第13話

 翌朝、私の目覚めは爽やかだった。何故か、もちろんソフィとお互いの気持ちを確かめ合ったからだ。自分の事を好きでいてくれる子がいるというのは、とても幸せなものだ。


 頻繁に唇に残る感触を思い出してしまう、嬉しい、けど恥ずかしい。だが気を引き締めて水桶で顔を洗い、髪を整え、さっぱりしてから宿屋を出る。身だしなみは大切だ。


 さっそうと教会へ向かうと、扉の前でルチアとエドラが立って話をしている。そして、二人ともこちらに気が付いた様だ。


「おはようございます、ルチア、エドラさん!」

「おはようございます、アルさん」


 エドラは落ち着いた声で挨拶を返す、一方ルチアは私の顔を見て何とも言えない顔をしている。あれ、どうしたのだろうか、目線を逸らされた。


「おはよう、アル」


 何だかルチアの声が暗い。エドラが困った顔をして、ルチアを見ている。ちょっと気まずい、何故だろう。


「あっ、お二人ともお出かけになるんですか?」

「えっ、えぇ、次の準備がありますので。斥候と打ち合わせに行くのですよ」

「今回は早い準備ですね? どうかお気を付けて」


 なるほど、こんなに早くから斥候と話をしに行くとは、念入りな準備だ。今回の魔獣も強い相手かもしれない。頭を下げると、エドラは軽く受け止めて、そのまま二人は歩いて行った。


 英雄一行は従者含めて八人で行動している、加えて私である。それ以外にも、道中の旅を手伝う人達がいる。


 物資を調達、管理はもちろん、移動先の街に先回りして教会への協力を取り付けたり、魔物の動向を専攻して調べる斥候だったり。


 街での身辺警護をする人達もいるが、紛れ込んでいるので分からない。ファブリスに隠れてソフィと街に遊びに行くときも、実は誰かが着いてきているのかもしれない。


 そうすると、昨日の逢瀬は確実にファブリスに見抜かれているのだろうか。彼等と私はほとんど会ったことがないので分からないが。もう少し気をつけよう、次はソフィとお泊まりをしなければならないからだ。


 しかし、従者等としても、人間同士のゴタゴタに英雄達を巻き込みたくないらしい。


 以前、カリーネやルチアに言い寄ってきた何処かの偉い人達がいたが。英雄と呼ばれ、かつ地位も高いのだ、良からぬ思い出で近づいて来る人もいる。


 皆、命懸けで戦っているというのに。どうしても色々とあると、タルヴォさんが昔ちょっと愚痴をこぼしていた事がある。


 むやみに他人を信じてはいけない、私も気を付ける様に言われた事もあったか。もうソフィの夫なのだ、周りにも気を付けなくてはならない。


「よし……」


 まぁ、気を取り直して教会へ入っていく。まずは、タルヴォさんに会いに行こう、剣を揃えるのに支度金も貰わなければいけない。


 今はお財布の中身が空っぽに近いのだ、乾いたパンも買えないだろう。見かけた信徒の方に声をかけ、彼の部屋に案内してもらった。


「おはようございます、タルヴォさん」

「おはよう、アル。代えの剣についてだね、アルヴィド様から話は聞いているよ」

「そうだったんですか。いつも、ありがとうございます」


 酷く彼は疲れた様子だ、心中をお察ししてしまう。そして彼は引き出しから麻袋を取り出した、お金が入っている袋だ。あれ、何かいつもより膨らんでいるな。


「アルヴィ、昨日の戦いを踏まえて、君には出来る限り準備をして欲しい」

「あの……それは、また私が戦う事になると言う事ですか?」


 彼は目線を外して、今度は暗い顔をしてしまう。たまに彼からこう言った話を聞くことがある、つまり厳しい戦いになる時だ。


 ソフィ以外から、直接的に神託の内容は教えてもらえないのだが、遠回しに教えて貰う事もある。


「どんな相手ですか?」

「今度はドラゴンだ、それも複数体いる様だ」


 そう言われて言葉に詰まる。ドラゴンと言えば滅多に人が住んでいる圏内まで来ることはないが、この世界でも強力な力を持った生物だ。


 そもそも、魔獣とは野の獣が突然変異したもの、もしくは大昔は通常存在しえなかった危険な生物の総称である。


 相手によるが、下手に兵士を集めても犬死にする、まともに対峙すらままならない事もある。


 実は今の従者達が特別だった、普通なら英雄が戦う様な魔獣を見たら、誰しも蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。


 もちろん世界で英雄達だけが戦っている訳ではないが、それでも、この旅は彼等の負担が一番大きいのだ。


 ソフィが心配になる。


 並の魔獣なら英雄達五人で対応出来る、手強い相手でも三人の従者が加われば盤石だ。本来は私に戦う役割など回ってこない。


 だが前回も、今回もちょっと勝手が違うらしい。


「出来る限り身を守る準備をして欲しい、君の負担も大きいが……」

「承知しています……」


 昨日までの楽しい気分が吹き飛んでしまった。だが気を引き締めなければ。生き残らなければいけない、そしてソフィを守らなければならない。


「それから、今はアレクシス様達には会えない……彼等も準備があるからね。分かってくれるかい?」

「もちろんです……」


 ソフィに一目会いたかったが、これも仕方ない。剣士や魔法使いは戦いの前に精神を統一する。集中する事で剣術や魔法の威力を増す事が出来るらしい。


 おそらく、何か準備をしているのだろうか。詳しくは分からないが、彼女は以前そんな事を言っていた気がする。


「それから、隣の部屋にファブリス様がいる。帰りに一声かけて行ってくれ」

「えっ……はい、分かりました。」


 部屋を出て、大きくため息をつく。このタイミングでファブリスと話をするのは気が引ける。まぁ、理由は何となく分かっているが気が重い。色々な意味で気が重いが、仕方ない。


 一先ず、隣の部屋の扉をノックする。中から入れとファブリスの声が聞こえてくるのだった。


 部屋に入ると、彼は偉そうに椅子に座って、こちらを向いていた。


「おっ、おはようございます。ファブリスさん」

「タルヴォから話は聞いたようだな」


 ううっ、朝から圧が強い、相変わらず怖い顔をしている。昨日の一件もある、変な汗が出てきた。


「アルヴィ、今回の戦いは国から応援が来る。これからの戦いが厳しくなる事は分かっていたのだ、前々から準備もしていた。相手は強敵だ、それに神託は全てを教えてくれる訳ではない。そのため、より一層の準備をする……だからだ、お前はここで待っていろ!」


 えっ、何を言っているのだろうか。タルヴォの話とは全く違う。ソフィが戦うのだ、もちろん私も戦うに決まっている。


「いえ、戦います。もちろん彼等と一緒に戦いますよ」

「お前が、役目のないお前が戦う理由は本来ないだろう! 応援が来るんだ、彼等に任せておけ!」


 ファブリスは声を荒げて、睨み付けてきたのだった。

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