1F:いりぐち

「いつか、 わたしを まもってくれる、 とうさんと かあさんの ために、

 はやく はたらけるように なりたいわ。

 おてつだいを しますから、 なんでも どうぞ おっしゃってくださいな。」

それが かねてからの ユースティアの ねがい。


 ユースティアが こんなにも おとうさんと おかあさんを すきなのは、 ユースティアが びょうきがちで、 すぐに ねこんでしまう からです。 ねつを あげるたびに、 おとうさんは しんぱいそうな かおで おつとめから かえってきます。 おかあさんも、 ねている ユースティアの、 ひたいに にじむ あせを、 ぬらした ぬので ふきとっては、 なんども みずで あらっては しぼり、 めんどうを みます。


 ですが ユースティアは しっていました。 おとうさんが むすめに きづかって しずかに ドアを たたくときは、 いえに はやく かえってくる ひ。 それが つづけば、 おかねは どんどん へってしまう ので、 おとうさんは こっそり ためいきを つくのです。 おかあさんも、 つめたい みずおけに なんども ゆびを いれるので、 その ゆびは われ、 しろい にくに きずが ピリリと ひかって いるのです。 そんな かなしい かおを むすめの まえに みせることも せず、 ただ わらっている ばかりなので、 ユースティアは こころを いためていました。


 だけれども、 ユースティアの からだは やせていて、 まるで のろわれて いるかのように やまいに たおされるのです。 げんきに うごきたいと おもっても、 きたから ふく かぜは つめたく しょうじょの せなかを なめ、 なつの あめは つまさきを ぬらしたのでした。 だからこそと いうべきか、 むすめは せめて げんきなときは、 できるだけ やさしく、 きだてよく、 おとうさんと おかあさんを いたわって、 ばんごはんを よそい、 さらを ならべるので ありました。



 さて、 きせつが なつを むかえるころ、 しんじゅより しろい はんそでの ブラウスと、 もりのきぎより くらい いろの ワンピースを まとった ユースティアは、 まだ やみあがり でしたが、 おつかいを ひきうけることに なりました。 おとうさんは このひ、 たいせつな おしごとで、 おかあさんも いえしごとではなく、 おとうさんに ついて ひとを たずねる ようじでした。


 そとに いく おてつだいは、 ユースティアに とって はじめての ことでしたので、 おとうさんは しんぱいでしたが、 いつもの やさしい こえで いとしい むすめに はなしました。  

「いいかい、 ユースティア。 よく きいて。

 いえの うらに、 おおきな かいだんが あるのだけれど、

 その かいだんを おりていった ところに すんでいる、 

 ちょうろうさまに この てがみを わたしておくれ。

 あぶなくなったら すぐに かえっておいで。 

 また たおれては いけないから。」


「その かいだんの さきは どうなっているの?」

「だいじょうぶ、 まよったりしないよ。」

いまいち しつもんに ただしく こたえない おとうさんを ふしぎに おもいましたが、 あまり しつこくして 「おつかいに いきたくないのだな」と おもわれることを はじた ユースティアは だまっていました。


 ユースティアの すんでいる いえは ひとけのない やまの みち、 もりの わきに ありました。 ちいさいけれど、 ふるめかしい いえです。 とおりから げんかんへ つづく くさやぶ だけは かりとって、 あるけるように なっては いましたが、 いえの うらは そうでは ありません。

 おとうさんと おかあさんに つれられて いえの うらに きてみると、 なにやら ドームじょうの ふたが みえました。 じきに あきの おとずれと ともに、 その けしょうを かえるであろう しげみの すきまに、 いてつか なまりかも わからない きんぞくの まるてんじょうが ひっそりと かくれている ふしぜんさに、 しょうじょは おどろきましたが、 なにより それなりに おおきさがあり、 いままで きづかなかった じぶんのほうが、 ふしぎな きもして、 すこし こわく なりました。 


 おとうさんが ハンドルを まわして、 ふたを ひらくと、 ギギッという おもい おとが つがいから なり、 ふたが ひらきました。 なかは どういう りくつかは わかりませんが、 うすぐらくは あっても まっくらではなく、 したに むかって らせんじょうの かいだんが つづいています。

「かいだんて、 これですか?」

ユースティアは じぶんの せなかに つく おかあさんに たずねました。

「うん、 そうだよ。 こわくは ないけれど、

 ころばないように きを つけるんだよ。

 それから、 なかに すんでいる

 “あいつら”とは、 ながく はなしすぎないように。」

「この ふたは あけっぱなしに しておくね。

 なかが、 くらく なりすぎない ように、 

 なにか あったときに もどって これるように。

 ぶじに おわったら、 げんきな おかおを みせておくれ。」


 ならんで みおくる りょうしんに てを ふると、 むすめは その ちいさな あしを、 あなの なかの ひらたい いちだんめに そろえた。 あまり つかわれて こなかった、 ちゃいろい ぴかぴかの くつは、 コツ、と おとを たてた。

「いってきまーす。」

「いってらっしゃい。」

おとうさんと おかあさんが さびしそうに わらって みおくったことを、 しょうじょは しりません。 せに おぶった ランタンが キラリと ひかった。

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