ホラーと名前

 ふと映画が見たいなと島唯一のレンタルビデオ店へ。

 娯楽系が足りないかと懸念していたが、数こそ少ないが一通り揃っていた。

 そもそも趣味はそれほど多くない。精々、スポーツの試合を視聴するのが難しいぐらいだ。

 それも今ではネット観戦が容易にできるため問題にするほどではない。生観戦は年に数回ほどなので長期休暇で事足りる。

 

(と思っていたんだけどな……)


 様々なDVDが並んでいる棚の前で微かに肩を落とす。

 借りに来る時は二つのパターンがある。

 好みの物を発掘したい――借りる物を決めていないパターン。

 反対に続き物や見た事がある物が見たい――借りる物を決めているパターンの二つだ。

 そして今回は後者、ドラマの続きを借りに来た。

 海月島の様な辺境の地では最新作はドラマに限らず漫画や小説でも遅れる傾向にある。それは知っていた。

 しかし、立ちはだかった壁はもっと根源的な物だったのだ。


(まさか、シリーズそのものを取り扱っていないとは……)


 確かに本土の方でも扱いは大きくなく、数も多くはなかった。

 だが、唯一の店だけあって規模はそこそこ大きいのですっかりあると思い込んでいたのだ。

 スポーツと同じでこのご時世、他の国のドラマでもネット上なら何だかんだ視聴することができる。

 しかし、そうではないのだ。あると思っていたせいで大きな画面で視聴することをイメージしていた。

 下手なテレビより大きなディスプレイを持っていれば別だが、俺のはごくごく普通のノートパソコンだ。どうしても迫力に欠ける。

 SF要素がふんだんに盛り込まれているため、迫力が与える影響はとても大きい。さて、どうしたものか。


「先輩?」


 後ろから声を掛けられ、振り返るとまずおさげが眼に入った。流れで今まで見てきた(現実で)中でもトップクラスの双丘を捉える。

 視線を上げた先にある顔はやはり、


「白水さん」

「はい、白水奏です」


 名前を呼ぶと白水さんは嬉しそうに手刀の形をした手を額にあて、可愛らしく名乗りを上げた。


「白水さんも借りに?」


 当たり前と言えば当たり前の問いかけをすると白水さんがレンタルビデオ店の袋を持ち上げ、


「前から見たかった映画が入荷したとの連絡があったので借りに来ました」

「入荷してくれるの?」

「大体の物なら入荷してくれますよ。今までも何度かお願いしたことがあります」


 本土ではアンケートがあり、ある程度投票数があれば入荷する形だったが、白水さんのいい方ならマイナーな物でも入荷してくれるのだろうか。


「島にはここしかありませんからマイナーな物でも入荷してくれるんですよね。助かってます」

「へえ、それはありがたいな」

「先輩は何を借りに来たんですか? 難しい顔をしていましたけど」

「ドラマを借りに来たんだけど、残念ながら扱っていないみたいで。店長に頼んでみるかな」


 出来れば今日見たかったのだが、こればかりは仕方がない。それより、入荷してもらえるのなら非常にありがたい。

 白水さんが教えてくれなかったら他のを借りて帰っていただろう。

 俺が難しい顔をしていたから気を遣って声をかけてくれたのだろうか。…………あれ?


「難しい顔?」

「あ、い、いえ、後ろ姿で何となくそうなんじゃないかなって!」

「俺、そんなにわかりやすいのか……」

「は、はははっ」


 白水さんの苦笑いは肯定と同意義だ。

 まだ知り合ってから日が浅い白水さんすらわかるのだ。アンナに心を読まれるのも当然かもしれない。……流石にアンナのは桁が違うか。


「白水さんは何を借りたいの?」

「えっと、その……」


 歯切れが悪い。借りたものが言いづらいものなのか、それとも俺だから言いづらいのか。

 後者なら枕を濡らすしかないが、前者だとどうだろう。まさかR-18なわけないし、そもそも借りられないだろう。

 まあ、店主と仲が良かったら方法はあるかもしれないが、純真無垢っぽい白水さんに限って……。


(R-18を嬉し恥ずかしそうにみる奏ちゃんか……。それはそれでグッとくるな)

