13.リビングにて-1
「――と、私が美佳くんを見つけてから以降の出来事は、以上の通りです」
自宅のリビング。
ここにいるのは父さんと母さん――わたしの両親とわたし、それから課長補佐の四人。
部屋の中はシンと静まりかえっていて、たった今、課長補佐が、転落した(のだろう)土手から道路へと
「……娘が御迷惑をおかけして、たいへん申し訳ありませんでした」
「本当に、ねぇ……。日をあらためて山神さん……? ですか――にも、お
応接テーブルをはさんで向かいに座る父と母が、それぞれに深々と頭をさげる。
「いや、お気になさらないで下さい。私は気軽な独り身ですし、何より美佳くんの上司ですしね。それと山神さんご夫婦には、私が対応しておきますよ」
「そんなワケには参りません。それでは、あまりに礼を欠くというものだ」
「そうですよ。後ほどにでも、先様のお住まいを教えていただければ、娘をつれて必ずご挨拶にうかがいますから」
「いやいやいや……」
「いえいえいえ……」
謝罪と御礼、頭をさげられ、頭をかき……と、両親、課長補佐――向かい合って座る二組の間で際限なしの応酬がつづく。
と、
「いずれにしても、美佳くんに何事もなくて本当に良かったです」
どんな流れから出たものか――課長補佐のその一言で、一座の注目が一気にこの身にあつまったのだった。
「美佳、黙っていないで何とかおっしゃい。そもそも
母さんが、気遣わしげな表情はそのままに、でも、口調をわずかに鋭利なものにする。
もう大人なんだから、ちゃんとしなさい――そういう事か。
電話口でワンワン泣いたせいだろう――わたしを乗せた課長補佐のクルマが自宅に着いた時、母さんは玄関の外に出て待っていた。
まともに事情も状況も説明できなくなったわたしに代わり、課長補佐がある程度のことを伝えてくれてはいたけど、それでも心配でたまらなかったんだと思う。
そんな母さんの言葉だ。わたしは、『はい』と頷くしかない。
わたしが課長補佐のクルマから降りた時、出迎えてくれた母さんが、
『美佳、あなた……』と言って、そこで絶句してしまった表情が忘れられない。
ケンカもするけど、これまであんな母さんの顔を見た事はなかった。
「……そうだな。ずいぶんショックな事があったようだが、出来れば、それについてを話してほしい。私や母さんはともかく、お前の上司の方をはじめに色々ご心配やらご迷惑をおかけしているんだ。どうしても無理なら仕方がないが、ある程度、心の整理がついているなら、どんな事があったか教えてくれないか」
そして、父さんも、そう。
いや、もしかすると、もっと大変だったかも知れない。
わたしだけでなく、わたしを心配するあまり、居ても立ってもいられない状態になってしまった母さんのことも気に掛けなければならなかっただろうからだ。
現に、わたしを含めた全員に、お茶の用意等をしたのは母さんではなく父さんだった。
「美佳……?」
母さんの言葉に父さんの指摘。
促されるまでもなく、わたしは今日あった事の、その次第を説明しなければならなかった。
わたしは唾をのみこんだ。
「ウン。説明、する。今日、なにがあったか……、全部、言う、から」
覚悟を決めろ。これは絶対、必要なことだ。
もう一度、唾をのみこむ。
と、
「あぁ、それじゃ私は、これでお
気をまわしてくれたのか、それとも勘違いか――会社とは関係のない厄介事に関わりたくないと逃げをうったんじゃあないとは思う……、思いたいけど、課長補佐がそんなことを言って、腰を浮かそうとした。
二人掛けのソファに並んで座っていたわたしの片手が、その動きにつれて上に持ち上がっていく……。課長補佐の上着の
いま気がついたけど、家に着いた時からそうしてた。
クルマから降りて、母さんに挨拶している課長補佐の影に、なんとなく隠れるような格好になって、その時からずっと、そうしてたんだ。
それで、課長補佐は辞去しきれずに、わざわざ家の中まで入って来てくれたのかも……。
「美佳くん……?」
中腰になりかけた課長補佐が、目顔でわたしに訊いてくる。
わたしは、ここで手を離さなけりゃならない。
でも、
「だ、ダメです!」
考えるより先に、わたしはそう言ってしまってた。
「か、課長補佐もはなしを一緒に聞いてください」と。
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