第17話
どのくらい時間が経ったのだろうか、また目が覚める。今度は暗い、オレンジ色の光が天井をゆらゆら行ったり来たりしている。
誰かが顔を覗き込んでいるのが分かった。ソフィではなかった、アレクシスだ。
「アレ、ス、みん、だ、じょ」
あれ、やっぱり口が上手く動かない。バタバタと足音が沢山聞こえる。それが頭に響く。また瞼が閉じてしまう。
次に目が覚めると、前よりも意識がハッキリしていた。身体は少ししか動かない。右手の感覚がおかしい。左足もなんか変な感じだ。
口も上手く動かない。ヴィドとルチアがいる、ソフィは今日もいないのか。
「ヴィ、ド……」
「おっ、おお、起きたのか。アル、大丈夫か? って、大丈夫じゃないよな」
「みん、いじょう、ぶ? ソフィ……も」
「えぇ、安心して。ソフィも、私達も大丈夫よ。あなたも、もう少し休みなさい?」
うんと頷く。戦いから何日経ったのだろうか。もしかして彼等を足止めさせてしまっているだろうか。とても心配だ。
それから少しずつ体は回復してきた。右手は全然動かないけど。どうやら一週間は経っているらしい。
毎日毎日、代わる代わる、回復魔法をエドラさんや教会の人がかけてくれる。痛みは残っているが、初日の絶望的な激痛に比べれば良くなってきていた。
それから、まだ具体的に次の神託は受けていない様だった。これは一安心だ。
しかし、ソフィに会えない。
皆に聞くと、どうやら魔法の連発で体調を崩しているらしい。心配だけど、お見舞いに行けない。今はお見舞いされる側だから。
早く身体を治さないといけない。
それから、また一週間が経った。アレクシスが新しい神託を受けたと言っていた。
意識も一日にある程度ははっきりする様になっていた。だが起き上がれない。どうしよう皆は先に行ってしまうのか。
それにしても、トイレに一人で行けないのが辛い。おむつを教会の人に代えて貰うのが恥ずかしかった。ソフィに見られたら、こんなの恥ずかし過ぎて死んでしまいそうだ。
そんな苦しい状況の中で、タルヴォから大事な話があると聞かされた。きっと次の街に行く話だろう。心臓を鷲づかみにされるくらい苦しかった。
だが心して聞かなければいけない。三日後だと言われた、それが期日なのだろう。
そして、当日になった。私が寝ている部屋に皆が来た、ようやくソフィに会えた。でも元気がなさそうだ。
あとカリーネがいない。そう言えば一度も彼女に会っていない事に気が付いた。
「アッ、アレク、シス? カリーネ、何かあっ……ゴホッ……」
「あぁ、無理して話さなくていい。彼女もだいぶ疲れていたからね、まだ休んでいるよ」
「この、傷を? ゴホッ……魔法、使った? ごめん……」
何だろう、皆が一様に暗い。ソフィもまったく笑わない。ちょっと怖い感じがする。
「彼女は大丈夫だよ、それより君に話があってね。僕達はそろそろ次の目的地に向かわないといけない、もう時間が無いんだ」
「ごめん……足止め、ゴホッ、ゴホッ……させて。 大丈夫……はぁ、はぁ……治したら、追いつく……」
「いや、その必要はないよ。それと、言いにくいが、君の右腕はもう治らない」
驚いた、確かに全く動かないのだ。辛うじて皮膚に変な感触があるくらいだ。
カリーネにも治せないなら仕方ないけど、辛かった。だから皆の顔が暗かったのか。でも皆を暗い気持ちにさせてもいけない。きちんと事実を受け止めなければいけないのだろう。
「そっか……カリーネに……無理させ……」
「そんな事はないから気にしなくていいよ。それと本題だけど、君はここに置いていく」
「うん、ごめん……でも……まだ、戦える……何とか、グフッ、フウ……フウ……みんなに……」
部屋の中を静寂が包む。皆の視線が冷たい、それに表情が無い。内心はとても辛い、右腕がもう動かないなら、戦いづらくなるし、ソフィもちゃんと抱きしめられない。
胸の奥が苦しい。涙が出そうになる。けど我慢しなきゃ。皆に辛い思いをさせてはいけない。
それに、こんな所で皆と別れたくないし、自分だけ休んでいる訳にもいかないのだ。
「アル、違うよ。君はここでお別れだ。今まで良くやってくれた、本当に良い拾い物だったと思う……だけど、その身体だと君の力も使えない。最初は使い捨ての切り札だと思っていたけど、よくここまでもってくれたよ」