「~~~~~っ!?」


 白水さんだからこそグッとくる。同じ系統なら七海もそうなのだが、如何せん七海と白水さんでは純真無垢の方向性が違う。

 ……ここから先はよろしくない。妄想するのはここらでやめておこう。白水さんに失礼だ。


「言いづらいなら」

「い、いえ! そんなことはないです!」


 申し訳ないと思ったのか、白水さんは慌てて袋の中からDVDを取り出した。

 タイトルから察するにホラーだろうか。個人的にホラーは邦画の設定や方式のが一番好きだ。日本人だからかもしれないが。


(洋画だと怖いよりびっくりすることの方が多いんだよなあ。ホラーは不気味さとか無力感を大事にしたい)

「わかります!」

「え?」


 白水さんが力強く同意してくれる。

 

「俺、もしかして口に出してた?」

「っ!? は、はい! それはもうバッチリと! 駄々洩れでした!」


 白水さんがこの人何をいってるのだろうと思ったのか目を白黒させた後、数度頷いた。

 どうやら口からこぼれていたらしい。そりゃ、口にしておいて聞いてきたら驚くわな。


「こ、この映画はですね。旅行を楽しんでいた主人公たちが廃墟に紛れ込んだことが発端の――」


 これが他のメンバーだったらからかわれただろうが、白水さんはいい子なので話を逸らすように中身の話をしてくれる。


「もしかして、見たことあるの?」


 説明がしっかりとしていた。入荷してもらったと言っていたので見たことがないと思っていたが。


「それが観光客の人が話しててついつい……」

「あー、わかるわかる。見たい作品の話って聞きたくないけど、やっぱり聞いちゃうんだよなあ」


 ネタバレしようと話してきたなら突き返せるが、他の人が話題にしていると聞いてしまうのだ。

 他の話をしていれば聞こえてこないはずの音量なのに、何故か耳に届いてしまう。難儀なものだ。


(にしても記憶力良いな。いや、耳が良いのかな?)


 俺もちょいちょい体験しているが、流石にしっかりと説明できるほどは聞いていない。聞いたとしても白水さんの様には話せないだろう。


「あ……その、あれなんです。ネットで評判とかも、見ちゃって」

「そのパターンか! わかる! すっごいわかる!」


 ネタバレ注意って書かれているのに何故見てしまうのか。

 面白そうなら見に行こう、見よう程度ならわかるが、見ると決めているに開いてしまうのだ。


(……待てよ。また声に?)

「だ、出してますよ!」

「嘘だろおい!?」


 言われたばかりなので気を付けていたはずなのに緩々だったようだ。

 口にせず、頭の中でだけでとどめる。人として大事な能力だろうに……。


「マジで気を付けないとな……」


 R-18云々は絶対に漏らすわけにはいかない。軽蔑される自信がある。


(思春期のリビドーとか白水さんみたいな子には刺激が強すぎるだろうし)

