アンナと秘密の小部屋
連れてこられたのは部室棟の一角にある小部屋だった。
中には机、ソファー、ホワイトボードなどがあり、アンナは我が物顔でソファーに腰掛ける。
おそらく何らかの部室なのだろうが、机やホワイトボードはともかくソファーは珍しいのではないだろうか。
安物や古びれた物であればまだしもアンナの風貌に負けない品質に見える。所謂高級品。
ソファーは三人掛けのものだが、座るのは気が引けたので教室などで使われる木の椅子を引き寄せる。
「キョロキョロしてるけど、そんなに珍しい?」
「まあ、部活には縁がなかったからな」
たまにダベりに入ったことがある程度だ。
「あら、前の学校でも部活に入ってなかったの? 結構運動神経良いのに。スポーツだって好きでしょ」
「‥‥‥体育会系はなあ。色々と大変そうだし。好きだからってだけでやるのは厳しいわ」
理由はそれだけではないのだが、説明し辛いので口にはしない。
「ふーん」
「な、なんだよ」
「別に」
紅色の瞳を向けられると、全てを見透かされているかのような錯覚を受ける。
‥‥‥錯覚なのだろうか。
アンナは事もなさげに心の声を言い当てる。
「うーむ」
「どうしたの?」
「いや、アンナなら俺が口にしないこともわかってるじゃないかなって」
「‥‥‥素直に口にするのね。てっきり目をそらすかと思ったけど」
楽しそうにアンナが微笑む。
どうやら読めなかったようだ。
「他の人ならまだしもアンナだからな。何つーか、そうよって言われても驚かないというか、受け入れられる」
「信頼されてるってことかしら」
「そう取ってもらっても構わんぜ」
「じゃあ信頼に応えて正直に言うわ。ーー私はわからないわ」
肯定、否定どちらでも構わなかったのだが言い回しが気になった。
「私は?」
「他意はないわ。他の人のことなんてわからないもの」
もっともな言い分だが引っかかる。
「世の中には色々な人がいるもの。中には人の心がわかる生き物がいたって不思議ではない」
「サトリ、的な?」
「ええ。超能力ーーテレパシーの使い手って可能性もあるわね」
少し意外だった。アンナはどちらかという現実主義派だと思っていた。
「あら、これでもロマンチストだったりするのよ?」
「やっぱり、わかるんじゃないですかね!?」
「海斗がわかり易いだけよ。ちょっと考えれば誰だってわかるわ。心当たりあるでしょ?」
脳裏に七海が浮かぶ。
口に出さないだけで言わんとしていることをわかっているふしがある。
それと遥は俺に限らず人の心を読むのが上手い。
「七海ちゃんと天守さん、かしら? 皆木さんは無理そうね」
「まあユキは猪突猛進というか何というか」
上手くフォローできない。
すまんユキ。後悔はしていない。
「‥‥‥そういえば」
読まれるといえば奏と話した時にも、
「白水奏」
アンナが呟く。
「よね?」
「あ、ああ」
レンタルビデオの件はもちろん、ちょっとした会話ややり取りでも感じることがあった。
ただ、
「気がきくってだけだろ」
「大人しいけど、周りをしっかりと見られる子」
「そんな感じ」
七海と同い年とは思えない。
‥‥‥年下とも思えない。
俺、七海、ユキの精神年齢低い組があれなのか、奏、アンナ、遥の精神年齢高い組がしっかりしているのか。
水月はーー低い組だろう。夢の住人だが。
「‥‥‥‥‥‥」
アンナが怪訝な表情で黙り込む。
「アンナ? 大丈夫か?」
「‥‥‥ええ」
声に力がない。大丈夫ではなさそうだ。
「もしかして気分でも悪いか? 保健室に行くか」
立ち上がって手を差しだす。
が、アンナは首を横に振る。
「ありがとう。でも大丈夫。体調に問題はないわ。少し、気になることがあっただけよ」
「そ、そうか。なら良いのだけど」
「それより話を変えても良いかしら」
「どうぞ」
痩せ我慢でないか心配だが、顔色は悪くないので様子見することにした。
「ここって何の部かわかる?」
「何の部か‥‥‥」
部屋の中を見回す。
ヒントになりそうなのは‥‥‥見つからない。
「全然わからん」
「ヒントは部屋の中より、さっきの会話の中にあるわよ」
「ふーむ」
それほど多くは話していない。初めから振り返る。
部活に関係しそうな会話などしていただろうか。
文化系の部活になりそうなワード‥‥‥。
「わかった! 超能力研究部だ!」
「ぶぶー! ざんねーん!」
アンナが両腕で大きくバツ印を作る。ノリノリだ。
「でも良い線いってるわよ。というかほぼほぼ答えかも」
「となると」
超能力ではないのならーー、
「オカルト研究部か!」
「ピンポーン! 大正解!」
「‥‥‥言っておいてなんだが、オカルト研究部なんて本当にあるんだな」
「ふふっ、驚くのも無理ないわ。だって、まだ正式に部活動として認められていないもの」
「そっかそっか。まだ認められていないなら何でもありだよな。‥‥‥‥‥‥はい?」
あまりに堂々としているので思わず納得しかけてしまった。
「‥‥‥あ、同好会か」
「同好会ですらないわ」
「この部屋は!? 同好会だとしてもおかしいのに!」
アンナは豊かな乳房を支えるように腕を組む。
「海斗、よく聞きなさい」
ーー世の中コネよ。
「ーー大人って汚いッ!」
「綺麗なままではいられないのよ。あなただっていつか‥‥‥ううん、すぐに知るわ」
「嫌だ汚れたくない!」
「大丈夫よ。その時が来たら私が海斗の初めてになってあげる」
‥‥‥際どいセリフにドキッとする。
わかっているのかいないのか、表情からは読み取れない。
くそ、リアクションに困る。
下ネタは嫌いではないが得意ではない。スルーが安定だろう。
「あ、えっちな意味じゃないわよ?」
「ーーわ、わかってら!」
「ふふっ」
「ぐ、ぐぬぬっ」
頬が赤く染まってでもいたのだろうか。完全にバレていた。
「海斗のえっち」
「理不尽だー!」
叫ぶと同時にチャイムの音が響くのだった。
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