第7話
「今日も可愛いね」
「そっ、そうかな……」
そう声をかけると彼女は照れながら私の腕を掴んだ、そして一緒に行こうとグイグイ引っ張る。
「アルヴィ! ねぇ、行こう?」
これは完全にお出かけ気分だろう、彼女の機嫌もすこぶる良い。今日は千載一遇の機会かも知れない。
「そうだね、でも後でファブリスさんに怒られない?」
「大丈夫だよ、今はアレクとカリーネと何か話し込んでいたから気が付いていないし。この前、アルヴィの所にお泊まりするって言ったら怒られたから、夜までに戻れば大丈夫!」
そう聞くと悪い男に騙されないか凄く心配になってくる。
しかし、何にしても二人とも良くやってくれたものだ。
さて、今朝は魔獣と命を賭けた殺し合いをしていたのに、私もソフィも戦いにすっかり慣れてしまったなと思う。
少し寂しさを感じるが、覚悟があったからこそ想いを伝える決心をしたのだ、今は感傷にふけっている場合ではない。
顔が熱くなっている気がする、いつもより鼓動が早いかもしれない。そうだ、今からここは戦場だ、冷静になれアルヴィ。
そう思い直し、旅の荷物を一部教会に預けると最低限の着替え等を袋に詰めて準備をした。
「じゃあ行こうか。そうだ、折角だし甘い物でも食べに行く?」
「本当? やった、アルヴィ大好き!」
はい、私も大好きです。その言葉は後にとっておくとして、私達は教会を出て行くのだった。
最初は街の中を散歩する、人混みではぐれないように、さりげなく彼女と手をつなぐ。自然にだ、極めて自然に、かつ当たり前の様に手を握る。
指を絡ませてはいけない、とても優しく掴むのだ。それにしても彼女の手は手袋越しでも小さく、温かい。
「あっ、ありがとう、アルヴィ……久しぶりだね、一緒に歩くのも」
「そうだね。最近は、皆は魔獣といつも戦ってたから、こんな時間もなかったよね」
「うん……」
よし、出だしは問題ないのだろうか。ソフィの歩く速さに合わせてゆっくりと歩こう。ふとした瞬間のさりげない気遣いが重要なのだ。そういうのが、かっこいいらしい。
男は優しさが大切だという。気遣いの男アレクシス・ラティカインより。
途中、宝石店が目に止まる。ソフィもキラキラした宝石達を見て目を輝かせていた。
彼女も成人しているのだ、こんな戦いなどに明け暮れていなければ普通の暮らしをしていだろうか。
もし良家のご息女なら綺麗なドレスを身にまとい、輝く宝石を身につけて社交界と言う尊い方々のパーティー等に参加していたかもしれない。
どこかで、誰かと、素敵な出会いをしていたかもしれない、そう考えると少し悲しくなる。だが彼女の隣に立っているのは私なのだ、自身を持てアルヴィ!
それにしても、この店の石は大きい、私が準備出来たものはこんなに大きくない。ダメだ、今は弱気になってはいけないのに。
「ソッ、ソフィは、宝石とか興味があるの?」
「うーん、ちょっとね。ほら、あの奥の大きい赤いやつ、たぶん魔石だよ。身につけていると、魔法を使うときに集中しやすくなるんだ」
「へーぇ、そうなんだ……流石はソフィ、博識だね」
よし、とりあえず落ち着こう。次は美味しい物を食べに行こう、幸いにしてアッテナの街は栄えている、飲食店も沢山ある。
事前にソフィが好きそうな物は調査済みだ。美味しい物を一緒に食べる、相手の話を良く聞いてあげる、二人だけの楽しい思い出を沢山作ることが大切だという。
愛される女カリーネ・オースルンド、ルチア・フォルティより。
ちなみにルチアとアルヴィドは付き合っている、二人とも割と真面目な交際らしい。どうして二人が付き合うことになったのか、未だに理由はよく分からないが。
さて、小綺麗な店に入り心を落ち着ける。些か場違いな二人ではあるが、この店に服装の制限などないことは把握している。
「ソフィは何食べる? ここのお勧めはタルトらしいよ」
「えっ、詳しいんだね……アルヴィここ来た事あるの? 誰と?」
「うん!? いや、そんな事をカリーネ達が言ってなと、思い出してさ……」
どうしてだろう、ふーんと言いながら目を細めて睨んでいる。落ち着け、話を逸らすんだ、当たり障りのない会話に誘導しなければならない。
「ソッ、ソフィ……ええと、今日は良い天気だよね?」
「そうだね。それで、誰かと来た事あるの?」
「ないよ、ないない。ソフィと今日来たのが初めてだよ」
どうしてだろう、ちょっと機嫌が悪いかも知れない。だが淀みなく注文は出来た、しばらくしてからデザートが運ばれてくる。
この日のためにカリーネ達とメニュー表の読み方、自然な注文の仕方を勉強したのだ、今の私に抜かりはない。
彼女は紅茶とタルトを、私は紅茶とマドレーヌを頼んだ。だが、ここの名物はタルトだ、もちろん値段もそれなりだ、二つ頼む余裕はなかった。
しかし、機嫌が直ったのだろうか、ソフィは目の前で美味しそうにフルーツタルトを頬張っている。
見ているだけでも幸せだったが、そんな彼女が私に話しかけてきた。
「これ凄く美味しいよ、アルヴィも食べる?」
もちろん答えは決まっている。
「うっ、うん……」
彼女はフォークでタルトを一切れ取ると、テーブルに身を乗り出して私の口元に近づける。自然に、ためらわず、それを一口食べるのだ。
美味しい、普通に食べるより百倍は美味しい。だが決してフォークを舐めてはいけない、冷静になれアルヴィ。
彼女は少しはにかみ、私の食べる姿をみてご満悦の様子だった。
そして私はマドレーヌの一片を紅茶に浸して一口食べる。お行儀は悪いが、こうやって食べると優しい香りが口いっぱいに広がっていく。
少し懐かしくて、とても寂しい、何とも言えない感覚が私を浸していくのだ。そんな私の様子をソフィは見つめている、とても優しい顔をして。
甘い、とても甘い一時だ。
さて、最後は二人きりになって想いを伝え指輪を渡す。どこで二人きりになるか、この街でそんな場所は一つしか思い当たらない、宿屋だ。
決してやましい事を考えている訳ではない、二人きりになっても紳士的な対応が大切だという。
誠実な男アルヴィド・アンセルムより。スケベのくせに、本当だろうか。
ちなみに、彼と私の名前は似ている。アルヴィドとアルヴィで一文字違いである、とても親近感を感じるが紛らわしい。
そのため彼はヴィド、私はアルと呼ばれていたのだった。
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