入部届Ⅰ

 折角書いたので早々に渡しておくか。


「アンナ」

「あら早いのね。もう少し悩むものかと」

「悩んでたよ。そのまま寝たら名前が書かれていただけで」

「ふふっ、何それ」


 冗談なようで冗談ではないお話なのだ。

 ふと水月の話をしようかと思ったが止める。アンナなら大丈夫だとは思うが、ドン引きされる可能性は十分にあるからだ。

 船で少し話をしただけの人を夢に出す。思えば中々気持ち悪いではないか。しかも複数回、しかもキャラ付けが無垢。

 やめましょう、そうしましょう。


「おーっす」


 今日も勇ましさたっぷりなお声――ユキの登場だ。

 扉からは離れているのだが、めざとく俺たちを見つけたユキはカバンを置くこともせず、近寄ってくる。

 ずんどこずんどこ。


「その紙はなんだ?」


 早速喰いついてきた。いつも入食いなんだから。


「あん?」

「入部届だよ」


 内心が読まれそうだったので話を変える。

 アンナは引っ張りたかったのか少し残念そう。


「海斗部活に入るのか?」

「うーん、部活?」


 チラッとアンナを見る。あれは同好会ですらないが。

 アンナはどこ吹く風ですまし顔。

 まあ、大した違いはあるまい。


「そんなところだ。学生生活を彩るにはやっぱ「じゃあ、どうして久遠に渡してるんだ?」


 ……話は最後まで聞きなさい。いくら戯言とはいえ途中で遮ってはいけないぞ。

 俺の寛容さに感謝しやがれ。


「お前、部活になんか入ってなかったよな?」


 こいつには話にならないと判断したのか、ユキがアンナへと尋ねる。


「あら、そんなことないわよ」

「いーや、そのはずだ。久遠が部活に入ったとなれば耳に入るはずだ」

「皆木さんは情報屋か何かなの?」


 アンナは自分の美貌は自覚していても人気までは把握していない。

 気にしていない、といった方が正しいかもしれない。

 だから当然の疑問であり、苦笑するのも無理ない。が、ユキからしたらからかわれているように感じてしまう。

 ユキの額に青筋が浮かぶと同時にユキをこちら側へと引っ張る。


「っ!?」


 目を白黒とさせるユキの耳元で、


「あれ本気だから」

「きゃん!」


 きゃん?

 甲高く、可愛らしい声が教室内に響き渡る。

 クラスメート達が振り返り、また天海と皆木かとそれぞれの会話へと戻る。

 俺の腕の中にいるユキは体を縮こまらせ、プルプルと震えていた。


「ユキ?」

「っ!? くっ……うっ……おう……」

「大丈夫か?」

「ふぎゅっ」


 変な鳴き声をあげ、ヨロヨロと立ち上がる。

 アンナは口に手をやり、笑いをこらえていた。ユキは何故だか顔を真っ赤にし、


「海斗のバカ!」


 罵声を振り絞るのであった。


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