七海と遥と昔の写真

「ただいま」


 屋上で仲直りをした後、再会を祝してゲーセンへと繰り出した。

 俺の知り合いの中では一番得意かつ好きなのがユキだ。

 格ゲーでぼこぼこにされ、クレーンゲームで盛り上がり、リズムゲームで共闘したり――。

 存分にゲームで遊んだ後は休憩ゾーンで駄弁っていた。

 憎まれ口を叩いていたが、ユキは俺との想い出を事細かに語ってくれた。

 思い出せたこと、思い出せないこと、どちらにせよユキは怒ったふりで流してくれる。

 非常にありがたかった。

 そして、最後は大丈夫と言い張るユキを家まで送り、帰路についた。 


(誰かいるのか?)


 靴を脱いでいると七海の話し声が届く。

 相手は七瀬さんかと思ったが、キッチンの方に姿が見えたので違うようだ。


「ただいま」

「あ、海ちゃんおかえり」

「おかえり。その様子だとお楽しみだったようだね」


 リビングへと顔を出すとソファーに七海と遥が座っていた。

 食堂でのことがあったので思わず苦い表情をしてしまう。


「まあ、そう嫌な顔をしないでくれ」

「すまん。別に遥は悪くないのに」

「助けを乞われたのに無下にしたのは事実だからね」

「遥の言いたかったことはわかってるよ」

「それは何よりだ」


 この時間に帰宅してきた時点でわかってたけどねと遥が続ける。

 一人蚊帳の外の七海は興味はあるものの、静観してくれていた。


「あれだ……俺がデリカシーのないことをした」

「把握」

「そんな簡単に」


 七海の物わかりの良さに遥が苦笑する。


「いえいえ遥先輩、考えてくださいよ。海ちゃんですよ? あのデリカシーなし男の異名をほしいままにしてる海ちゃんですよ? おおよそ想像がつきますって」

「それもそうか」

「えー、想像ついちゃうの? ついてないと思うけど」


 遥があっさりと鞍替えしたことで何故だか俺が反対の立場に立ってしまう。

 実際、七海は俺とユキの関係を知らないハズだ。流石にそこまでは当てられないだろう。


「海ちゃんの事だから本当は覚えてないのに適当に話を合わせて、それが後々で他の事実と一緒にバレちゃって、なのに謝ろうともせず、どうにか場を収束させようとしたところを遥先輩に諭されたってところかな」

