30.その病の名は……
「路面の
こんな舗装がボロボロの悪路を猛スピードで走っていたんですからね。なまじ大馬力なクルマであるほど、コントロールを失ったら、もうどうしようもない――そう警官に説明している課長補佐の声が伝わってくる。
そして、かすかに
あ~、課長補佐って煙草吸うんだ。知らなかったな。いっしょに働いてても、そんな素振りも残り香なんかもなかったのに。
煙草のにおいは髪の毛にくっつくって、
わたしはボンヤリと、そんなことを考えていた。
(でも、なんだか安心する……)
そして、同時に、風にまぎれきれず、ただよってくる独特なにおいに、何故だか心が落ち着くものを感じていたのだった。
……あれから、わたしたちの頭上にまで来たヘリコプターは、やっぱり警察のものだった。
機体に、そう記されていたんだけれど、でも当然と言うか、着陸できるような場所はなく、直接、乗ってる人たちと会話することも出来ずに、結局、ヘリコプターは少しのホバリングの後、元来た方へと帰って行った。
まぁ、何の役にも立たなかった、なんて事はなかったと思う。
北島が焦って自爆したのもヘリコプターが近づいてきているのを知ったからだろうし、現場に着いてからは、こちらの状況や何より詳細な位置情報の通報もしてくれたんだと思う。
でも、課長補佐に言われ、わたしはわたしで、スマホでもって、あらためて警察に連絡をとりもしたんだけれど。
と言うか、そこでようやく、回線がずっと繋ぎっぱなしになっていたのを思い出したりしたのだけれど。
……と、まぁ、そんなこんなで、現場でパトカーの到着を待つよう指示され、そこでわたしはダウンしてしまった。
唐突に恐怖と緊張から解放されて、どうにも身体に力が入らなくなった――課長補佐が座席を目一杯リクライニングしてくれると、その上に長々とのび、情けなくもダウンしてしまったのだった。
もう、なんて言うかね――身体のあちらこちらがギシギシ
クルマのどこかにぶつけてしまったようでもあるし、全身に力をいれていたから筋肉痛をおこしてしまったようでもある。
なにより首が痛かった。
頭の重さは約六キロと、なにかで聞いたことがあるし、そんな重量物を支えた状態で、メチャクチャ振りまわされたんだから、かるい
ほんのカルい気持ちで課長補佐に同乗をお願いしたのに、結果は、こうもさんざんだった。
(でも、助かった。もう、これでホントのホントに『おしまい』なんだ……)
これまで意識しなかった(出来なかった?)全身の痛みに苦しみながら、でも、わたしは同時にじんわり『生』を実感している。
今にも突き落とされそうだった『死』の
北島のクルマは崖のはるか下――おいそれと助けに行けない場所まで落ちている。
アイツが生きているのか死んでいるのかについてはわからない。
こっちを殺しにかかった相手だからどうでもいいというのもあるけれど、何より装備も準備もナシに降りていけるような高さ(深さ?)じゃないからだ。
薄情(?)だとか人命第一だとか責められたところで、とてもじゃないけど確かめようがない。
現に、
(ようやく、と言っちゃいけないんだろうけど)ようやくやって来たパトカーに乗ってた警官たちに、課長補佐は、こうなるに至った経緯と事故がおきた時点の状況を説明している――崖の上から、はるか下方の北島のクルマをただ見おろしているだけの状態で。
それを課長補佐のクルマの助手席を仮のベッドにのびたわたしが聞くともなしに聞いている、と、現在の状況は、つまりはそういう事だった。
そして、どれほどの時間がたったか……、
「具合はどうだい?」
運転席の窓がかるくノックされる音の後、ドアが開けられ、そう声をかけられたのだった。
「だいぶ良くなりました……」
にぶい痛みを訴える首をめぐらし声の方を見ると、外から覗き込むようにしている課長補佐と目が合った。
太陽の光を背中から浴び、なんだか後光が差しているように身体の
表情は、いつもの通りにやわらかい。
何故だか、ドキン! と大きく心臓がはねた。
「無理しなくてもいい。あともう少しだけ
「は、はい」
多分、わたしの調子を
胸の動機は早さ強さをどんどん増しているみたいだし、
なに!?
なにナニ何NANI――なんなの、コレ!?
まさか風邪!?
突然、熱をだすとかオッカシイでしょ――なんなのよ、コレ!?
病気!?
わたし、病気なの!?
それに何よりわたし……、
どうして、課長補佐のことカッコイイとか思っちゃってるの……!?
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