
さて、まだ外は十分明るい、燭台のロウソクに火を灯さなくても良いだろう。頼めば追加料金で光る石を貸してくれるのだが、今は節約だ。
「ふぅ……ソフィ疲れてない?」
「うん、大丈夫だよ」
よし平常心だ、落ち着けアルヴィ。この街の宿は質が良い所が多い、特にここは評判が良いと聞いていた。
壁も厚く、ベッドも綺麗だ、きちんと風呂も付いている。彼女の魔法があれば、水を温める特別な道具がなくても、お湯を沸かせる気がする。
いや別に一緒にお風呂を使う訳ではない、ふとそう思っただけだ。
私は荷物を置いて、もちろんベッドに腰掛ける。ソフィは外套と手袋を脱ぎ、帽子と本を椅子の上に置いて、当たり前の様に私の横に座った。
肩が触れあう程に近い、柔らかい、とても緊張する。
私は意を決しソフィに振り向く、彼女もこちらを見ていた。可愛い顔が目に入る、ピンク色の唇、柔らかそうな頬だ。
綺麗なヘーゼルカラーの瞳を見つめると、その奥に吸い込まれそうになる。
「あっ、あのさ……今日は、他にどこか行きたい所ある?」
「うーん、特にないよ。アルヴィと一緒にいたいかな」
狙っているのか、自然体なのか、時々ソフィの言動は私の琴線に触れてくる。落ち着こう、緊張して舌が回らなくなったら格好悪い。
「そっ、そっか……あのね、今日はソフィに大切な話があって……」
「うん……」
さあ、今から私はこの気持ちを伝えるんだ。そう決心していいたはずなのに、私の言葉は止まってしまった……。
告白が失敗すれば、ソフィと私は単なる旅の仲間、若干の気まずさは残るかもしれないが現状維持だ。
例えば告白が成功しても、その後で私が死んだら彼女はどう思うのだろか。旅が終わり、生き残ったとして、私は彼女に何と言えば良いのだろうか。
国に帰らないでくれと言えば良いのか、私自身が帰る場所もないのに。どこに行けば良いだろう、私達は何をすれば良いのだろう。
いや、そんな事を今考えても仕方ない、当たって砕けろ、そう思ったはず。だが事態に直面すると言葉が出て来ない。
さっきまで心の内は彼女の魔法の様に燃え上がっていたのに、今はとても冷たくなっている。色々な不安がまとわりついて離れてくれないのだ。
私は今どんな顔をしているのだろうか、ソフィは不思議そうな顔をして首をかしげている。きっと、みっともないに違いない、彼女にかける言葉がどこを探しても一つも見当たらなかった。
そんな私を見ていた彼女は、ふと立ち上がった。
「あっ、ソフィ。帰るの?」
さっと口からは出て来た言葉は、そんな情けないものだった。
しかし、ソフィはこちらに向き直ると、軽く微笑んで私の顔をのぞき込んだ。更にためらいもなくベッドに片膝を付くと、ちょこんと私の上に乗ってしまった。
「ソフィ!?」
一瞬の出来事に戸惑うも、今は彼女の可愛い耳が見える。綺麗な銀色の髪が頬に当たる。これは少しくすぐったい。
けれども、ここまで近づいてしまったら腕の中は優しい感触でいっぱいだ。部屋は少しは寒いけれども、今は全部ほんのりと温かい。
それに優しい匂いがする。懐かしい気がした。
「うーん、何だかアルヴィ元気なさそうだよ。身体も震えてる。ほら、私って火の魔法が得意でしょ。だから、アルヴィの事、温めてあげようかなって」
彼女は私の首元に顔を押しつけ、もごもごと話をする。そして私の身体をぎゅっと掴んできた。
そんな事を言われてしまったら、私も無意識に腕に力が入ってしまう。彼女は一瞬だけピクッと身体を強ばらせるも、すぐさま力が抜けた様だった。
柔らかい感触と、彼女の鼓動が伝わってしまう。
流石はソフィ、凄い魔法使いだ。
「ねぇ、ソフィ?」
「なに?」
「ソフィのこと好きなんだ」
我ながら実にシンプルな告白だった。
「うん…………私もずっと大好きだったよ」
呆気ない。あれだけ悩んだのに、こんな告白しか出来なかった。それでも一番嬉しい返事をもらえたと思う。
「でも……アルヴィ? セルマちゃんの事は……いいの?」
何故だろう、ソフィの声が少し震えている気がする。どうしてセルマの名前が出てくるのだろうか。
彼女は私が村に住んでいた時の幼なじみだ。小さくて、可愛い感じがソフィに似ている、もしかして昔そんな話を馬車の上でした事もあったか。
でも、彼女は既に亡くなっている。
昔はセルマの事が好きだった、確かに何かの拍子に彼女に言ってしまったかもしれない。まさか今その事を聞かれるとは思わなかった。
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