8.秘密基地-4

「なんでもね、趣味の品が多くなりすぎて、置く場所に困っていたんだそうなのよ」

 呆気にとられ、何と返していいものやら言葉に困っていたわたしにお婆ちゃんは言った。

「それで倉庫というか収納場所をさがしていた、と。でも、それにしても、こんな」山奥、と言いかけ、間一髪でそれを飲み込む。

 焦りまじりに湯飲みに手をやり、中身を一気に飲み干した。……文脈からして、ごまかせる筈もないけれど。

「そうよねぇ」

 そんなわたしに、おうようにうなずきながら、お婆ちゃんはお茶を注いでくれる。

「コレクターって言うの? 好きな物をしゅうしゅうしたがる癖のある人――久留間さんは、まさしく、でね。売買契約も済んで、条件をいろいろ詰める段になってから、本当にビックリさせられたものよ」

「とにかく、魂消たまげる程のクルマの数での。それが、どんどんどんどん敷地の中に運び込まれてきて……、なんじゃ、この人はクルマ屋じゃったか? 思うたな」

「この家で一番はじめに手を入れたのも納屋……と言うか、車庫でしたものね」

「うん。そうじゃった、そうじゃった。エラい神妙な顔して、『山神さん、申し訳ないけど、納屋を半分さしてもらうが構わんか?』言うてきてのぅ……。もう、この家はあんたの物なんじゃから好きにしたらええて言うたら、飛び上がって喜んどったが、まさか、ああいう具合にするつもりじゃったとはなぁ」

「見かけによらず、道楽者ですわよね」

 そう言って、顔を見合わせ、お爺ちゃんとお婆ちゃんは、クスクス笑いあうのである。

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 さすがにわたしは黙っていられなくなってしまった。

「んん?」「はい?」

 ほのぼのしていたお爺ちゃん、お婆ちゃんが、共にわたしの方を向く。

「す、すみません。でも、ちょっと教えてもらって良いですか?」

 わたしは言った。

「あの……、このお住まいは、お二人のものじゃあないんですか? 今のおはなしからすると、名義は久留間課長補佐になっている……と?」

 恐る恐るに聞いたわたしの言葉に、お爺ちゃんがうなずいた。

「そうじゃよ」

「え、あ、じゃ、じゃあ、あの……、失礼ですが、お二人はどういう……」

「一言でいうなら、管理人、というところかしら」

「管理人……」

「ええ。久留間さんがね、購入はしたけど、当面、ここには住まないので、これまで通りこの家で生活してもらって、いろいろ管理をやってくれないか、って言ってきたの」

「それでな、自分は、空いとった二階の部屋を自分用に使わせてもらうから、は儂らのいいように使つこうてください言うてなぁ」

「残りって言ったって、わたしたち二人がつかう面積の方が広いのよ? それに家電製品一式だとか、家の内装ぜんぶだとかをやり替えてるし……。安藤さんも、うちのお風呂がこんな田舎には不似合いな新式なのを不思議に感じたでしょう?」

「い、いえ、不似合いだとか、そんなことは……」

 確かに、わたしの家なんて比べ物にもならない程すごいとかは思ったけど。

「いいのよ。とにかく、そんな次第――久留間さんのおかげで、この家は年寄り二人でだってもの凄く住みやすい家になってしまったの」

「インターネットにも繋いでもらって、子供や孫とも、いつでもテレビ電話で話せるようにしてもらったしなぁ」

「それで、家の管理を頼むんだから、月々、管理費用を払いますとか言っちゃうんだもの。不思議、と言うか、久留間さんって、本当『ヘン』な人だわ」

 そんなお金、いただけるワケがないじゃない、と言いながら、しみじみ……とした口調で、お爺ちゃんとお婆ちゃんは微苦笑まじりに課長補佐との馴れそめ(?)について語ってくれた。

 で、

 わたしは、と言えば、

「そ、そうですね……」などと形の上では同意しながら、いま聞いたはなしの途方もなさに、それを整理するのが精一杯で、頭のなかがグルグルしている。

 なに? なんなの? どうして課長補佐あのオジサンは、そんなにお金を持ってるの?

 いくら辺鄙へんぴで、いくら坪単価が安いといっても、田舎はその分、家の敷地がひろいものでしょう?

 広々とした戸建ての家をまるっとリフォームしたって言うし、その上クルマ?

 お爺ちゃんいわくで、クルマ屋さんかと思うくらいにたくさんクルマを持ってるの?

 なに? なになに? 一体なに?

 おっかしいわよ、絶対にヘン!

――と、わたしが頭をかかえて身もだえしたくなった時、

「いや、遅れてすみません」

 そう言いながら、当の課長補佐が、部屋の中へと入ってきたのだ。

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