25.激突-1

 それは突然のことだった。

 会話、というか文句というかを課長補佐相手に続けようとした矢先、強烈な音と光が後ろから叩きつけられたのだ。

「な、なに!?」

 ギラッと眩しい光がサイドミラー越しに浴びせかけられ、殴りつけるようなクラクションの大音量に身体がすくむ。

 反射的に背後を振り返ってみると、すぐ後ろにピタリと貼りつくようにして、一台のクルマがそこにいた。

 なおもしつこくヘッドライトをビカビカと点滅させ、クラクションを鳴らして、こちらを威嚇している。

「か、課長補佐……」

 声が震えてくるのを抑えきれないまま、隣に座る課長補佐の名を呼んだ。

「大丈夫だよ。心配いらない」

 視線をあわせるように、こちらに顔を向けてくれた課長補佐の表情は普段と変わらず。

「このクルマみたいなのを運転してると、こうして絡まれるのはしょっちゅうさ」

 なんでもないよ、よくある事と、ウンザリ気味ではあったけど、それでも、笑いかけてくれたから安心できた。

 そして、

 こういう手合いは、相手にしないでやり過ごすのが一番と、ハンドルを少し左に切って、ブレーキを踏んだようである。

 車速を落として、更には運転席側の窓を開けると腕をつきだし、後方に向かって『先に行け』と合図をおくっている。

 すると、

 そこではじめてヘッドライトの照射(後で課長補佐から教えてもらったけど、『パッシング』と言うんだそうだ)とクラクションがやみ、右側に寄った後続車両がこちらを追い抜いていき……かけたところで、何故か真横に並んで併走してきた。

「え……?」

 疑問と不安が結晶し、呟きとなって、口からぽろりとまろび出る。

(どうして追い抜いていかないの?)

 窓ガラス越しに並んで走る格好になった相手のクルマに目を向ける。

 こちらよりも背の低い車体。

 流線型で、銀色のクルマ。

 運転席側の窓が全開に開けられている。

 ドライバーがこっちを見ていた。

 その顔は――!

「き、たじま……?」

 次の瞬間、

 もしも課長補佐が急ブレーキを踏んでくれなかったら、わたしは命を落としていたかも知れない。

「きゃあッ!?」

 暴力的なまでの減速に悲鳴をあげ、前方に投げ出されるようにつんのめりながらも、わたしはフロントガラスのすぐ前を銀光となって右から左へ閃き去ってゆく一本の矢を視界に捉えていたからだ。

「正気か!?」

 会社のおなじ部署で働くようになってから……、知り合ってからはじめてと言っていいかも知れない――課長補佐が罵声をあげ、クルマをギャン! と、その場でスピンさせた。

 手足が、まるで魔法のように動きまわって、ハンドル、シフトレバー、ペダル類を操作し、向きを一気に一八〇度反転させると、これまで走ってきた道へ逆戻りするかたちでクルマを疾走させだした。

「あ……、あ、わ、わたし……」

 今になって震えがきた。

 たった今、目にした北島の顔。

 デートしていた頃の華やかさなど見る影もなく、髪はぼさぼさ、無精ヒゲまみれで、脂の浮いたやつれた顔。

 でも、その目だけはかれたようにギラギラしていて、そして、その手にはボウガンがあった。

 そのボウガンで、なんの躊躇ためらいもなくわたしを撃ったのだ。

(どうして!? なんでわたしを!?)

 わたしを見る目は憎悪にまみれ、表情は隠しきれない殺意で満ちていた。

 疑いもなく、アイツはわたしを殺すつもりだった。

 でも、どうして!?

「ちッ!」

 課長補佐が舌打ちをする。

「くそガキのくせに運転技術はそれなりか」

 そう言う課長補佐の視線を追って、ルームミラーを覗いてみると、そこにはわたしたちと同様、クルリとクルマを反転させて、こちらを追いかけてきている北島の『俺のポルシェ』の姿があった。

「美佳くん」

 常とは違う、厳しい声で課長補佐がわたしの名を呼ぶ。

「は、はい」

「スマホは持ってきてるか?」

「は、はい」

「よし。それじゃあ、すぐに一一〇番してくれ。――あおり運転されているから、助けてください、とな」

「はい!」

 手指がふるえてポケットからスマホを取り出すのにもたつく。

「深呼吸して」

「はい!」

「大丈夫だ。かならず僕がなんとかしてみせる」

「はい!」

 わたしは生まれてはじめて一一〇番をダイアルした。

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