14.リビングにて-2

 わたしは話した。

 うまく声がでなくて、涙をこらえるのに必死で、時にしゃくり上げそうになりながら、つかえつかえに、でも、一生懸命に、今日の出来事――その一部始終をありのままに告げた。

「なんとまぁ……」

「信じられない……!」

「なるほど……」

 それに対する父、母、そして課長補佐の反応がコレ。

 父は呆れ、

 母は憤り、

 課長補佐は、仔細ありげに唸った。

 そして、

「訴えてやる! よくも、うちの娘を……!」

 叫ぶように、そう言ったのは母だった。

 目には悔し涙さえ浮かべて、顔を真っ赤にしている。

 父も眉宇を険しくしていたが、我を忘れていきり立った母よりは、まだ感情の抑制ができている。

「美佳、なんてとこなの、そのイベントを企画した会社は!? 連絡先を言いなさい。文句言ってやる!」

 今にもテーブル越しに掴みかかってきそうな母をなだめるようにいさめるように、なおも言い募ろうとする母をなんとか止めようとした。

 が、

「お母さん」

 それを視線で抑え、実際に言葉を発したのは課長補佐である。

『ストップ』といった感じに片手をあげると、

「お気持ちはわかりますが、それは多分、無意味です」

 淡々と言った。母はいっそういきり立つ。

「無意味って、それはどういうことですの!? 娘は、相手の男に乱暴されかけ、挙げ句、もしかすると、もっと非道い……、取り返しのつかない事になっていたかも知れないんですよ!? そんな男を紹介した会社に責任をとるよう言うのは当然じゃありませんか!」

 殺気すらこめ、課長補佐に噛みついた。

「おい……!」と隣から父がたしなめるのにもまったく耳を貸さない。

 でも、課長補佐は顔色ひとつ変えなかった。

「つまりは、そこ、です」

「そこ!? そこって何です!? なにがおっしゃりたいんですか!」

「はい。お母さんは、今回の件に関して『責任者』に責任をとらせたい。ひいては、美佳くんをもてあそぼうとした男を罪に問いたい――そうお考えだと思います。でも、おそらくそれは無理なんです」

「無理!? 無理って一体どうしてですの!? だって娘は……、美佳は……!」

 地団駄踏むみたいに母が顔をゆがませるのを、

「真理子!」

 断ち切るように母の名前を呼んだ父さんが、もういい! と言って、その肩を抱き、自分の胸に引き寄せ黙らせた。

「イベントの企画会社は、男女の出会いのチャンスと場所を提供しただけ。そして、相手の男は結婚に至る過程おつきあいのなかで恋愛を楽しんだだけ――つまりは、交際していた男女の双方が、ともに合意のもとであるから、そこに問題が発生しても、それは当人たちの自己責任。久留間さんは、つまりはそう仰有ってるんだ」

 胸もとに抱きしめた母にむかって、その背をやさしく撫でてやりながら、課長補佐が言わんとしたところを説いて聞かせたのだった。

「だって……、でも、それじゃ美佳があんまり……!」

 父の説明に、状況がようやく理解できたのか、しかし、それを受け入れ納得することまでは不可能なのか、母は言葉を詰まらせ、そして、大声をあげて泣きだした。

「ごめんなさい。母さん、ホントにごめんなさい……」

 ギュッと力いっぱい拳をにぎり、わたしは母と父のふたりに頭をさげた。

 それ以外、口にできる言葉は何もなかった。

 この歳になって、両親をこんなに悲しませるなんて、わたしはなんて救いのない莫迦なんだろう……、そう思って、情けなくって哀しくて、消えてなくなってしまいたくってどうしようもなかった。

「ウン」

 そこに、そういう言葉とともに、わたしの頭にポンとかるくが置かれ、

「そういうワケですから、ひとつ、何とかしてみましょう」

 やさしい、あたたかな口調の声が、太陽の光のように降ってきた。

 じわり、と、ぬくもりがそこから伝わってくる。

「今回の件、ご両親はもちろん、美佳くんにも何も非はありません。真摯しんしに生きている人間が、哀しい思いをして莫迦をみる――それはあまりにおかしいでしょう。

「結婚しようという意志もないのに婚活パーティーに参加し、あまつさえ女性を食い物にしようとする――そのような行為は、法律上の責めはともかく、道義上許されるべきではないと私は思います。だから――

「だから、何とかしてみましょう」

 ゆっくりとした、優しい手つきで、わたしの頭を撫でながら、久留間課長補佐は、わたしたち家族に向かって、そう言ってくれたのだった。

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