「絶対、どこかで見てたよな!?」

「ははっ、流石と言うべきか。海斗の事をよくわかってるね」


 人差し指を立てて得意げに語られた“想像”は見事と言う他ないほどに当たっていた。

 ユキを男と勘違いしていたなどは入っていないが、こと遥との出来事を考えると完璧に近い。

 つーか、前者まで入っていたらもはや超能力だ。


「わかるよ。何年、従妹をやってると思うの?」


 逆の立場の時、俺はそこまでわかる自信はないのだが。


「従妹って関係性に夢を見すぎじゃないか? そこまで可能性は秘めてないと思うけど」

「やれやれ、これだから海ちゃんは」


 まるで俺は遅れていると言わんばかりに肩をすくめる。


「いい? 海ちゃんは私の従兄兼居候だよね」

「そうだな」

「つまり、これはもう家族ってことだよ! だから、わかるに決まってるじゃん」

「全然わからないんですけど!?」


 家族ってところまではわかる。

 しかし、その後の結論がわからない。 


「えー、わからないの?」

「俺には高レベルすぎるぜ……」

「ふふっ」

「……何だよ、遥。お前にはわかるって言うのかよ」


 高みの見物を決め込む遥へと話題をふる。


「わかりますよね、遥先輩」

「遥は七海ほどレベル高くないって絶対」

「そんなことないもん。遥先輩は気配り上手だし、察するのとかも凄く得意なんだよ? 家族となれば当然」

「うっ、確かにそれはそうだ」


 知り合いの中でも遥はきっと一番場を見れる。

 年長者だからなのか、元々の性格なのか、教育のたまものなのかはわからないが。

 だが、本人は謙遜もあるのか両手を振って否定する。


「そんなに買い被らないでくれ。もちろん、場を見ようとは意識してるけど、中々どうして難しい。七海の海斗に対するそれレベルは間違いなくないよ」

「「そんなことないと思うけど」」


 俺と七海の声が重なる。

 二人とも素直な感想だった。

 だが、遥は首を横に振る。


「理想だけどね。でも、私には荷が重すぎるかな」


 遥にしては頑なな気もするが、考えすぎだろうか。


「遥先輩がそう言うなら……。ね、海ちゃん?」

「まあ、確かに七海レベルはハードル高いわな。もはやエスパーだし」

「誰がエスパーだー!」

「そこ怒るところ!?」


 空気をリセットするためか、七海がよくわからない部分に噛みついてきた。


「まるで私がおかしいみたいな言い方やめてよね」

「はっきり言おう。割とおかしいぞ」

「私の右手が海ちゃんを倒せと轟叫ぶ!」

「何故にそんな必殺技を出す雰囲気に!?」


 素直に感想を述べただけなのに理不尽この上ない。

 高々と掲げられた七海の右腕を掴み、下ろす。

 七海の事だ。こうすれば大人しくなるだろう。


「放せー! 天海流究極奥義を出せないじゃないかー!」

「この程度で究極奥義をかまそうとしたのかよ!? そもそも天海流って!!? 俺、全然知らない!」

「お母さん直伝の究極奥義だよ! 海ちゃんが知らないのも無理ないね!」


 七瀬さんのイメージが変わりそうな設定だった。

 そこは素直に格闘技とかしてそうな力さんにしておけよ。


「こうなったら左手で禁じられた秘奥義を……!」

「お前の両手は兵器か!」


 素早く左腕も掴み、行動を抑止する。


「海ちゃんの卑怯者ー! 正々堂々戦えー!」

「そもそも俺は戦いを望んでなんていない!」


 若干、影響を受けた言葉が出てくる。


「海ちゃん、痛いから掴むなら手を握って」

「お? 悪い悪い」


 それほど力を込めているつもりはなかったが、いつの間にか加減を間違えていたようだ。

 念のため逃げられない様に腕の上を滑らせ、手を握る。


「ちっ」

「貴様、痛いってのは嘘か!」

「嘘じゃないしー」


 警戒しておいて良かった。

 こやつ、俺が拘束を解こうものなら瞬時に究極秘奥義を放つ腹づもりだったな。


「ふっふっふ、だが良いのかな? 俺は手のひらから貴様のパワーを吸い取ることができるんだぞ!」


 こうなったら遠慮はいらない。

 俺も(都合の良い)力を解放する。


「な、なんだと!?」

「今更抜け出そうとしても遅い! 貴様が力尽きるのも時間の問題だ!」

「く、くそー! こんなところで……!」

「ひゃーはっはっは!」

「悪役の笑い声、上手いね……。と言うか楽しそうだね……」


 高笑いをしていると俺たちのやり取りを見守っていた遥がぼそりとつぶやく。

 小学生レベルのやり取りだが、天海家ではしばしば見られる光景だ。

 力さんはもちろん、七瀬さんも案外ノリノリで乗っかってくる。

 初めこそ面を喰らったが、家族となったからには俺も全力を尽くす。

 しかし、遥にはレベルが高――、


「そこまでだ!」

「誰だ……!」

「遥先輩!」

「待ってろ! 今すぐに助けるから!」


 ――い訳もなく、ノリノリで入ってきた。

 まさか、美味しい場面が来るまで待っていたというのか……!


