第2話 五人の英雄

 世界に選ばれた者達がいる、誰もが恐れる困難に立ち向かい、偉業を成し遂げる者。彼等は正義の心を持ち、武勇に優れ、人々を救う。そんな彼等を、皆は畏敬の念を込めて英雄と呼ぶそうだ。


 ならば今まさに、目の前の凶悪な魔獣達へ立ち向かう彼等こそ、そう呼ぶに相応しいと私は思う。


 視界の先、五十歩ほど離れた向こう。牛の頭に人の身体、何とも形容しがたい化け物が三体も暴れていた。人の数倍は背丈があるだろうか、無駄のない鍛え上げられた肉体を持っていた。


 だが酷く歪んだ牛の顔が、醜い声をあげていた。


 あんな姿の生き物を、大昔の人々は神話になぞらえてミノタウロスと呼んだそうだ。


 腰にはボロ布を巻いている、大切な部分は隠しているなら羞恥心はあるのだろう。


 ゴツゴツとした大きな鉄塊を手に持ち、腕力に物を言わせ振り回していた。


「手強そうだな……」


 ふと声が出てしまう。あの鉄塊にかすれば私の身体は簡単に千切れ、潰れ、ただの肉塊になるだろうか。


 そんな凶悪な魔獣に対峙している青年がいた。彼は我らが英雄の一人、アレクシス・ラティカインだ。光り輝くロングソードで迫り来る鉄塊をいなし、ミノタウロスの身体に大きな傷を刻んでいた。


 いつも爽やかな笑顔を浮かべる金髪碧眼の好青年。


 だが今は歯を食いしばって、魔獣の猛攻をかわし、果敢に懐へ踏み込んでいく。剣にまとう温かな光は魔獣を打ち払う力、選ばれた者が使用できる特別な魔法であると言う。



 その昔ついに人々は魂を見つけた、そして魂が持つ力を利用する事に成功した。魂を、命を、そこから生まれる想いの強さを、戦う力に変えたのだ。簡単に言えば、奇跡を起こす手法を編み出したそうだ。


 その力を身にまとえば、肉体の能力を引き上げ、剣にすら込めて鋼の強度を向上させてしまう。


 さて、私は彼から目が離せなかった。彼は恵まれた体格ではないが、流れる様な剣捌き、そして柔軟な体幹を駆使して化け物に肉薄している。


 軽やかな足捌きはダンスの様だ、あんな姿を見れば誰しも憧れてしまう気がする。


 小さな魔獣なら容易く切断してしまうだろう、五十歩の距離なら二つ三つ数える間に駆け抜ける。常人には真似の出来ない力だ、それを彼は軽々と振るっていた。


 聖なる力と剣術、これ併せたら聖剣術と言うらしい。まったく、その名前からして格好いいにも程がある。私も剣術が上手くなりたかった。


「はあああああ!」


 今は魔獣に相対し、気合いを入れて切り込んでいく彼だが。ここだけの話、普段はただのむっつりスケベである。私が今までどれだけ骨を拾ってきたと思っているのか、少しは理解して欲しいものだ。 


 人生は六十年と誰かが言っていた。昔は百歳とか八十歳まで生きられたらしいが、今はそんな時代じゃないらしい。


 私も今年で十六歳、去年ようやく成人したばかりだが。けれども彼は二歳も年上なのに、たまに無邪気な少年に戻って馬鹿をする。そんな彼を、私はなかなかに憎めなかった。



 周りを見渡すと刺々しい岩肌が見える。ここはルクレール共和国という国の国境近く、キュッテと呼ばれる峡谷だ。


 いつもは旅人や行商人、流れの冒険者が行き交う賑やかな場所だが、最近はめっきり人通りがなかった。それもそうだろう、こんな化け物がいたら誰も通れないのだ。


 遠くに見える山の頂上には少し雪が積もっている、今はまだ寒い季節だ。この辺り一帯、大昔は川が流れていたそうだ。だが遠い昔の戦争で水が枯れてしまい、今はただ岩肌が残るだけ。


 この渓谷を通り、山を越えて行くと別の国がある。ラティカイン王国と呼ばれる国だ、それは彼の名字と同じだった。


 アレクシスの隣には大柄の男性いた、大きな盾を持ってミノタウロスの攻撃を防いでいる。重そうな鎧を着込み、もう片方の手には重そうなメイス持っている。それらを駆使して鉄塊を弾いているのだが、誰が見ても凄い力持ちだろう。


 自身の巨体をまるで意に返さず、素早く戦場を動き回っている。あれでよく動けるものだ、つい関心をしてしまう。


 彼も英雄が一人、アルヴィド・アンセルムである。年相応とは思えない彫りの深い渋い顔をしている。そんなことを言えば彼はいつも怒るのだが、本日も一際渋い。


 渋い顔を更に渋くさせて、アレクシスと交互にミノタウロスの攻撃を防ぎながら戦っていた。この戦い方は棍棒術、盾術とでも言うのだろうか、そう言えば聞いたことがなかった。


 あの大きな盾も魔獣の大規模な魔法を防ぐために光輝く時がある。聖なる力だと言っていた、なら聖盾術というのだろう。聖棍棒術は格好悪い、もっと格好いい名前を今度考えてあげようと思う。


「アレクシス、交代だ! 右の奴を頼む!」


 そんな渋い顔の彼だが、普段はただのドスケベである。温泉がある街に行った時のことだ、彼は女風呂を覗こうとして一人断崖絶壁を登った。


 もちろん我々は止めた、そんな目論見は直ぐに露見する。我々など言ってしまえば、彼女等の手の平の上で転がされているに過ぎない。


 実は私の好きな女の子も温泉に入っていたそうだ。私も一緒に行きたかった、だが断腸の思いで止める側に回った。けれども彼は独り勇敢にも立ち向かい、元気に尻を矢で打たれた。


 アレクシスと二人がかりで、必死に彼の巨体を引きずって回収したのが今でも良い思い出だ。私より三歳も年上なのに、色々と残念だった。


 「アレク、ヴィド、あまり前に出すぎない。射線を開けて!」


 彼等は声を合図にノタウロスから距離を取る。同時に複数の光が放物線を描く、そして鋭くミノタウロスに突き刺さった。それは三本の光の矢、その矢を射ったのはルチア・フォルティ、彼女も英雄の一人だ。

 

 狩人の様なマントを羽織る、背の高い女性である。彼女は一歳年上で、身長は私より高い。いつも頭をくしゃくしゃに撫でられて、完全に弟みたいな扱いをされる。


 地味な服装を好み、全身を茶色や深い緑色で統一している。森に入れば誰にも見つからない、茂みから彼女が突然出て来ていつも驚かされる。


 どうやら人が無意識に放っている気配と言うものを彼女は消せるらしい。


 いつも厳しそうな表情をしているが、喋ると優しいお姉さんだ。ギャップが凄い、初対面だと絶対に驚くと思う。


 それにしても同時に複数の矢を放ち、更に動く標的に当てる技は鮮やかだ。弓矢の使い方を教えてもらった事があったが、どうにも私には難しかった。置いてある的に当てるだけでも難しいものだ。


 更に彼女は少し先の未来が見える魔眼というものも持っているらしい。格好よすぎる、私もそういうの欲しかった。

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