隣にいる人
『皆木有希:女の子(ここ重要)、身長は七海より少しばかり高い(150cm半ば)、粗暴なところもあるが本人曰く兄のせいだと(二人兄がいる)、見た目だけなら可憐な少女なのだが根はやはりユウキのままだ。だけど、そのギャップが良いとモテそう』
日記にユキを追加し、その流れで今日の出来事を自戒も込めて事細かに記す。
七海、アンナ、遥、ユキ――これで仲が良かった知り合いは恐らく全員だろう。
断言できないのは散々露呈した自身の記憶力の低さ故に。
冗談っぽくだが、ユキには病院で調べてもらえよとの厳しいお言葉をもらった。
遥からも遠回しに良い医者を紹介できるよと(遥のお父さんは医者をやっている)
強く否定したいところだが、できないほど俺の記憶はおぼろげなものだった。
しかし、再会して話を聞く内に思いだせた。むしろ、何故忘れていたのかと不思議になるぐらいだ。
極度のストレスやショックを受ければ蓋をするように思いださなくなる、とテレビで有名らしい医者が説明していたのを覚えている。
もしかしたら俺も――、
「……んな訳ないか」
頭を振って否定する。
そのような出来事など想像がつかないし、万が一そうだとして誰も知らないのはおかしい。
俺は親からそのような説明を受けたことはない。
隠していたとしても、なら海月島に帰郷させるかって話だ。
ただ単に俺の記憶力の問題だろう。それが一番筋が通る。
(いや、待てよ)
一人だけ思わせぶりな発言をした者がいた。
覚えていないのは当然だと……。
金髪金眼、海月島にはそぐわない洋館に住んでいるブランコの少女――、
脳裏に唇に人差し指を立て、わかる日が来ると語った彼女は、何もかも知ってるかのような振る舞いだった。
少女は、アンナは俺の記憶の欠如について何かを知ってるのかもしれない……。
「はっ」
再び自身の浅はかな妄想を鼻で笑って否定する。
アンナの言い回しがミステリアスだから思考がそっちに寄ってしまうだけで、実際は俺を気遣ってのことだろう。
わかる日が来るってのも思いだす日ってことに違いない。
忘れてるのではなく、思い出せないだけと状況を正確に把握していたのだろう。
(そういえばチャットの返信が来てないな)
別に返信を期待して送ったわけではないので、読んでてくれたらそれで良いのだが。
ユキとの絡みで意味深な反応をしていたのが気になる。
それも俺が深読みしてるだけなのだろうか。
考えたところで答えはわからない。
――prprpr――
タイミング良くベッドの上に放り投げられた携帯が震える。
この時間なら相手はきっと、
「もしもし」
『夜分遅くにごめんなさいね』
「別にいつもこのぐらいだろ」
着信に表示されていたのはアンナの名前。
いつもとは違い、少しかしこまった入りだった。
『もしかしたら皆木ユキと一緒かと思って……ベッドの上で』
「んなわけないだろ!?」
まさかの下ネタだった。
アンナがその方向から攻めてくるとは思いもよらず、いつもより大きな声をあげてしまう。
七海が文句を言ってくるかもと冷や汗をかくが、どうやら二階にはいないようだ。
「変なことを言うなよな!」
『あら、十二分に可能性はあるじゃない』
「ないから!」
『絶対?』
「絶対!」
まず俺は今日の今日までユキを男だと勘違いしていた上に、久しぶりの再会で旧交を温めただけだ。
何段どころか次元を飛ばしているといっても過言ではない。
そもそも、俺は七海の家に居候をしているわけで、万が一、ユキに限らず彼女ができたとしても部屋に泊めるとかありえない。
居候の件は知っているのだからアンナもわかっているだろうに。
(もしや、これは嫉妬?)
『違うわよ』
ノータイムで否定が入った。
彼女はちょくちょくこちらの思考を読んでくる。
『まあ、冗談はこのぐらいにしておいて。これからもよろしくね。同じクラスで嬉しいわ』
「俺も嬉しいよ。これからもよろしくしてやってくれ」
アンナの口調が柔らいだことで俺も自然と笑みをこぼす。
『ところで隣には天守遥がいるのかしら』
「遥でもねーわ!」
『あら、じゃあ天海七海? 手始めに居候先の娘さんに手を付けるとか流石ね』
「アンナさんは俺を何だと思ってるんですか!?」
必死に抗議するが、アンナは全く意に介さない。
『うーん、じゃあ白水奏? 可能性は一番低いと思ってたんだけど、予想を裏切ってくるとか海斗ステキよ』
「白水さんでもないから! 俺一人だわ! ロンリー!」
『一人? 本当に?』
「当たり前だろ! ……そりゃ、七海と遊んでたりすることもあるけどさ。今はとりあえず一人。ベッドの上となると絶対に一人だけど」
『そうなの?』
「そうなの!」
『じゃあ、私が今晩海斗の部屋に泊めてって言ったら?』
「っ!?」
いきなりの切り返しに頭がフリーズする。
アンナの口調はあくまでからかっているものであり、本気で言っていないのは明らか。
だがしかし、脳裏にベッドに横たわるアンナの姿が過ったのは仕方がない話だった。
「な、なな何だよ、急に」
『あら、絶対に一人って言ったから頼まれても断るのかなって』
「い、いやだって、な、なら七海の部屋にでも、リビングだって、そもそも俺にそんな権利はないし……」
上手く言葉が纏まらず、しどろもどろになってしまう。
何だか非常に情けない。
『……それもそうね。なら、海斗が一人暮らしだったら?』
「はい?」
『仮に海斗が一人暮らしだったらって話よ。今のままなら“居候だからできないのか”、“信念としてしないのか”がわからないじゃない』
「…………は、はははっ、アンナさんは何でそんな事を知りたがるんだい?」
背中に嫌な汗をかきながら、どうにか話を逸らせないかと試みる。
分の悪い話に乗りたくない。
俺は素直なのが長所であり、短所なのだ。
異性の友人には知られたくない一面だってある。
『知的好奇心よ。あれだけ必死に否定してたんだから、まさか居候だからってだけじゃないわよね?』
必死だったのはアンナがいきなり変なことを言ってきたからであって……。
(ダメだ……。既に言い訳しか思い浮かばない……)
そもそも言い訳をする必要もないのだが、事ここに至っては無意味だった。
「…………です」
『え? もうちょっとはっきりと』
「……候だからです」
『男らしくどうぞ』
「居候だからだよこんちくしょう!」
布団に籠り、出来る限り声が外に響かない様にしてはっきりと告げる。
そうなのだ。“出来ない”のであって“しない”ではないのだ。
そんなの初めからわかりきっている。
アンナに言われたら? オッケーするに決まってるだろうが!
