31.家族の食卓

「さ、さ、お料理がそろいましたよ。お皿を並べますから、もう少しそちらへ詰めてくださいな」

 大皿、小皿――お料理をのせたトレーを手にしたお婆ちゃんが言う。

「お父さんったら、よそ様のお宅でなんです、そんな昼間からお酒なんか飲んで。これだから、先生のところには連れてきたくなかったんです」

 そして、同じくトレーを持った母さんが、目をきつくしてお小言を。

「おう、すまんな。手伝うよ」

「いや、ごめん。つい……」

 それに対して、お爺ちゃんと父さん――男ふたりが、すこし決まり悪げに席から立った。

 山神さんの家(正確には課長補佐の秘密基地)――わたしが最初に訪れた(?)日に、お婆ちゃんからご飯をふるまってもらった部屋、ひろいお座敷での事だ。

 部屋の真ん中に置かれた、これまた初日と同じ木のテーブルを間に挟み、お爺ちゃんと父さんは、なんだか長年の友達みたいに盛り上がっていた。

 ふたりに共通する趣味――釣りに関するアレコレで。

 テーブルの上にはビールのビンが林立し、二人ながらに顔がほんのり赤らんでいる。

 魚のはなしをさかなに、お膳の用意をしている女性陣わたしたちのことなどお構いなしで、日も高いうちから酒かっくらってるんだから、母さんじゃないけど、ホント、いいご身分だと思う。

 ま、別にそこまで腹も立たないけどね。

 で、

(やっぱりいない……)

 気づけば、知らず、視線がこの場にいないを求めてさまよっていた。

 いない事は知っているのに――わかっているのに、家の中をつい見回してはガッカリしてる――その繰り返し。願望が身体を無意識に支配してるんだろうか……。

(今日は、みんなでここに集まろうって言ったの、自分じゃない)

 なのに、その張本人が不在ってどういう事? 車庫でクルマをみる暇があったら、ここで人間の相手をしなさいよ。

「……課長補佐のオタンチン」

 呟きが漏れ、唇がツンと、とンがった。

 と、

「美佳」、「美佳さん」

 ふいに名前を呼ばれたものだから、わたしは思わずとびあがってしまった。

 声の主はお婆ちゃんと母さんのふたり、偶然だろうけど、奇しくもタイミングが重なりダブルである。

「申し訳ないけど、久留間さんを呼んできてもらえるかしら――お食事ですよ、って」

 動悸どうきしずめようと胸に手をあてていたわたしに、そう言ってきたのはお婆ちゃん。

 驚いたせいで、返事が「ひゃ、ひゃい!」とか、変になってたのかな?

 母さんと顔を見合わせた後、右代表といった感じでそう言ってきたけど、声にも顔の表にも、なんだか微笑ましいものを見ているような感じがあった。

 ちらりと母さんの方をうかがえば、こっちはハッキリ、によによしてるし、何なのよ。

 ま、とりあえず、お婆ちゃんからのお願いだから行きますけどね。


「課長補佐~! どちらですかぁ? ご飯ですよぉ!」

 手をメガホンに、呼ばわりながら車庫の中を歩く。

 前の時は苦労したものだけど、今回は、すぐに応答があった。

「おおぅ、安藤君かぁ。ここだ、ここ、ここ」

 一見して、カバを連想させる妙なデザインのクルマの脇で手を振っている。

「ムルティプラっていうんだ。可愛いだろ?」なぁんてそばまで寄ったわたしに言ってくるけど、やっぱり『変』だ。

 とても北島の一件が片付いた後、『美佳君を危険な目にあわせてしまったのは、すべてわたしの不徳の致すところです』と、わたしの両親の前で土下座せんばかりに謝罪したのと同一人物だとは思えない。

……そう。

 北島があんなになって……、それこそ破れかぶれでわたしたちを襲ってきたのは、課長補佐が原因だった。

 あっさり言えば、課長補佐が北島の会社を潰したんだ。

 どうやってというのは教えてくれなかったけど、でも、そのことを突き止めた北島は、復讐をはかった。

 どうやってか、わたしたちの居場所をつきとめ、自分に残された最後の財産であり、武器でもある『俺のポルシェ』でもって、復讐しようとしたんだ。

 からくもそれは失敗に終わったワケだけど、正直、紙一重の差だったとも思う。

 課長補佐は、だから、北島が自暴自棄におちいり、犯罪をおかすことさえ辞さない心理状態にまで追い込まれたこと――そこまでは考えがおよばず、守ろうとした筈のわたしを逆に危険にさらしてしまったことを両親を含め、わたしたち一家に告白して、頭をさげたのだった。

 でも……、

 わたしは、ただただ驚いただけ、母さんもおそらくは、そう。そんな中で父さんだけが、『頭を上げてください』と課長補佐に言ったんだ。

 そして、一言も口がきけないでいるわたしと母さんの代わりに、『単なる会社の上司/部下であるにすぎないのに、少なからぬ労力と時間、なによりお金や大切にされているクルマまでもを傷つけられた。そこまでして娘のために動いてくださった――そんな方に親として申し上げられるのは、ただ感謝の言葉だけです』

 どうも有り難うございましたと、逆に頭をさげたのだった。

 そこで我に返った母さんも、わたしも、口々にお礼を言って、感謝を伝えて、それで本当に、わたしの婚活からはじまるこの一件は落着したのよ。

 そして、

 だったら、となって、わたしたち一家に、神山さんのお爺ちゃん、お婆ちゃん、それから、もちろん課長補佐――事件(?)に関わった人たちみんなで打ち上げ、と言うか、お疲れ様会をやりましょうってなったのだった。

 お寿司、鉢盛り、デザート類……、お酒はいらないんじゃないかと思ったけれど、それらを買い込み、更には足りない分はお台所でつくってプラスして、

 さぁ、準備はできた。

 これからみんなでワイワイやろう……って、なったのにな。

 それを忘れて、クルマクルマクルマ……だなんて、

 まぁ、課長補佐らしいといえば、らしいのかな。

「さ、みんなお腹すかして待ってます。とりあえず、クルマのことは後回しにして――」

 わたしは課長補佐の手を引っ張った。

「行きましょう、久留間…………課長補佐♡」

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