28.激突-4
「おっとっとぉ……!」
どこか
……訂正。
不安定なのは変わらないけど、進行方向に向かって走り続けた――ガードレールを突き破って宙に舞ったり、土手に突っ込んで大破したりをするでなく。
ホント、不思議。
クルマの鼻先は、まるで
今だって、ズリズリ気持ちの悪い震動が、シートの座面越しに身体に伝わってきている。
決定的にスリップしているワケじゃないけど、でも、しっかりタイヤが地面を噛んでもいない、そんなギリギリ綱渡りをやってるような状況なんだ。
その証拠に、わたしの視界はブレっぱなし。
まっすぐ前を向いてる筈が、目の前の景色が右に行ったり左に行ったり、キリがない。
そうした挙動の乱れを課長補佐は口笛でも吹きそうな、なんでもない顔をしてさばいていく。
すごい。
(これって、雪国で育った人はスキーとかスケートが上手だって事と似ているのかしらん)
そう思った。
いや、
「あはは……。そんな事もないけどね」
心のなかに思っただけのつもりが、口からこぼれでていたようだ。
クルマだよ。クルマの性能のおかげ――それだけ、と課長補佐が照れたように言った。
「その証拠に、ホラ」
「?」
そう思って、言われたとおり後ろの様子を見てみれば……、
「あ……」
そこには、こちらよりもひどく姿勢を乱し、明らかにバランス取りに苦労しながら、なおも追いかけてくるのを諦めていない北島のポルシェの姿があった。
そういえば、このグラベル?――悪路に進入してからというもの、後ろからガツンガツン体当たりされる事はなくなっていたような。
曲芸としか思えない走りっぷりに驚き……と言うか恐怖の連続、加えて、シートの上で身体をシェイクされまくってて、そこまで気がまわっていなかった。
何度も言うけど、狭くて、くねった山道をよ? たとえばカーブを曲がっていくのに、車体が進行方向に対して真横を向いてズルズル滑りながら
ドリフトとか言うらしいけど、お金をくれるって言われたとしても、『次』があったら、わたしは絶対お断り。
命がいくつあっても足りやしない。
それどころか、ホラー……じゃなくって、『怪談』かな?――極限の恐怖体験をした後、その実年齢からはかけ離れた姿に一気に老いたり、そこまでいかなくても総白髪になるとか、頭の毛が全部抜けてしまうとか、とにかく、そういう心配を自分の身についてしなきゃならないって思っちゃうもの。
クルマから降りたら、いきなりお婆さんだなんてイヤくない?
でも……、
そんな常軌を逸した走りのおかげで……、
そんな走らせ方のできる課長補佐のおかげで、わたしは何とか今もって無事でいられるんだよね。
それどころか、いつの間にか、わたしを付け狙う北島との間に、こんなに距離をあけることが出来ていたんだ。それも、こんな悪路でさ……。
なんだか魔法みたいって言うか、ホント、課長補佐って運転、まぢウマい。
でも、そう言うと、褒められ慣れてないのか、照れるのよね。
「いや、そんな事ないよ、クルマの性能さ、性能」
――だなんて。
このクルマは4WD――四輪駆動だから、悪路には滅法つよいんだ、とか何とか。
正直、わたしにはよくわからない。
でも、課長補佐に言われ、ルームミラーのなかに確認した北島のポルシェの走りっぷりを見ると、そんなものなのか、とも思う。
すこし余裕ができたのか、続けて聞かされた課長補佐の言葉、
仮にクルマのエンジンが百馬力を発揮できるとして、それを地面に伝える手段としてのタイヤ――それが二つである場合と、四つ全部が使える場合を考えてごらん?
からはじまる解説(?)に、なるほど、そんなものなの、と思わされたのだ。
課長補佐は言った。
二輪駆動のクルマは、タイヤ一本あたりにかかる馬力は50。
対して四輪駆動のクルマの場合は、一本あたり25で済むと。
馬力は大きいに越したことはないが、そもそも、地面に確実かつ均等に伝わるのでなければバランスを欠き、
「エンジン出力に起因する絶対的な速さだったら、向こうの方が確実に上。でも、それは、こうした悪路に入ると一転、不利になる。更には、ドライバーが焦れば焦るほど――アクセルを踏めば踏むほど、駆動輪は空回りするばかりとなって、いたずらにクルマの姿勢を乱すだけの結果になりがちなのさ」
いや、後ろのあのクルマが二駆で良かった。
安藤君に非道なマネをしたあの男だけど、『俺のポルシェ』とか口にしているだけあって、911を選択――それも4WDのモデルじゃなくて、伝統のRRモデルを選んでくれて、それだけは、ホント助かったと言って小さく笑ったのだった。
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