「~~~~~っ!」

「白水さん? 大丈夫?」


 突如として俯いてしまった白水さんは顔を下げたまま、掠れた声で大丈夫とだけ答えた。

 大丈夫そうには全く見えない。


「本当に? 俺が頼りにならないなら七海を呼ぶけど」


 リビングでアイスを食べながらまったりしているが、白水さんのためならすぐにでもやっれくるだろう。

 それとも家が近い遥の方が良いだろうか。知り合いかは知らないが、七海経由で知り合っていてもおかしくないし、それ以上に頼りになる。


「だ、大丈夫です。先輩が頼りないとか、ないですから……!」

「そ、そうか? 割と頼りないよ、俺」


 今も結構焦っているし、オロオロと中途半端に持ち上げた手をどうしていいかわからない。


「ちょ、ちょっと待ってください……」

「わ、わかった。俺に出来ることがあるなら言ってくれ。微力ながら力になるから」

「ありがとうございます……」


 かすれる声でお礼を言い、白水さんは動きを止めてゆっくりと深呼吸を繰り返す。


「……すみません。心配かけちゃって」


 一分ほど経ったところで白水さんは顔を上げた。表情はいつもの通りで、調子の悪さはうかがえない。


「いやいや、俺は何もやってないし。それより、本当に大丈夫なのか?」

「はい。もう大丈夫です」

「なら、いいけど……」


 気にならないといえば嘘になるが、今のところ平常なため信じるしかない。

 もし、何かあったとしてもそれだけの信頼はないだろう。こればかりは時間をかけて築いていくしかない。


「そういえば店長さんに頼まなくて良いんですか?」

「……いや、また今度にするよ。頼みたいのが他にもあるから、まとめてさ」

「わかりました。じゃあ、その時は声をかけてください」

「ありがとう。その時は頼ませてもらうよ」

「任せてください!」


 邪気のない笑顔が心に清涼な風を送り込んでくれる。本当に優しい子だ。


「よし、帰るか。白水さんの家ってどこだっけ、送って行くよ」

「そ、そんな送ってもらわなくても!」

「いいからいいから。白水さんみたいな可愛い子、一人で帰すなんて紳士な俺には耐えがたい。むしろ、送らせてほしい」

「……じゃ、じゃあ、お願いします」


 白水さんがぺこりと頭を下げる。


(庇護欲をかき立てる子だよなあ。ちょっと心配になる)

「………………」

「行こうか」

「……はい」


 一瞬、自虐的な表情を浮かべたような……。


「先輩?」

「……いや、何でもない。それより、ホラー映画好きなの?」

「大好きです! 怖いんですけど、それでもあのハラハラが!」

「ははっ、怖いもの見たさってやつだよな。俺もそんな感じで好きだわ」

「でも、一人だとやっぱり怖いんですよね。お母さんもお父さんも苦手で一緒に見てくれなくて」

「七海も苦手だからな」

「なんですよ」


 どうやら白水さんも七海のびびりっぷりを知っているらしく、二人して笑い合う。

 

「…………よ、よければ先輩、い、一緒に見てくれませんか?」

「俺?」


 突然の指名に自分を指さす。


「は、はい!」

「もちろん見るのは全然良いんだけど、場所が……」


 ホラー映画を見るには適した時刻――二十二時なので白水家にお邪魔するわけにはいかない。

 かといって居候の俺の部屋でとも提案し辛い。……二人なら笑顔で許してくれそうか。


「ば、場所は……その、できれば……」


 ぼそぼそと喋るため、はっきりとは聞こえないが考えは俺と同じだろう。


「わかった。聞いてみるよ」

「え……」


 スマホで七瀬さんに連絡を取ると二つ返事でオーケーがもらえた。

 だが、最後に「勉強が必要ですね」とか何とか言っていたのは何故だろう。だらけている七海が視界に入っていたのだろうか。


「良いだってさ。白水さんも両親に電話した方……どうしたの?」

「知りません!」


 何故だか白水さんは頬を膨らませて不機嫌そうだ。

 ここまでわかりやすく不満を表すのは初めてではないだろうか。何か気に障ることでもやってしまったのか。


(……全然、わからん)

「じー」


 首をひねっているとジト目を向けられる。ここらへんは七海とそっくりだ。


「ご、ごめん」

「……何で謝るんですか?」

「え!? そ、それは、だって……」

「とりあえず謝っておけばいいと? めっ、ですよ!」


 怒っているはずなのに妙に可愛らしい。


「えーっと、じゃ、じゃあどうしたら?」

「………………」

「白水、さん?」


 普段とのギャップで無言が一番怖い。


「……はあ、先輩ですもんね」


 ため息を吐き、苦笑しつつ奏ちゃんは、


「なら、私の言うことを一つ聞いてくれますか?」

「俺に出来る事なら」

「じゃあ、名前で呼んでください。七海ちゃんみたいに“奏”って」


 白水さんなら常識の範疇でのお願いだと思って了承したのだが、思った以上に簡単なお願いだった。

 これは、話を流すための気遣いだろうか。わからないが、むしろ名前で呼ばせてほしいとお願いしたいぐらいなので――、


「わかった。これからは名前で呼ばせてもらうよ」

「…………」


 白水さんは反応しない。

 ……待たれるとちと気恥ずかしいが。


「奏、ちゃん」

「“ちゃん”はいりません」

「ぐっ、それはちょっと」


 奏……ちゃんは聞く耳持たずと言わんばかりに無視する。


(落ち着け……。七海達のことだって名前で呼んでるし、同じことだ)

「…………」


 何故だか空気が若干重くなったような。

 気のせいか。意識しすぎてるだけだろう。


「え、えっと…………“奏”」

「何ですか、“海斗先輩”」


 面食らっている俺をしり目に、“奏”は満面の笑みを浮かべるのだった。

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