第15話

 その晩、山中で野営を行った。今回は沢山の人がいるので私の出番はない。テントも張らなくて良い、料理も作らなくて良い、手持ち無沙汰だ。


 焚き火の近くでソフィが新しく来た剣士達と話をしている、真面目な表情も素敵だ。


 私も彼女と話をしたいが、ファブリスに止められている。何だろう無理に引き離している気がするが。


 大丈夫、思いは通じ合っているのだ、こんなこと我慢できなくてどうする。


 それにしても、今回は誰も一瞬でも笑ったりしていない、本当に厳しい戦いなのだろう。


 少し怖くなってきた、ここからでも僅かに魔獣の気配も感じる、とても強い魔獣の気配だ。


 さて夕食を軽くとると、皆は寝てしまったが、私は焚き火の番をしていた。火が大きすぎると、もしかしたらドラゴンに気が付かれるかもしれない、注意しなければならない。


 他にも数名が起きて、一緒に番をしている。名前も知らない人ばかり、会話がない。


 カサッと後ろで草を踏む音がした、もしかしてソフィが会いに来てくれたのだろうか。後ろを振り向くと、そこにいたのはファブリスだった。


 何なんだ、期待したじゃないか。


「アルヴィ、話がある。座ったままで良い、聞け」


「はい」


 焚き火がパチパチを弾ける。まだ風が寒い、今はオレンジ色の温かさが身にしみる。


「お前と私は一番後方に立つ。アレクシス様達が前衛、カリーネ様が後衛、中間にタルヴォ殿、エドナ殿、そして新しく参加した剣士二人だ。ソフィ様と新しい魔法使いは、中間でドラゴンの動きを魔法で止める」

「分かりました……」


「それから、お前は絶対に私の前に出るな。これは命令だ!」

「はい……」


 厳しい口調だった。それだけ言って、もう彼は戻っていった。まったく何なんだろうか。


 次の日、馬車と半分の人員を置いて更に山を登る。馬車が通れる道がない、しばしの別れだ、マレンゴ、バルディ。


 木々の中を、息を潜めて、皆が無言で登っていく。私は一番後方だ、ソフィの姿が見えない。


 次第に木も少なくなり、視線の先には大きな岩が転がった山肌が見える。こんな場所で戦うのか、足下が悪すぎる、ソフィは大丈夫だろうか。


 大きな岩の影に隠れて、今日は体力を温存する様だ。皆が毛布に包まって話をしている、作戦会議だろう。


 ファブリスが言うには、ここを前線基地として明日夜明けに強襲をかける様だ。回復魔法を使える人員も沢山いるらしいが、もしもの時の為に最低限以外は皆ここに残ると言う。


 それにしても、敢えて私とソフィ達を離している様に思われるのは何故だろうか。確かに私が戦う場面が来れば、もう作戦も何もあったものではないが。


 それにソフィ以外にも誰とも目線が合わない、避けられている様で少し悲しい。そんなことはないと思うが。


「どうしてだろう……」


 つい言葉が漏れてしまう。夜になって更に冷え込んできた、山の上だ、余計に寒い。


 どうやらソフィが石を火の魔法で温めてカイロにしてくれた様だ。彼女から受け取ることは出来なかったが、それを布で包んで抱いて寝るしかなかった。


 それでも流石は、私のソフィだ。


 夜、眠ると夢を見た。小さな村に住んでいる一人の少年の夢。


 彼は国境近くの小さな村の子供だった。剣なんて握った事もないが、英雄の物語に夢を馳せる、ただの一人の村人だった。


 でもある日、町外れの林の中で行き倒れていた一人の剣士を助けた。名もない、流れの剣士。とても綺麗な長い剣を背中に背負っていた。


 腹ぺこだったのだろうか、生き倒れていた彼を少年は助けた。村の皆には秘密にしていたが、元気になった彼は少年に剣術を教えてくれた。


 今思えば、ただの棒きれのチャンバラごっこだけど。


 彼は私に言葉をおしえて教えてくれた。それに凄い事も教えてくれた、秘密の言葉だ。魔法でもない、剣術でもない、誰でも使えるが、誰しも使えない、誰よりも強くなる方法と言っていた。


