第12話 僅かな不安

「帰ろう……」


 不安を取り払うように、足早に宿へと向かった。その帰り道だ、今度はアレクとヴィドに会ってしまった。


「おい、アル! 一杯行こうぜ」

 

 アルヴィドが陽気に声をかけてきた。彼等は私を見てニヤニヤと笑顔を浮かべ、有無を言わせず酒場へ私を連行していくのだった。


 さて、酒場では誰かが楽器を演奏している、軽快な音楽に併せて酔っ払いが歌い出す。賑やかな喧騒の中、三人は小さく乾杯して呑み始めた。


 どうやら二人はソフィと私が教会に歩いて行くのを見つけ、後ろから見守っていたらしい。まったく気が付かなかった、とても恥ずかしい。


 だが彼等の協力がなければ今日の成功は有り得なかった、まずは感謝を伝えなければならないだろう。


「アレクシス、アルヴィド、本当にありがとう。ソフィに自分の気持ち伝えられたよ」

「そうか、なら良かった。これで僕たちも一安心だ」

「そうだな……何年越しの想いが実ったと思うと。めでたい、めでたい」


 あれ、昔から好きだと皆には思われていたのか、けっこう恥ずかしい。


 それからも話は尽きなかった、ここ最近のソフィと私の話を沢山していた。やはり彼等も内心ではやきもきしていたのだろうか。


 そして酒場の雰囲気に当てられて、二人は次々にお酒をおかわりしていく。まったく、このペースに合わせて飲むのも大変だ。


「はぁーーそれにしても、今夜は君を帰さないとか言えなかったのか? 教会に送っていくってどうなんだよ、情けない」

「なっ、言える訳ないだろう……お互い、もう少し大人って言うか、仲良くなって……」


 アルヴィドは相変わらずの口調で茶化してくる、これもいつもの事だ。だが二人とも顔が赤い、酔い始めてきたのだろうか。


「お前なぁ、これ以上どう仲良くなるんだ……それに今の時代、もう二人とも大人だろ?」

「そうだけど……あと皆に、ファブリスさんにも伝えないとって……」

「まぁ、そこは大丈夫だ。お前が心配しなくても……それにしても少しは乳繰り合っただろう。まさか、何もしてないのか? それは無作法にも程があるぞ」

「少し落ち着きなさい。ヴィド、そこは二人の問題だろ」


 アレクシスが笑いながら私達をなだめてくる。彼も酔ってはいるだろうが態度はそこまで変わらない、だが飲み過ぎて気が付くと倒れている質だ。


 しかし、乳繰り合うとか、そんな繊細な話を二人にしていいのだろうか。これは悩まれる。


「いや、それは……」

「お前、本当に……ソフィも気にしてたんだぞ」


 そうアルヴィドが少し眉間にしわを寄せて、一際渋い顔をして言った。


「今度はお前に失望されたらどうしようとか……自分に魅力があるのかとか、あいつも色々と悩んでたんだぞ」

「ヴィド、そのくらいに」


 これには少し驚いた、彼等も一緒に教会に居れば色々な話をする機会も多いとは思う。一緒に命懸けの旅に出た五人だ、色恋沙汰の話くらいする信頼関係があってもおかしくはない。


 私の知らないソフィの事も彼等なら良く知っているのかもしれない。そしたら最初から皆は分かってて、私に協力してくれていたのか。両思いだって教えなかったのは、やはり私の決心を確認するためだろうか。


 でも彼女はずっと好きだったと言っていた、いつから私の事が好きだったのだろう。ソフィもずっと不安を抱いていたと考えると心が苦しかった。今すぐ彼女を教会から奪い去って、宿屋のベッドにもう一度押し倒したい気分だ。


「皆、心配してくれてたんだ……そのさ、ソフィの事は大好きだよ、凄く魅力的だって。皆の事も大切だけど、ソフィは特別なんだ。それに、何もしなかった訳じゃ……その、もう夫婦なんだから……」