言葉が出て来ない、一瞬頭の中が真っ白になって固まってしまった。
「僕達には使命があるのは分かるだろう? 力の使えない君は、ただの足手まといだ。一緒に旅は続けられないよ。でも、ここなら、教会なら君を助けてあげられる。もちろん、我々からも口添えをしておくから心配いらない」
何を言っているんだ。とても酷い言葉だ。ニコリ笑った顔と酷く不釣り合いな言葉だった。
足手まといって、確かに今の私は旅に連れて行くには不便だろう。皆を見返すと、一様に冷たい視線を返してくる。
おかしいな、まだ夢でも見てるのか。それとも本当は死んでいて、地獄にでも落ちたのか。
「アル、君の役目は終わったんだ」
アレクシスは優しそうな声でそう言った。
「なん、で? 急に……待って……うっ……ソフィ?」
恐る恐るソフィを見る。きっと彼女なら助け船を出してくれる、そう思った。
「もう大丈夫から」
なんだろう、聞きたく無い。
「あのね、私には許嫁がいるの。将来結婚する人、アルヴィよりも強いんだよ」
聞きたく無い。
「ようやく彼と一緒に旅が出来る事になったの、だから……あなたの約束は叶えられない。あなたの旅は、ここでお終いだから」
「やめ……そん、な……」
彼女はどうして、そんな嬉しそうに、満面の笑みで、そんな酷い言葉を言っているのだろう。だって一緒に旅に出ようって、何で、だって好きって言って。
「ソフィ……うっ、嘘だって……くっ、ゴホッ、ゴホッ……」
でも、あの後から皆と話せなくなって。まさかソフィとの距離を離したのって、許嫁が来る事が決まったからなのか。
彼女は笑ったままだ。今まで見たことも無いくらいの満面の笑みを浮かべている。
全身から体温が奪われていく様だ。それに、とても気持ち悪い。咄嗟に俯いてしまう。怖い、ダメだ、彼等の顔がもう見られない。
「ソフィア様。行きましょう、これ以上は彼に話す事もないでしょう」
ファブリスの声が聞こえた、そのまま部屋を出て行く音がする。お終いってなんだよ、良い拾い物だって。まさか、今までの皆との思い出って。
皆もソフィもこの気持ちを利用して。今までずっと。
それに最後にドラゴンと戦わせて。使い捨て、何だよ、それ。
こんな結末になる事、まさか神託で全て分かっていて。だって、今まで、ずっと一緒に仲良く。いや、まさか、ずっと今まで利用して。
「あっ……」
顔を上げると、アレクシスと目が合う。
「ソフィアも上手いこと君の手綱を握っていた様だが。いくら君が馬鹿でも、流石に理解出来るだろう。役に立つなら我々も使うが、もう君は戦えないんだ」
彼はいつもの様に爽やかな笑顔で、私にそう言った。
「はぁ……はぁ……うっ、ゴホッ……ゴホッ……」
うっ、と咳き込んでしまう。身体の奥から寒さがこみ上げてくる。身体の震えが止まらない。
息が出来ない、胸が締め付けられる。涙が溢れてくる、止まらない。
気持ち悪い。経験したことがないくらいの不快感だ。あの温もりが。今までの思い出の全てが。何もかも最低なものに変わっていく様だ。
「君はもう戦えない。ここで、お別れだ……」
「うっ……ごめん……」
私が悪かったのか。勝手に勘違いして、舞い上がって。戦って、大怪我して。それで格好いいとでも思ったのか。
皆みたいに。英雄みたいに成りたかったのか。違う、だって。そんな気持ちで戦った訳じゃない。
いや、俺は何を間違えたんだ。
「うっ……くっ……」
視界は涙で歪んでいた。彼の顔はもう見えない。彼等もそれ以上は何も言わず、静かに部屋を出て行った。
一人残った部屋の中、震えながら私は思う。
「ずっと……仲間だって……ゴホッ、うっ、うう……皆のこと、大切だって……」
最初から、彼等は選ばれた英雄だった。そして、私はただの村人だ。だから、使えなくなったらもう要らない。
何だったんだ。今までの旅は、俺が間違ってたのか。悔しい、苦しい。旅の終わりがこんな結末なんて。
そして理解した。何度も感じた不安の正体に。
「そうか……魔法が、解けたんだ…………はぁ……はぁ……ただ、それだけなんだ……うっ、くっ……」
そう言った瞬間、体中の力が全部抜けていく様だった。
こんなの誰も救われない。いや俺が間違えてたんだ。きっと世の中はこんなものなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます