第3話

「いきます! 焼き尽くせ、Flame Storm」


 ルチアの後方で小さい女の子が叫ぶ、大きく見える杖を手に持ちながら。その瞬間ミノタウロスの周囲が真っ赤に染まり、ドーンと爆轟を響かせて大きな炎が渦巻いた。


 あれでは奴等も一溜まりもないだろう、丸焦げに違いない。私なら即死している。


 自然の力を具現化する方法、己の意思で世界に様々な奇跡を顕現させる術、これを人は魔法と呼ぶ。魂を見つけた人々は更に真理を追究した、その過程で生まれたのが魔法だという。


 魔法の善し悪し、これは生まれ持った才能と感情や想いの強さに影響される。


 あの小さな女の子は凄いのだ、誰も真似の出来ない威力の魔法を使える。短い詠唱で、正確に、そして力強い魔法を放つ。それは並々ならない努力の証だった。


 普通は簡単に詠唱を省略したり、増やしたりも出来ないらしい。それは自身の魂の根源から伝わってくる言葉だからだ。私はもちろん魔法も使えない、格好いい詠唱も思い浮かんでこなかった。


 彼女はソフィ・ルクレール、もちろん英雄の一人である。私より一回り以上は背が低く、とても小さい。おそらく一歳くらい年下だったはずだが、それでも小さい。


 いつも元気で、私に気兼ねなく話しかけてくれる優しい子だ。銀色のウェーブのかかった長い髪をなびかせ、全身を黒いローブに包み、その体型は大変慎ましやかである。


 かなり軽装だが、火の魔法を薄ら身にまとっているらしい、寒い日でも大丈夫と教えてくれた事もあった。


 そして腰に布地のポシェットを付けている、中には薬草や痛み止め、包帯などが入っているそうだ。彼等の戦いでは基本的に不要だと思われるが、いざという時のために持っているという。


 流石はソフィ、とても健気だ。


 大きな三角帽子を被って、魔女の様な……魔女見習いと表現した方が良いだろう。その姿も可愛かった。


 優しそうな大きな瞳、ハッキリとした鼻立ちは絶妙なバランスを保っている。そして柔らかそうな頬には少し幼さが残っていた、これは実際に柔らかいのだが。その頬を僅かに緩ませた優しい彼女の笑顔は、皆を、そして私を虜にしている。


 とても良い子だ、きっと私が父親なら恋人が来たら殴り飛ばすだろう。


 曖昧なのだが、もう五年ほど私は彼等と一緒に旅をしている。どうやら彼女の小ささは今も昔も変わっていないらしい。けれども一緒に旅をしている内に、彼女の存在は私の中で大きくなっていったのだろう。


 つまり私は彼女を好きになっていた。



 それはさておき、激しく燃え盛る炎の渦にミノタウロスは焼かれ、苦しそうな声を上げている。ズシン、ズシンと大きな巨体が倒れる様な音がした、奴等も炎の中で力尽きたのだろう。


 アレクシスとアルヴィド、そしてルチアの追撃で弱っていたミノタウロス達。ソフィの魔法で止めを刺したに違いない。


 流石は我等のソフィだ。


 彼等の後ろには三人の従者、そして一人の英雄が控えていた。どうやら皆も安堵している様だ、私も手に持っていた剣から力を抜いた。


 その時だった……。


 大きな咆哮だ、先ほどまでのミノタウロスの声とは異なる、酷く悍ましいものだ。魔獣の咆哮は人間の心を凍り付かせてしまう、それほど恐ろしいものだという。


 聞けば普通の人間なら一瞬で動けなくなる、蛇に睨まれた蛙の様に本能的な恐怖を人に与える。


 そうなれば一方的な虐殺が始まってしまう、だから魔獣は人間にとって危険な存在だった。



 燃え盛る炎の渦から途端に一体のミノタウロスが飛び出した、凄まじい勢いだった。そのまま真っ赤に染まった鉄塊を地面に叩き付ける。


 まるで爆発でも起こった様だ、辺りに衝撃が走り、粉塵が舞った。あれは腕力か、もしくは魔法か何かだろうか、地面が大きく削れている。ついでに大きな石がこちらまで飛んできた。


 アルヴィドが辛うじて盾で衝撃をいなしている、そしてルチアがソフィを彼の後方に連れて来ていた。魔眼で未来を見たのだろうか、無事な様だ。私は息を吐いて、胸をなで下ろした。


 それでも心配だ、彼女も火の魔法を身にまとうので物理的な衝撃にも強いらしいが。魔法使いは基本的に接近戦は苦手である。


 皆に緊張が走った、ミノタウロスは怒り狂っていたのだ。焦げた全身に赤い筋を立て、激高しながら更に鉄塊を振り回している。


 英雄達へ追い打ちをかける様だ、だが控えていた従者達は庇うように英雄達との間に割って入った。


 それでも鉄塊の勢いは苛烈だった。ブンと大きな音を立てて一振りすると、簡単に吹き飛ばされてしまった。あっという間に形勢を逆転されたのだ。


「ヴィド、ソフィとルチアのフォローを! はあああ!」


 気合いを入れ直したアレクシスがミノタウロスに斬りかかる。けれども先ほどより鉄塊の勢いは数段力を増している、勢いをいなすだけで精一杯だ。


 彼の持っている力を十分に剣に込めなければ太刀打ちできない。英雄だとしても自由自在に一瞬の間も無く力を使えるわけではない。剣術なら十分な集中が必要だ、魔法なら詠唱を求められる、その隙が見つからない。


 ミノタウロスの猛攻に隙を作るため、援護する様に二人の従者が交互に斬りかかる。更にもう一人の従者が刃の様な風を巻き起こして追撃した。


 ソフィも火の玉を創り、離れた場所から複数放って応戦している。鉄塊と剣がぶつかり合い、辺りに魔法が炸裂する激しい戦いだった。


 全身を震わせる程の大きな衝撃と音、そして熱がここまで届いていた。


 しかしミノタウロスは攻撃にも怯まず、痛みも感じないと言わんばかりにまた咆哮を上げた。そして目にも止まらぬ一撃だ、アレクシスは吹き飛ばされ、剣を地面に落とした。


 従者達も次々に吹き飛ばされ、その怒りはアルヴィドにぶつけられる。真正面から横薙ぎに振り抜かれた鉄塊、アレクシスを庇おうと前に出た彼を盾ごと吹き飛ばしたのだ。


 私はそんな英雄達の後ろ姿を見守っていた、何故なら私は英雄ではない、ただの村人だからだ。私の本来の仕事は彼等が馬車で移動する時の御者だ。他にも野営の準備、料理、様々な雑用を主に行っている。


 今も剣を持って立っているが、お前は戦ってはいけないとアレクシスに言われる。他の皆も言う、そしてソフィにも強く言われる。剣術も魔法も使えない、皆が一生懸命に教えてくれたが才能がなかった。


 目の前にいる彼等は選ばれた英雄達、幼き日に神託を受け、魔獣と戦う旅に出た。彼等の剣術や魔法は、常人が長い修練を積んでも簡単には真似出来るものではない。


 まさに世界に選ばれし者達だ。そして今も神託に導かれ、旅を続けている。

 

 だが私は神託など受けたことがない、具体的にどんなものかも分からない。そんな凡人が英雄の真似をすれば、その代償は想像に容易いだろう。


 けれども仲間の危機だ、黙ってみている訳にもいかない。私だって一つくらいは戦う術を持っているのだから。

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