「ははは、はぁ……ほらね、ヴィド。大丈夫だよ……気が付いたら、もう夫婦になってるし」


 アレクシスは軽く笑みを浮かべて、アルヴィドを横目に見ていた。


「まぁ、流石はアルヴィだな……何だ、その……それなら本当に、おめでたい」


 しかしだ、ここは彼女の名誉のために話をうやむやにしておくべきだろう。


 ソフィはとても大人だったが、流石にこんなこと彼等には相談できない。これは私達だけの秘密だ、夫婦の秘密なのだ、旅の仲間にも気軽に言えることではない。でも私は十分幸せだった。二人の今後に支障はない、あっちの方でも。


 それにしても、二人とも今日は本当に上機嫌になっている。


「何だろう。息子が結婚したら、こんな気分なのか……」


 アレクシスは透き通る様な碧い瞳を酒場の外に向け、遠い目をして呟いた。その様子は向こうの女性店員が見とれているくらい様になっていた。


 だが息子とはなんだ、それは話が飛躍し過ぎだと思う、酔っ払っているのだろう。彼にも彼なりの家族計画があるのだろうか、是非カリーネとの妄想をしておきなさい。


「それにしても、何だかアルがソフィに似てきたよな……」

「あぁ、僕もそう思うよ。彼女のちょ……いや、努力が実ったというか。ほら、似たもの夫婦っていうし」

「そっ、そうかな……」


 ふと考える、ソフィと二人で今日から夫婦だ、家族なのだ。彼女がいてくれる、とても心が温かい、だがソフィはどうだろう。


 彼女の家族とは仲が良いのだろうか、詳しくは聞いたことはない。確か長女だと言っていた気がする、弟か妹がいたはず、ご両親も健在だ。さっきも二人で旅に出ようかと話していたけれども、これは少し複雑な気持ちになる。


「なぁ、アル。明日は何か予定でもあるのか?」


 そんな思案の最中に、アルヴィドから声をかけられた。


「明日? うーん、剣も壊れたし、装備を調達しに行こうと思うけど」

「なら、夜に皆でご飯でも食べに行こうぜ。ここまで上手くいったら、ファブリスさんも肩の荷が下りるだろう」


 アルヴィドよ、何故ここで彼の名前が出てくるのだ。怪訝な表情で彼を見返してしまう。そんな様子を見かねたのか、アレクシスが会話を続ける。


「そうだね、僕も賛成だ。それにしても剣を買いに行くなら、次はもう少し良い物を買ったらどうだい?」

「えっ、うん。どうせ壊しちゃうから、安いのでいいよ」


「まったく、欲がないな。まぁ、お前が剣を使わないに越したことはないけど。そう言えば知ってるか、アレクの持ってる二本目の剣、あの白いやつ……」

「こらこら、ヴィド。いきなり何を言い出すんだ」


 それは何のことはない、ただの惚気話だった。いつもより盛り上がっている二人を見ると私も嬉しくなってしまう。


 楽しそうで何よりだ、本当にこうしていると勘違いしてしまいそうになる。皆とは生まれた世界が本当は違うと言うのに。やっぱり、それが少し寂しかった。


 さて、すっかり夜も更け。賑やかな喧騒も先ほどから息を潜めている、そして私の前には酔い潰れた二人がいた。そろそろ酒場も閉まってしまうので、何とかして二人を教会まで送り届けなければならない。


「ほら、立って? 二人とも行くよ!」


 夜の街中を酔っ払い二人がふらふらと歩いている、見守る私は保護者の様だった。そして教会の前、ため息をついて待っているタルヴォがいた。


 察しが良いのか、ぴったり待っているものだ。彼は我々を見つけると微笑んだ、まったく笑った顔も格好良かった。


 帰り道、息を吐くと白に染まって空へ消えていく、まだ夜は寒いが雪が降るほどでもない。


 見上げれば空気が澄んでいるのか沢山の星が見えた、満月も真ん丸でとても綺麗だ。きっと今とても幸せな気持ちだからだろう、色々な事に感謝したい気分だ。


 明日はカリーネにも、ルチアにも感謝を伝えなければいけない。本当に今日は人生最良の日だ、その時の私は心からそう思っていた。

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