11.家路-2
「はぁ……、DSにBX、CXときて、買ったクルマがXM、ですか。課長補佐には申し訳ないんですけど、なんか、憶えにくくないですか、その……、シトロエンって会社のクルマの名前」
わたしは言った。
課長補佐が口にした、自分が良いな、欲しいなと感じた車種の名前シリーズに、首をかしげたい気分になっていた。
だって……、
なんで記号だけなの? ちゃんとした(?)名前があった方が愛着も湧くし、お客さんにだって売れるんじゃないの? 記号だけとか、消費者の記憶に残りにくいでしょうによ。
「んん~、そのあたりは何だろう――国民性なのか、文化なのかねぇ。安藤くんの言わんとするところもわからないじゃないけど、でもさ」
と、課長補佐は顔をこちらに向けた。
「なんです?」
「シトロエンに限らず、ヨーロッパの自動車メーカーって、モデルネームが記号だけって例は意外と多いよ。ドイツ車はワーゲンを除いてほとんどそうだし、スウェーデンのボルボもサーブも大体そう。イタリアはフェラーリがそうで、アルファはややそう。ランボルギーニは結構名前をつけたがるかな。フランスはシトロエンとプジョーがそうだね」
イカン! こうなることを避けようとして、無難な話題を選んだはずなのに、もしかしなくても課長補佐の場合、クルマ
「――と、と! すみません、課長補佐。家に連絡するのを忘れてました」
とは言え、ぱっと思いつける話題は、クルマ関連のものしかなく、さりとて黙ったままでは、立場的にも間がもたない。
だから、
天啓のように、家に電話という口実を思いついた自分をわたしは褒めてやりたくなったのだった。
隣に課長補佐がいるから、ことの詳細等はぼかす必要があるけど、とりあえず、必要な作業ではあるし、時間もかせげる。一時の間にせよ、チンプンカンプンなクルマの話からも気詰まりな沈黙からも無縁でいられる。
なのに……、
「あ……」
バッグの中に手をつっこんだわたしは、そこで思わず呻いてしまった。
(そうだった。あいつに置き去りにされた前後のどこかで、わたしのスマホ、壊れてたんだった……)
液晶がバキバキに割れて、使い物にならなくなっていたのをすっかり忘れていたのだった。
「あ~、そいつはヒドいな」
そんな様子に不審を感じたか、わたしの手許を見た課長補佐が、口を『うわぁ』というかたちにしてコメントしてくる。
確かに、そりゃあ、『うわぁ』よねぇ。
クソ。
許さん、あのクソ。もし、また会うことがあったら、絶対絶対ぶち殺す。
最悪、行き倒れていたかもしれない事はもちろん、靴はなくすわ、服は台なしになるわ、スマホは壊れるわ……、この恨み、なんとしてでもはらしてやる……!
……お婆ちゃんの家でもてなしをうけ、心がほぐされたからだろうか、あんなに悲しかった筈なのに、今では怒りの念しかない。
ドラマ俳優のセリフじゃないけど、『倍返しだ!』――なんとしてでもやり返してやる! と、固く心に誓うわたしであるのだ。
と、
「僕のをつかいなさい」
そんな言葉と同時に、視界がスマホで塞がれた。
見れば、課長補佐が自分のスマホを差し出してきてくれていた。
そうして、すこし照れくさそうな口調で、
「あ~、セクハラって言わないでほしいんだけど、コンビニがあったら寄るから、トイレ休憩にしよう。ご家族への電話は、その時にすればいい。僕がいると話しづらい事もあるかも知れないし、その時は席をはずすから――な?」
会社で
あぁ、コレ、か。
山神のお爺ちゃん、お婆ちゃんだけじゃあなくって、きっと、コレもあるよねぇ。
説教がましくもなく、押しつけがましいところもない。
身内でもなく、関係者でもないから、遠慮もなしにズカズカ立ち入ってこようとはしない。
ただ、いつでも力になれる身近な距離で見守っている。
そんな、距離感をたもった
「……はい。なにかと気をつかっていただいて、その、ありがとうございます」
わたしは課長補佐の手からスマホを受け取った。
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