もちろん紳士な俺だ。本当に泊めるだけだ。
だが、だがしかし、絶対に、万が一、億が一の可能性で何かがあるかもしれない。
なので思慮深い俺はあえて断言はしない。
『ふーん』
「お、俺は紳士だからな。本当に泊めるだけだけどな!」
『本音は?』
「アンナが相手なら期待――しない! しないよ!?」
寸でのところで本音を垂れ流しにする口を制御する。
寸でのところで?
(間に合ってない気がする……!)
しかし、狼狽するとそれこそ胡散臭い。
ここは冷静にことに当たらなければ。
『…………』
向こう側が静かになっていた。
いや、かすかに物音と呟きが聞こえる。
しかし、携帯と離れているのか正確な内容までは把握できない。
『やっ……私…………斗が…………』
辛うじて聞き取れたのは断片にも満たないものだった。
今の状況に照らし合わせて無理やり文にするなら――、
『やっぱり、私は海斗が信じられない』
…………私と斗の間はもっと長かったので多分、おそらく、きっと、違うはず。
信用を失うには十分な失言だが、そもそもアンナから振ってきたのだから多少は多めに見てほしい。
「あのー、アンナさーん」
『どうしたの?』
「いや、どうしたも何もアンナの反応がなかったから」
『あら? 聞こえてなかったの?』
「へ?」
意味が分からず、間抜けな声を出す。
『もう、ちゃんと聞いてなさいよね』
「わ、悪い。ちゃんと聞くからもう一回お願い」
『だーめ。チャンスは一回きりなのよ。また頑張りなさい』
「え!? チャンスだったのかよ!」
正直、何のチャンスだかはわからないが逃したのは悔しい。
それに話を逸らせそうなので乗っておく。
「もう一回! もう一回! 可愛くて綺麗でスタイル良くて面倒見の良い素晴らしきアンナ様、どうかどうかご慈悲を!」
『お世辞が上手ね』
「いやいやいや、本音だから。俺の人生史でもアンナの素晴らしさは群を抜いてるね!」
『それじゃあ、七海ちゃんや白水さん、皆木さんに天守先輩と比べてどうかしら』
「………ん?」
『海斗の知り合いには綺麗所が揃ってるけど、彼女らと比べたらどうなの?』
「……みんな――」
『ちなみに、皆それぞれ良さがあるなんて甘っちょろいことは言わないわよね』
「今日のアンナさんはぐいぐい攻めてくるぜ……!」
再会してから時折S的な言動をするアンナだが、今日はまた一段と鞭が鋭い。
まるで嫉妬する彼女みたいではないか。
『違うわよ』
「あのー、心の声と会話を成立させないでくれませんか?」
『?』
「何で言葉にしたことは伝わらないんだよ!?」
『細かいことは良いから、どうなの?』
「ぐっ」
『ふふっ、いいわ。もっと悩み、苦しみなさい』
「こ、この程度で屈する俺じゃないぞ!」
『その威勢どこまで持つかしら』
趣が変わってきたが、質問の中身は変わらない。
封じられてしまったが、俺の素直な感想はそれそれ良さがある、だ。
方向性こそ違うが、誰もが魅力的な女の子だと俺は感じてる。
だからこそ、あまり優劣をつけたくないとの心理が働く。
八方美人なのだろうか。
「…………悪い。やっぱり、それぞれ良さがあるってのが俺の感想だわ」
『……そう』
「ご期待にそえなくてごめんな」
『あら、私が何を期待してたのかわかるの?』
思わずフォローしたが、藪蛇だった。
もちろん、わかるはずもなく沈黙してしまう。
『言葉が軽いわよ。そんなんじゃ、いつか痛い目を見るから気をつけなさい』
「肝に銘じます……」
『……いい時間だし、そろそろ寝るわ』
明日も学校だからねとアンナが続ける。
確かにほのかに眠気がやってきていた。
「それもそうだな。じゃあ、また明日」
『また明日。おやすみなさい、海斗』
「おやすみ、アンナ」
『あ、そうそう』
通話を切る直前、思いだしたかのようにアンナは――、
『部屋には海斗しかいないのよね?』
確認するように再度尋ねてきたのだった。
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