走る俺たち
終始楽しそうだった奏と嫌がりながらも最後まで絶叫を響かせていた七海とホラー映画を満喫した翌日、島一番の書店でバッタリ会ったのは――、
「うっす」
「な、なななななっ!」
漫画を大事そうに抱えているユキが顔を真っ赤にしながらわなわなと震えている。
まるで決定的なシーンを見られてしまった犯人だ。
「なんだよ、その反応」
「な、何でもない!」
どう考えても何かあるのだが、本人は隠し通せると思っているのだろうか。それともテンパっているだけか。後者だな。
証拠に謎の舞を踊りながら漫画を後ろに隠した。どうやら見られたくないのは漫画のようだ。
ここでの行動は好感度に直結しそうだが、相手がユキとなると選択肢は一択になる。
「何の漫画を買ったんだよ」
「ま、漫画!? か、買ってないしー!」
「良いじゃん、教えろよ。減るもんじゃないし」
「減るんだよ! 私のHPが!」
凄んでくるが顔の作りや声が可愛い系なため、やはり迫力に欠ける。
「オーケーオーケー。ここだと邪魔になるし、とりあえず移動しようぜ」
「っ!? 海斗のせいだからな!」
「わかってるから大きな声出すなって」
「う……」
奏とは違い、店内にそれなりに響きわたる音量なので店員さんから白い目で見られていた。当たり前だ。
「い、いいのかよ。漫画、買いに来たんだろ?」
「漫画とは限らないだろ。俺は文学少年だからな。詩の一つでも読んでやろうか」
「やめとく。まだ暑いけど底冷えするのは良くないからな」
「それはどういう意味かな?」
「そのままの意味だけど」
ニッコリと張り付けられた笑顔で睨み合いながら店を後にする。
自動ドアが閉じた瞬間、俺たちは走りだした。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
「なろおおおおおおおおおおおっ!!」
海月島の海岸沿い、咆哮がカモメの鳴き声が掻き消す。流石は田舎、人っ子一人いない。
体力の無駄になるとわかりながらも、声をあげながらひたすら突き進む。
運動は得意ではない。運動なぞ体育の授業でしかやらないタイプの人間だ。
しかし、足は前へ進む。脳裏に想い出がよぎった。
そういえば、小さい頃はよくユキ……ユウキとかけっこしたっけ。
「はあはあはあ……あれ?」
気づけば気配がなくなっていたので足を止める。ユキはいない。
置いていかれたかと前を見るが、開けた空間にユキの背中はない。
「はあはあはあ……」
乱れた息づかいが聞こえ、後ろを振り向くとユキが肩で息をしながら走っていた。スピードはもはや小走り程度だ。
……考えれば当然だったのかもしれない。けれど、少しだけショックを受ける自分もいた。
「はあはあはあ……なん、だよ」
それはユキも同じだったのか、疲れているのを差し引いても声に元気がない。
「……ふう」
息を整えたユキは一度空を仰ぎ見、俺の顔を見据えた。
「海斗……」
「ユキ……」
「これは漫画を持ってたからだからな! 条件が同じなら私が勝ってたからな!」
三白眼で負け惜しみを大声で言い放つ。
その昔と全く変わらない姿に思わず、頬が緩む。
「あー、なんだよその顔は! 一度勝ったくらいでもういい気になったのか!? ハンデありってことを忘れるなよ!」
「いや、ふふっ、良い気にはなってない……くくっ」
「笑いながら言うなー!」
ユキが騒げば騒ぐほど、先ほどセンチメンタルになっていた自分が滑稽で笑ってしまう。
しかし、ユキは自分のことで笑われていると勘違いしてより騒ぐ。すると俺ももっと笑ってしまう。変な循環が出来上がっていた。
「ははっ、悪い悪い。別にユキのことを笑ったわけじゃないから」
「嘘つけ。信じられるか」
信じろってのも無茶な話だ。俺の内心を的確に当ててくるアンナならともかく。
「…………」
「どうした?」
「けっ、別に」
明らかに不機嫌そうなご様子。さっきまでは騒ぎながらも楽しそうだったのにどうしたのだろうか。
女心と秋の空、毎度ながら落差がジェットコースターレベルだ。つーか、やっぱり口が悪い。
「ふーん、そっか」
「こ、この野郎、他人事みたいに……!」
「だってなあ。わからないし。別にって言われたら納得するしかないだろ?」
「……自覚がないんだからさ」
ボソッとユキが呟く。
「自覚って何を自覚すればいいんだ?」
「な、何で聞こえてるんだよ!」
「何でも何も、この距離なら呟き声でも結構聞こえるだろ」
「うぬぬ……!」
「唸り声をあげられても」
しばし獣と化していたユキだが、最後は疲れたと肩を落とした。
「海斗に求めても仕方がないよな。必要ならこっちが動かないと」
「諦めるなよ! 何で諦めてしまうんだ! ほら、頑張って俺を育成してみろよ!」
「嫌だよ! 何で育成される側がそんなに偉そうなんだ!」
「そりゃ、教えてもらえないんだから育ててもらうしかないだろうが! 偉そうだ? なら教えてくださいお願いします! ……これで満足か!?」
アンナといい、悪いところがあるなら直したいから教えてほしい。どうして濁すのか。……俺が傷つくことなのか?
