クライマックスは突然に
食堂は午後の授業があるためか、昨日と比べて随分と混んでいた。
入口から全体を見渡してみるが、空いているところは確認できない。
どうしたものかと悩んでいると同伴していたアンナが、
「海斗、こっちよ」
「え?」
アンナに先導されて進んでいると通り過ぎる生徒の視線が突き刺る。
最初は気のせいかと思ったが、ここまで露骨だと流石にわかった。
その原因は恐らく前を歩く……。
(アンナは目立つからなあ)
刺さる視線を送る人はもれなくアンナから俺へと来ている。
何故こんな奴がとでもなっているのだろう。
俺がその立場なら同じように思う。
「ほら、座って」
「お、おう」
たどり着いたのは食堂の隅っこ。
しかし、窓側なのもあって場所としてはむしろ良い。
ほぼ満員状態にも関わらず、何故空いているのだろうか。
しかも、二席だけでなく、テーブル丸ごと空いていた。
「何でここだけ……」
「どうしてかしらね」
意味ありげにアンナが微笑む。
理由がありそうだが、教えてくれない時の顔でもある。
「まさかアンナ専用のテーブルってわけじゃ、ないよな?」
「ふふっ」
「くそー、意味深な笑いしやがって」
「海斗といると楽しいから微笑んでるだけよ」
「……俺が悩んでいる姿を見るのが楽しいんだろ」
「海斗がそう思うならそうかもね」
当然の如くアンナははぐらかす。
ダメだ。ばかし合いだと勝てる気がしない。
「それより海斗は何を食べるつもり?」
「そうだなあ。昨日は海鮮丼を食べたから……オススメとかってある?」
「パエリアとかオススメよ。やっぱり、海月島なら魚介類ね」
「おー、良いね!」
海鮮丼とはまた違った趣がある料理だ。
あまり食べたことはないが、きっと美味しいに違いない。
「私もパエリアにしようっと」
「じゃあ、食券買ってくるわ。アンナの分もついでに――」
「じゃじゃーん」
席を立ち上ろうとするとアンナがポケットから紙切れを二枚取り出す。
よく見てみると食券のようだ。
「こんなこともあろうかと既に頼んでおいたわ」
「博士か。……え、俺の分も?」
反射的にツッコミを入れ、後に疑問を口にする。
「海斗はどうしても食べたい料理があるなら絶対に口にする。でも、しなかったってことは決めてはいない証拠。そうなると私にオススメを聞くか、精々他人の食べてるものを見て良いなってなるぐらい。でも、後者は視線が気になってそれどころではないでしょうから、必然的に私オススメのパエリアになるって寸法よ」
「凄いな」
意気揚々と推理を明かしたアンナに拍手を送る。
これならドヤ顔も許される。
しかし、食べたい物があれば口にするって思ったことを何でも垂れ流すのか俺は。
「つーか、視線が気になるって」
「否定しても嫌味になるでしょ?」
「……それもそうか」
アンナと共に苦笑する。
注目を浴びているのは誰の眼から見ても明らか。
下手に謙遜する方が受けは悪いだろう。
席についてからは不躾な視線はなくなったが、移動中はそれはそれは凄かった。
だが、男子の人数は女子と比べると圧倒的に少ない。
(そうなると視線の多くが女子ってことなのか?)
同性からやっかみの視線を送られるのはわかっていたが、異性は想定外だった。
「アンナって女子からも人気あるのか?」
「もって言われると答えづらいけど……。うん、慕ってくれる子は多いかな」
思えば七海も名字である久遠ではなく、アンナ先輩と呼んでいた。
しかし、二人は付き合いがあるわけではない。
誰もが親し気に名前で呼ぶ程度には人気があるってことか。
俺が有名人を愛称や下の名前で呼ぶのに近い。
「お姉さまってやつか」
「…………」
「マジであるの!?」
「……たまに、ね」
そんな世界が本当にあったのか。
素晴らしい。アンナが複雑な表情をしてる手前、神妙な顔をしているが理解があるほうだ。
素晴らしい。
「可愛い子たちなんだけどね。どうしてだか」
「アンナの魅力は性別の壁を越えたってことだな」
「……何だか嬉しそうね」
「俺の眼を見ろ。これが嘘を言ってる男の眼か?」
「キラキラしすぎてて胡散臭い。もっと、海斗はこう濁った感じがないと」
「俺の印象そんなんなの!?」
覇気があるとは思っていなかったが、濁っているとは微塵も思っていなかった。
やる気はないけど、根性もないけど、結構ひねくれているけど――。
「濁っててもおかしくない!?」
「自分で認めちゃうの!?」
「改めて自分と向き合うと正当な評価な気がしてきた」
「自己評価低すぎよ! 大丈夫、辛うじて濁ってはいないから!」
「辛うじてなんだ! そんなの時間の問題だろ!?」
「…………」
「否定してッ!」
「ダイジョウブ」
「だいじょばないッ! それは絶対大丈夫じゃないから!」
棒読みするアンナとか初めて見た。
冗談が冗談に聞こえないから怖い。
「あ、蝶々」
「話逸らすの下手か! 今日日小学生でも騙されないわ!」
「むっ」
「何で不満げなの!? 俺、おかしなこと言ったかな!!?」
「濁ってる眼の癖に」
「濁ってるんだ! 辛うじて大丈夫だった線を越えちゃったんだ!」
短い間に俺の身に何があったと言うのか。
「あー、これはツッコミのしすぎが原因ですね」
「ツッコミのせいかよ!? お笑い芸人さんみんな眼が濁っちゃうわ! つーか、原因作ってるのアンナじゃん!」
「わかった。海斗の眼を濁らせた責任を取るわ」
「へ? 責任?」
「結婚しましょう。一生面倒を見るわ」
「責任の取り方が重すぎる……ッ!」
「そんな……。私と結婚するの、嫌?」
胸元に手を引き、不安で瞳を揺らす。
綺麗な声も微かに震わせ、愛しさと切なさが入り混じった――、
「おかしい……! いつの間にかクライマックスに突入してる……!」
「クライマックスは突然訪れるものよ」
「クライマックスをもたらした人が言いますか」
「私とパエリアどっちを取るの!?」
「展開が強引だな!」
パネルに21と22の文字が表示され、パエリアの完成を告げる。
そのため、無理やり場をたたもうとする。
別にたたむ必要はないのだが……。
「ちなみに私は海斗よりパエリアを取るわ」
「詰問してきた人が言うのかい! もうええわ」
「?」
「何でそこで不思議そうな顔するの!?」
あくまで暇つぶしなのでたたむ必要はない。
けれど、アンナがちゃんと終わらせたがってたので閉めの言葉を口にした。
その結果がこれだよ。
「俺は絶対間違っていない……!」
「ほら、取りに行くわよ」
強く主張するが、当たり前のようにスルーされるのだった。
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