23.NewNormalな日々-5

 課長補佐は……、いた。

 レモンイエローのクルマ――その運転席に座って、目をつむっていた。

「はぁ……」

 思わず吐息がこぼれていた。

(寝てる……)

 そりゃあ、呼んでも返事をしない筈だよねぇ。

 起こすべきか。

 起こすべきだろう。

 何より、わたしはその為にに来ている。

 早く戻らないと、『これも研究のためだもの』とかなんとか屁理屈をこねて、母さんが、わたしの分の料理にまで箸をつけてムシャムシャやりかねない。

 のに……、

 そうわかっているのに、実際わたしのした事といえば、ドアの外からグッスリ眠っている課長補佐をただただ眺めるだけだった。

「これ、あの日のクルマだ……」

 全面、あざやかな黄色に塗装されたクルマを前に、わたしはそう呟いていた。

 四角い……、ちょっといかつい感じの4ドアハッチバック。

 ヘッドライトは今のクルマではあまり見かけない丸いものが四灯。

 丸形だから、どちらかと言うと可愛らしいとか、そういった印象をあたえそうなものなのに、前輪、後輪部分のボディが、グッと横に張り出しているせいだろうか――いかにも逞しい、無骨な感じとなっていた。

 何とはなしに、クルマのまわりをぐるりと廻ってみる。

 リアウィンドウの上には、何かわからないけどフタみたいな感じの……、そのまま走ったら、モロに空気抵抗をうけて邪魔になりそうな、板みたいな部品が、ピンと天を向くように突っ立てられている。

 わざわざ棒のようなパーツで支えがしてあったから、そうする理由も、果たすべき役割もあるんだろうけど、それが何かはわからない。

 ただ、その四角い板がなければ、後ろから見た時の感じは、横からのそれに較べるとずっと温和おとなしい。

 ワイパーの下あたりに、『LANCIA』というデザインロゴが逆三角形の中の丸にかこまれ貼り付けられている。

 これは車体のフロントグリルにも貼られてあったから、きっとメーカー名なのだろう。

 そして、車体後部の右下側には、『integrale』と記されたプレートがあった。

 こっちはきっと車名なのに違いない。

 してみると、このクルマは、ランチア社のインテグラーレということなのか。

「なぁんか、チグハグな印象のクルマ、だよねぇ……」

 周回を終え、ふたたび運転席側にもどったわたしは呟いていた。

 一般的なファミリーカーだと思うのに、それにしては、そこから感じるたたずまい、かもし出す雰囲気が戦闘的すぎる。

 それも……、人間でたとえるならば、いわゆるヤンキー風なうわべを飾るものでなく、プロの軍人が発散している、風格のようなものだ。

 じっとしているだけで、いかにも、な、本物だけがもつ迫力めいたものを感じてしまうのだった。

 と、

「そんなことはないと思うけどなぁ」

 いきなり、そんなノンビリとした口調で声をかけられ、わたしは思わず飛び上がってしまうくらいに驚いた。

「な!? なッ……!?」

 絶句し、視線をあげた先で、課長補佐と目が合った。

 運転席の窓ガラスをほんの少し下げ、その向こう側でなんだか照れくさそうにわらっている。

「やぁ、驚かせてしまったようでごめん。――で? なにか僕に用事かい?」

「あ、謝るならキチンと窓を開けるなりして、なさったらどうなんですか」

 用件を訊く課長補佐に対して、わたしは腕組みをすると、プイとそっぽを向いてみせる。

 ことさら憎まれ口をたたいて、ひとりごとを言ってるところなんかを見られ、恥ずかしいのをごまかそうとした。

 が、

「いや、それはちょっと出来ない、と言うか、勘弁してくれ」

 なんて事ない要求を課長補佐が断ってきたから、『はぁ?』となった。

「なんでです?」

「このクルマ……に限ったはなしじゃないけど、そんな事をすると、窓の開け閉めができなくなる、かも知れない」

 わたしの問いに、モゴモゴと歯切れもわるく課長補佐。

 そうして聞かされた言葉に、わたしは思わず口があんぐり開くのをおぼえた。

「……ウソでしょう?」

「いや、ホント。最悪の場合、ガラスが下に落っこちちゃう」

 だから、窓ガラスは全開に出来ないんだと、申し訳なさそうに課長補佐は言ったのだった。

 はぁ? ナニそれ? もし、それがホントだったら、とんだ不良品じゃない。

 つい今しがたの恥ずかしさも、ついでに(?)自分は、ここまで課長補佐を食事に呼びにきたのだという本来の用事も忘れ、わたしはその場に立ち尽くしてしまったのだった。

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