10.家路-1
「――にしても」
助手席に座ったクルマが、山神さん――お爺ちゃん、お婆ちゃんの家から走り出し、やがて見えなくなると、わたしは姿勢をもどして隣席でハンドルを握る課長補佐に話しかけた。
「にしても、課長補佐って、沢山おクルマを持ってらっしゃるんだそうですね。お婆ちゃんたち……と、山神さんご夫婦からそう
現に、今わたしが乗せてもらっているのも、助けてもらった時とは別のクルマだ。
「あ、聞いたんだ」
言われて、課長補佐は頭をかくと、あははと笑う。
「実はそうなんだよね。これでも最近は控えてるんだけどさ――良いな、って感じるクルマを見ると、ついつい買ってしまうんだ」
いやいや、『ついつい買ってしまうんだ』って、そんな気軽に買えるモノなの、クルマって?
それも、(このクルマだってハンドルが左についているから)『外車』だよ、ガ・イ・シャ。
「でも、とってもお高いんでしょう?」
だからか、通販番組の合いの手みたく、つるっと、わたしはそう言っていた。
「……いや、そう決めつけたものでもないよ」
そんなわたしの言葉……、セリフまわしに面喰らったのか、すこし目をまるくした課長補佐だったけど、頬をゆるめてニコリとすると、苦笑しながら答を返してきた。
「まぁ、フェラーリだとかポルシェとか、或いはメルセデスみたいに、いわゆるスーパーカー、走る不動産的な投資対象、自分自身に
「そうなんですか?」
「そうだよ。だって、考えてもごらん? きみの言う『外車』ってのは、日本人にとってそうなのであって、そのクルマを造った国の人たちからすれば、『国産車』だよ? 『外国の人』は、誰もがみんな、高級車にしか乗らないお金持ちばかりかい?」
「……う~ん。そう言われると、それは確かにそうですね」
でも……、
「でも、たとえば、このクルマの場合は、シートが革張りだし、車体のサイズも大きいし、やっぱりお値段しそうなんですけど」
チョンチョンとシートの座面をつついてみせた。
「いやいや、新車だったらともかく、これは中古だし、そんな事ないって。(少なくともイニシャルコストはね……)」
んん? なんか、わたしの指摘に、それを否定しながら課長補佐が、最後の方でなにやらゴニョゴニョ言った気がする。ハッキリ聞きとれなかったが。
「そうなんですね。これも『普通の』クルマだと。でも、このクルマ、なんだか、とても乗り心地がマイルドって言うか、父のクルマより良いですよ?」
(ど)田舎のこととて、忘れられたと言うか、たぶん交通量が少ないせいで補修整備の予算がおりないんだろう――ぱっと見だけでも、いま走ってる道は、あちらこちらで舗装が欠けて、穴があいたようになってしまっている。
なのに、そんなデコボコだらけの悪路を課長補佐のクルマは、
まるで大きなフネみたいにゆったり揺れるだけ――ガツン! と腰にクるような……、舌を噛みかねないような激しいショックを一切つたえてくることはないのである。
「お、そう?」
課長補佐の顔がほころんだ。
まるで自分が褒められたみたいに、にこ~っと笑う。
「ちなみに、安藤くんの親父さんは、何に乗ってるの?」
「えっと、確か……」
わたしは、記憶をさぐって車種名を言った。
たしか、国産車の中でも割と上位のモノだったと思う。
「なるほどね」
課長補佐はうなずいた。
「くさすワケじゃないけど、それだったら、このクルマの方が乗り心地については上だろう。なにしろ、このクルマは、『妙』なことを考えつくフランス人の手になるもので、油気圧式サスペンションだなんて、一種独特な仕掛けが組み込んであるから、さ」
「ははぁ……」
そう合いの手をいれながら、なんだか、わたしはイヤな予感がしてならなかった。
そう。趣味の道具を自慢する時の父とおなじ雰囲気。
ツボにはまると逃げられず、延々とウンチク話を聞かされるハメになってしまう、アレ。
だから、
「え、えっと……、そ、それで、課長補佐の、このクルマはなんて名前なんですか?」
背中につめたいものを感じつつ、わたしはそう質問などしたのだった。
「え? ああ、このクルマはね、シトロエンてメーカーのXMって言うんだ。ホントはそのメーカーのDSなんて良いな、と思ってたんだけどね……、妥協しちゃった」
てへ♡、みたく……、少し、気落ちしたみたく言う課長補佐。
う~ん、『DS』? そんなのゲーム機くらいしか知らないんだけど――そう思いながら、わたしは『次』の
って、何かヘンだな。どうして、わたしがこんな苦労(?)をしているの?
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