「いーやーだ! 絶対に教えない! 教えたところでそこからまた疑問が出るか、出来てるつもりだけどってなるだけだ! それに下手に改善されても困るし!」
「は? 直したら困るってどういうことだよ?」
「っ! う、うるさいうるさい! 気にしなくて良いから! こっちで何とかする!」
「……腑に落ちない」
「ごめん。私も言いすぎた。だから、気にしないでくれ」
「気にするなって言われてもなあ」
「男ならグチグチするなっての! そんなことより腹減ったろ?」
他の男がどうかは知らないが俺は生来グチグチしている性質だ。
(まあ、気にしても仕方がないのは確かか)
話を逸らしにきた時のユキは絶対に教えてくれない。考えるだけカロリーの無駄だ。
「そうだな。走ったし、腹減ったな」
「なら一緒にご飯食べようぜ……食べようよ」
「なんだよ、その訂正」
「ママがうるさいんだよ。おしとやかにしろって」
「なるほどな。まあ、言われるよな。……にしてもユキがおしとやかか」
おしとやかなユキを想像する。容姿や声とはマッチしているが、違和感がひじょーうにある。
万が一、ユキ(お嬢様ver)が誕生した時、俺は大爆笑してしまうだろう。
「何、考えてやがる」
ドスの効いた声に背筋を伸ばす。
「いえ、何も考えていません。無です。言わば宇宙です」
「よし、ぶん殴る」
「くそ! バレたか!」
「大丈夫だ。何もわからなかったけど、ムカついたから拳を振るうだけだ」
「あっはー理不尽!」
「せい!」
掛け声と共に腰の入ったパンチが放たれ、寸でのところで止められた。
「ふん」
恐らくユキはカッコつけたつもりなのだろう。今もそれとなくカッコつけた立ち方をしているし。
しかし、俺の視線はユキの放たれた手が掴んでいる物に釘付けにされていた。
「?」
ユキも俺の様子に疑問を抱いたのか、視線の先を追い、
「ひっ!?」
慌てて少女漫画を後ろへと隠した。
顔をトマトみたいに真っ赤に染め、視線は泳ぎまくっている。見ている方が恥ずかしいくらい動揺していた。
ここは……。
「…………ユキお嬢様」
「~~~~~っ!?」
タイトルに“執事”の文字が入っていたので悪ふざけで“お嬢様”呼びをすると、ユキは目の端に涙を浮かべながらポカポカと叩いてきた。
「べ、別に良いじゃないか! 執事ものぐらい!」
「ば、ばかー! 口に出すんじゃねえ!」
「そりゃ、触れないわけにはいかないだろ! 話を逸らす方が変だって!」
これが奏とかなら気を使ったかもしれない。しかし、相手が七海やユキの時はスルーする方が違和感がある。
「わかってるわ! わかってるけど恥ずかしいんだよ!」
「俺だってメイド大好きだぞ! だから恥ずかしがるなって! そうだ、メイドの恰好してくれないか? 似合いそう」
「ばっ……! バッカじゃねえのおおおおおっ!!」
「ぐはっ!」
やはり、メイドの恰好云々は言いすぎだったか。
鋭いタックルを喰らい、苦悶の声をあげる。警戒していた上でこのダメージ。素晴らしい。
「ぜえぜえぜえ……。海斗のバカ!」
「へいへい、バカですよ。ただの小粋なジョークだろ?」
「どこが小粋だ! わ、わわ私にそんな可愛い服が似合うわけないだろ!?」
「へ?」
似合うわけない?
「いや、似合うか似合わないなら似合うだろ。絶対可愛いって」
性格は除く。口にはしない。流石に命は惜しい。
「な、ななななわけないだろ!?」
「どれだけ自己評価が低いんだよ。それともズレてるのか? ユキは可愛い系だぞ。俺が保証する」
そういえば前も可愛いって言ったら動揺していたっけ。
言動は置いといて容姿だけならユキはとても可愛いのだ。メイド服だって似合うだろう。
仕事内容に関しては…………世の中にはツンデレ喫茶と呼ばれる物もあるらしいし。
「それよりその漫画は面白いのか?」
「うぐっ! 次はそこをいじってくるのか……。このドS!」
「違うわ! ……いや違わないけどさ!」
「うわ……」
「そっちから振ってきたくせに引くな! ……だ、だから、俺も漫画好きだから興味があるだけだよ」
「漫画って言ったって……少女漫画だぞ?」」
「だろうな。表紙は見えたし」
「なのに興味が?」
「少女漫画は少女漫画で結構面白いからな。七海のとか結構借りてる」
「そうなのか? てっきり少年漫画しか読まないかと……」
そういうことか、と合点がいった。
ユキの中で男は少女漫画を読まないとなっていた。だからこそ、昔男友達でいた俺に少女漫画を読んでいることを知られたくなかったと。
「読む読む。少なくとも俺は好きだぞ」
「し、執事とかお嬢様とかの作品でもか?」
「もちろん」
むしろ、それだけならポピュラーな設定と言えよう。ドン引かせるには百年早い。
「ふ、ふーん、そういうものなんだな」
昔からユキはわかりやすい。そっけないフリをしながらも声のトーンが明るいものになっている。
「そういうものなんだ。だから、もしオススメがあるなら教えてくれると助かる。最近は買い続けてるシリーズしか読んでないからな」
「っ! し、仕方がないなあ! 海斗がそんなに頼むなら教えてやるよ!」
今までのやり取りはなんだったのか。意気揚々と好きな作品の説明を始めたユキを、俺は苦笑しつつも楽しげに見ているのだった。
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