 彼は少年に使える可能性があると言っていた、でも少年には理解出来なかった。何故なら、その言葉を呟いても強くなれなかったからだ。


 彼が去って一年以上経った頃、村が魔獣に襲われるまでは気が付かなかったのだ。


 魔獣が村を襲った時、少年は頑張って戦った。大切な幼馴染みを守るために。でも助けられなかった。一人生き残ってしまった、救いの無い夢だった。


 ずっと誰かに慰められていた気がする、私は毎晩ベットの中で泣き続けていたから。


 眠ってしまえば、また明日が、今日と同じ日がやって来る。もう村での幸せな日は一生戻ってこない、それは分かっている。けれども明日はやって来るのだ。


 本当に嫌な夢だった。


「うっ、ううん……何でこんな夢を……」


 目が覚めると既に夜明けが近い。泣いていたのだろうか、どうにも目元が少し冷たい。

 

 夜明けの寒さは身にしみるが、抱きしめていた石はしっかりと温かかった。


 空が薄らと明るくなっている、そして、夜明け前に我々は移動を開始した。慎重に息を潜めて山を登る。


 傾斜の付いた岩肌、一際大きい岩の側に三匹の大きなドラゴンがいた。翼を折りたたんでいても、人の背丈の八倍はあるだろう。真っ赤なうろこに、大きな爪と鋭い牙を備えている。


 それに、ドラゴンは口からブレスと言う魔法を放つ。正確には魔法の様なものらしい、炎や衝撃波、様々な種類のブレスを使う。


 そんな相手に下から立ち向かうには分が悪い、飛び立たれれば致命的である。だから、一度上まで昇って強襲をかける手筈だった。


 総勢十一人が音を出さないように傾斜を慎重に昇る、その後を静かについて行く。そして、ソフィ達が立ち止まった。


 視界の先、二百歩ほど離れた向こう、目を閉じたドラゴンが羽を休めている。グルグルと息づかいが、ここまで聞こえてくる。


 自分の心臓の音が聞こえるみたいに、静寂が辺りを包む。少しだけ皆の動きが止まった。


 そして、アレクシスがゆっくり手を上げ、そのまま振り下ろす。これが、開始の合図だった。


「母なる大地の力よ、敵を貫く強靱な槍となり、破壊の力を巻き起こせ、Rock Spear!」

「行きます! 焼き払え、Flare!」


 岩肌から鋭い岩がせり上がり、轟音と共に飛び立つとドラゴンへ衝突する。続けて、大きな火の塊が爆発を伴って弾けた。


 そして、一斉にアレクシス達が走り出す。


 まるで物語の一幕の様だ。


 一緒に駆け出そうとすると、ファブリスが手で制止する。まだ待てと言う事だろう。


 ソフィは走りながら、間髪入れずに大きな火球を放っていく。ルチアも同様に五本の矢を放ち、追撃する。


 もう一人の魔法使いは、まだ次の魔法を準備している様だ。


 耳をつんざくような咆哮が辺りに響く、剣士二人と魔法使いの動きが鈍る。ドラゴンは大きな口を開けている、その中は真っ赤に燃えている、ブレスが来る。アルヴィドが盾を構えて吠えた。


「聖なる光よ、我らの盾となれ、Holy Shield!」


 盾から放たれた光が強く輝き、ドラゴンが吐き出した炎とがぶつかり合う。この隙に乗じて、正面のドラゴンにアレクシスとアルヴィド、左右のドラゴンにタルヴォとエドラ、そして新しい剣士達が向かって行った。


 大きな巨体の間を縫うように、翼へ攻撃を続けている。ドラゴンが飛ばない様にしているのだろう。


 中央にはソフィと新しい魔法使いがいる。ソフィは魔法を途切れさせる事なく打ち続け、ドラゴンの動きを封殺している。


 火の魔法は効きにくいのだろうか、それでもドラゴンが飛ばない様に魔法で地面に貼り付けにしている。


 新しい魔法使いの後ろにカリーネが立っている、たまに彼女から綺麗な光が見える。遠くからアレクシス達を回復しているのだろう。


 離れた場所から回復魔法をかけるなんて、とても高等な技術だったはずだ。


 そうこうしていると、岩の壁が地面からせり出して、カリーネを守る様に囲んだ。これなら、盤石の布陣だろう。


 壮絶な光景だ、でもアレクシス達が圧倒している。このまま攻め続ければ勝てる、はずだった。


 ぞっとする感覚が背中を襲った、とっさにファブリスを掴んで飛び退いた。次の瞬間には、私とファブリスは大きな衝撃と共に吹き飛ばされていた。


 地面を転がり、次に見た光景は、山頂から飛来するもう一匹のドラゴンだった。真っ黒いうろこの、一際大きい奴だ。


 そんな話は少なくとも聞いていなかった、神託も全てを彼等に教えてくれる訳ではないのだろう。

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