後ろの正面だーれ
週明けの月曜日、珍しく朝練がないらしく七海と一緒に登校することに。
異性と学校に向かうなど小学生の集団登校以来だが、相手が七海とあっては特段意識するものでもない。
「それでね、佳代子ってば何て言ったと思う?」
「何て言ったんだ?」
「ごめんなさい、私あなたに興味ないの」
「うわ、きっつ」
友人―—佳代子さんのモノマネなのか、背筋を伸ばし、冷たく言い切る七海。
振られた人をネタにするのはとも思ったが、どうにも告白した男子生徒には彼女がいたらしい。
別れた後ならいざ知らず、キープしつつの行動に七海含め一同大憤慨。
結果、佳代子さんから会心の一撃をもらうハメになったとのこと。
「そういえば」
「ん?」
「佳代子が海ちゃんには気をつけろって」
「は? 何で?」
まさかの忠告に驚く。
そもそも、佳代子さんとは知り合いどころか会ったことすらない。……ないよな?
(言い切れない……)
記憶への信頼が欠けるとこんなにも生きづらいのか。
「うーん、何でだろうね」
「知り合い、とか? 記憶にないけど」
「多分、違うと思うよ。従兄さんって呼ぶし」
名前も知らないんじゃないかなと七海は続ける。
どうやら、人前でも俺のことは海ちゃん海ちゃん読んでいるらしい。
いい加減、子供みたいなあだ名は卒業したいのだが……無理か。
「じゃあ何でだ?」
「さあ?」
小首をかしげる七海の頭に手を乗せる。
「話題にするならアタリぐらいつけておけよな」
「あははっ」
笑って誤魔化す七海に苦笑する。
「あ、関係ないけど佳代子はアンナ先輩に憧れてるんだって」
「へえ、確かに聞いた感じだとアンナに雰囲気似てるよな」
「私は遠くから見かけたことしかないけど、こう何ていうか上品なオーラに包まれてるよね」
「そうだな。見た目はもちろん仕草の一つ一つもしっかりしてて、まさに良い所のお嬢様って感じ」
そこら辺は七年前から変わらない。
「……でも、女王様って感じでもあるよね?」
キラッと七海の眼が怪しく光る。
おそらく、冗談のつもりなのだろう。わざとらしく顎に手を当てているし。
しかし、ある意味間違っていないので反応に困る。
「いやー、どうかなー」
「え? そうなの?」
「俺の口からは何とも言えませんねー」
俺もわざとらしく煙に巻こうとする。
明言していないが言いたいことは伝わったらしく、七海の眼が見開かれる。
純真無垢とまでは言わないが、清純なイメージを抱いていたのだろう。
それは過去の彼女。現在の彼女はそれはもう――、
「それはもう、何かしら」
「それはもうド――アンナ!?」
絶妙なタイミングでの相打ちに思わず言葉が出かけるも寸でのところで我慢する。
振り向くと怪しげに微笑むアンナがいた。
「おはよう、海斗。それから七海ちゃん」
「……あっ、はい! おはようございますアンナ先輩!」
虚を突かれたのは同じはずだが、そこは流石体育会系。
ビシッと頭を下げ、元気よく挨拶を返す。
「ふふっ、イメージ通り七海ちゃんは良い子ね。それに比べて」
七海に向けたものとはまるで違う笑顔。
俺の知らぬ間に笑顔は精神攻撃を有するようになったのだろうか。
動悸が早くなり、背中を嫌な汗が伝う。
「お、おはようアンナ。は、はははっ、今日も良い天気だな」
「そうね」
精一杯の爽やかな笑顔での言葉をアンナは一刀両断する。
間に挟まれた七海は引きつった笑みを浮かべながら徐々に距離を取る。
気づけば校門が近くに迫っていた。
七海の奴、一人で逃げる気だ。
「七海ー!」
そうはさせまいと行動を起こす直前、遠くから七海を呼ぶ声。
これ幸いとばかりに七海は、
「あ、友達が呼んでるのでお先に失礼します!」
「ちょ、待て七海―—」
「海ちゃんは煮るなり焼くなり好きにしてください!」
「おまっ!?」
最後にとんでもないことを言い放ち、猛スピードで駆け出した。
その背へと伸ばした右手が寂しげに宙を漂う。
「ふーん」
嫌な予感にビクッと心臓が跳ねる。
このまま逃走したいのは山々だが、下手にことを長引かせる方が被害が大きくなる。
「あ、アンナ、さん? どうされましたか?」
「煮るなら焼くなりして良いらしいからどうしようかなって」
「それは、その、あくまで七海が勝手に言ったことなので」
「あら、嫌なの?」
「いえ、滅相もございません! アンナのためなら火の中、水の中! どこまでもご一緒する次第でございます!」
「良い気概ね。褒めてあげるわ」
「ははっ!」
もうダメだ。
事の発端が俺の失言な時点で選択権なんて存在しない。
「それじゃあ付いてきなさい」
「ど、どこへですか?」
颯爽と歩き出した背中に投げかけるが、返答どころか振り返ってすらくれなかった。
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