アンナの立ち位置

 朝のHR五分前、アンナが後ろの扉から入ってきた。

 自分の席でユキと雑談していた俺は眼が合ったので右手をあげる。


「誰に――」


 ユキが俺の視線の先に誰がいるかを確認し、


「なんだ、久遠か。……久遠!?」

(久遠? アンナの名字か?)


 見事な二度見を披露してくれた。

 そして再び俺へと向き直ると襟首を掴む。

 しまった。アンナの名字に気を取られ、かわせなかった。


「おいおいおい久遠と知り合いなのか!?」

「知り合いってか、ユキと同じで前からの友人だけど」

「な、なんだってえええええっ!」


 これまた王道な驚き方をする。

 眼を見開き、口も大きく開けている。お世辞にも良い表情とは言えない。

 それほどまでに驚愕することなのだろうか。

 そういえば七海もやけにリアクションが大きかった。


「おはよう、海斗。朝から賑やかね」

「うっす。まあ、ユキはいつも賑やかだろ」

「ふふっ、確かにそうね。皆木さんもおはよう」

「っ!? お、おはよう!」


 アンナに挨拶され、ユキは口元を引きつらせながら返す。

 もしかして、仲が悪いのだろうか。


「事務的な話しかしたことないはずよ」

「それにしては過剰な反応だよな」

「皆木さんってそんな感じじゃないの?」

「そこまで面白い奴ではないな」

「ちょ、ちょっと待て! 何かおかしかったぞ!? 話が繋がってない!」


 ユキは指摘するが、心を読まれて会話が成立することにいい加減慣れてしまった。

 お約束として反応することもあるが、もはや気にしていない。


「まあ、そういうことだ」

「わからないから!」

「心を読まれて会話が成立することにいい加減慣れたって」

「何で久遠が説明するんだよ!?」

「わかりやすいかなって」


 ニッコリと不自然なほど柔らかい笑みを浮かべるアンナの姿に、そういえば初めに会った頃はこんな感じだったよなと懐かしさを感じる。


「く、久遠が笑った……?」


 しかし、何故だか反比例するようにユキの顔色が悪くなる。

 一方、アンナは微かにだが悪そうな笑みになっていた。

 アンナはユキの反応は想定内、理解できているようだ。


「ちょ、ちょっとタイム!」


 いきなりタイムを宣言し、ユキが俺の顔を窓側へと回転させる。

 可動域ぎりぎりまで回され、文句の一つでも言いたいがその剣幕に言葉を飲み込む。


(海斗、あれは久遠アンナ、なのか……?)

(……どっからどう見てもアンナだと思うけど)


 じっくりと観察したわけではないが、偽物には見えない。

 替え玉を用意するにもアンナの容姿に近い人など早々見つかるものではないだろう。

 姉妹がいるとの話も聞いたことがないし。姉妹なら一応久遠だが。


(久遠、久遠なのか? そんなまさか……!)

(そんなにおかしいのか? 俺といる時は、まあ拡大解釈すればいつもあんな感じだけど)

(拡大解釈って何だよ!?)

(とりあえずよく笑ってるよ)

(あの無敵不沈艦がかよ! 白昼夢とかじゃないのか!?)


 無敵不沈艦、おおよそ女性――人間がつけられる称号ではないような。

 アンナは格闘技界で絶対王者として名を馳せてでもいるのだろうか。


「海斗」

「はいはい?」

「私だけ除け者はつまらないんだけど」

「だよな。そろそろ良いか?」

「え!? う、うん」


 ユキの疑問も一緒に話してれば解決されるだろうと内緒話を終える。

 そもそも俺とユキの認識の差がありすぎて解消される気配がなかった。


「皆木さんも海斗と知り合いだったのよね?」

「うえっ!? ど、どうして知ってるんだよ!」

「どうしても何も昨日散々騒いだじゃないか」

「そ、そういえばそうだった……」


 ユキは恥ずかしそうに笑う。

 どうにもユキの動揺が激しい。


(何かあったのか?)

(心当たりはないわ)


 さりげなくアンナへとアイコンタクトを送ってみるが、彼女も心当たりがないのかわからないとの返答がきた。


(むしろ、海斗関係じゃないの?)

(俺? 何でそこで俺が出てくるんだよ)

(……海斗はそうよね)

(???)


 アイコンタクトにしては会話が精密に成立しているが、何故だかアンナとは行えるのだ。

 人体の七不思議のひとつだ。残りの六つは知らん。


「いたっ」


 訳が分からず説明を求めているとユキの肘が肩に当たる。思わず声が出るが、痛みはそれほどなかった。

 たまたまかと思ったが、二度三度と当たるので顔を見る。

 何やら不機嫌そうだが、細かい内容はくみ取れない。


(何、見つめ合ってるんだよ)

(皆木さんも苦労してそうね)


 アンナが皆木に同情していた。

 同時に俺への呆れも感じ取る。


「ユキ?」

「……そろそろ、授業始まるし席に戻る」

「そうか」


 確かにチャイムまでは後わずかだった。

 不機嫌そうなのが気になるが、ユキは大概気持ちいい性格をしているので大丈夫だろう。


「海斗、少しは……言っても仕方がないか」


 アンナが何か忠告をしようとしてやめる。

 そんな中途半端に言われたら気になるので先を促すが流されてしまう。


「私はできないことは段階を踏ませてどうにかしようってタイプだから」

「お、おう?」

「海斗の場合は時間がかかりそうだけど、多少は改善させないと私も苦労しそうだしね」

「……なるほど、わからん」

「……それでこそ海斗って気もするから――とはよく言ったものよね」

「大事なところを省略しやがりましたね。とはって何だよ」

「さあ? 頑張って当ててみなさい」


 思いつくなら答えを直接求めたりはしない。

 それがわかっていて言ってくるのだから意地が悪い。


「うーーーーーん、竹馬の友?」

「確かに幼馴染だけど、流れに当てはまる?」

「……ツーカーの仲、なら何とか」

「んー、竹馬の友よりはマシだけど違うわ」

「だー! わからん!」

「でしょうね。そもそもわかるなら苦労してないから」

「苦労してるならもっとわかりやすく教えてくれよ」

「だーめ」


 俺の要求を可愛らしく却下したところでチャイムが鳴る。


「じゃあ、私も席に戻るわね」

「へーい……」

「そんなにすねないの。今日はお昼一緒に食べましょうね」

「あいよ」


 最後にウィンクを飛ばし、アンナは自分の席へと戻っていく。

 俺も気を取り直し、前を向いたところで気づいた。

 多くのクラスメイトが俺たちのやり取りを聞き、ユキと近いリアクションをしていたことを。 


(アンナ、お前は一体全体どんなキャラで通ってるんだ?)


 薄々と状況を把握し、心配していた出来事が起きそうだなと肩を落とすのだった。

 恐らく、俺の想像とは違う方向でだが。

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