「くそ! 他にも仲間がいたのか!」

「今すぐにその手を――放さないで降伏しろ!」

「その要求は何かおかしくないか!?」


 人質を解放せずに降伏だけしろとかいう斬新な発想に戦慄する。


「は、遥先輩!」


 見ろ。味方サイドの七海も理解ができな――


「ありがとうございます!」

「どういたしまして!」


 ――いこともなかった。

 俺には全く意図が理解できないが、二人の間ではしっかりと意思疎通がされている。


「よくわからないけど、断る!」

「なら……私も必殺技を出さざるを得ない」


 必殺技――シンプルかつ子供心をくすぐる最強のワード。


「必ず殺すと書いて!」

「必殺技!」


 思わず七海と連携を取ってしまう。 


「ご期待に沿うとしようか。これが、私の、必殺技だー!」


 遥はごそごそとポケットに手を突っ込み、その中身を高々と持ち上げる。


「そ、それは!」


 電灯の光を受け、キラリと輝くは――赤き長方形の物体。


「って携帯じゃねえか!」


 ただの遥の携帯だった。

 肩透かしにも程がある。

 しかし、遥は不敵な笑みを崩さない。


「ふっふっふ、携帯はただ電話をするだけのものじゃない。それは知ってるよね」

「ま、まさか……!」


 一つの機能が思い当たり、声を震わす。

 俺の考えが読んだかのように遥はニヤリと――、


「わかった! メール!」

「…………」

「…………」

「あれ、違った?」


 クイズ番組よろしく手をあげて解答した七海。もちろん、握っているので俺の手も頭より上にある。

 本人は俺たちのリアクションに不正解を悟ったようだが、そうではない。そうではなかった。


(七海って割と天然だよな……)


 見ると遥も同じことを考えていたのか、遠い眼をしていた。

 遥は始まる前から展開を予想し、その様に事を運びたがる傾向がある。

 そういう手合いは天然に弱いのだ。


「じゃあ、じゃあ、逆に電話!」


 流石に電話をするだけのものじゃないって前振りから逆のはない。


「むむむっ、じゃあ写真……は普通すぎるよね」

「「っ!?」」


 七海があっさりと答えをスルーしたことに驚愕する。


(メール、電話と普通も普通の答えをしておきながら、何故に写真は飛ばした! 答えろ、七海!)


 などと言えるわけもなく、どうしたものかと遥を見る。

 しかし、アドリブ力に欠けるのは遥も同じで困ったように眉を八の字にしていた。

 おそらく、七海のためにも驚きの答えを考えなければとか思っているのだろう。

 変なところで真面目なやつである。


(ここは俺が一肌脱ぐしかないか)


 特段、面白い答えは思い浮かばないが勢いでいけば七海は納得する。

 わざわざ考え込む必要などないのだ。 


「七海、灯台下暗しって言葉があってな」

「それぐらい知ってるよ」

「まあ聞け。驚きの答えってのも案外普通の答えだったりするもんなんだよ」


 自分で言っておいて何だが、流石に矛盾に気づくか。


「なるほど!」


 ……お兄さん、たまに君の将来が心配になるよ。


「つまり……つまり……写真でメールで電話だね!」

「答えが酷い!」


 真正面から矛盾へと突き進む姿勢にもはや尊敬の念すら抱きそうになる。

 これは答えに辿り着かせるのは難航しそうだと覚悟を決めた時、遥の眼が光った……気がした。


「そういうことだ!」

「そういうことなの!?」

「やったー!」


 意気揚々と立ち上がった遥が携帯を操作し、俺たちに見えるように画面を向ける。


「いっ!!?」

「わあ!」


 正反対の反応を見せる俺と七海。

 何故なら、遥が見せてきた写真には――、


「何で俺の昔の写真があるんだよ!!?」

「可愛いー! どうしてですか、遥先輩?」


 ――幼少期の頃の俺が映っていた。

 昔の写真とはそれだけで恥ずかしいものなのに、右上に表示されているフォルダ名は『海斗』

 まず間違いなく、他にも写真がある。


「おまっ! それ、どうして!?」

「私にもください!」

「おーけーおーけー。七海には後で送るとして、どうしてかだけど」


 送るなとの俺の叫びはもちろん無視される。


「このご時世、色々と便利なアプリがあるんだよ。写真を携帯に取り込むとか、ね?」

「っ!!?」

「そうなんですか! じゃあじゃあ、後で私もとりこもーっと!」


 子供の頃の海ちゃんは本当に可愛かったんだよねと嬉しそうな七海とは対照的に俺の顔色は悪い。

 何故なら、幼少期の写真を携帯に取り込まれた場合、恥ずかしいのは明らかに俺の方だからだ。

 ……母や七瀬さんに冗談で女物の服を着させられたあの写真、あれだけはあれだけはご勘弁を。

 しかし、言葉にすることで思い出させてしまう可能性もあるので迂闊には言えない。


「ふふっ、これが写真をメールで送って電話で詳細を教えるという私の必殺技だ!」

「ゆ、許してくださーい!」


 七海が知ってしまった時点で許しを請うても意味はないのだが、ただただ慈悲を願う。


「さーて、じゃあアルバムの写真を取り込むとしようか」

「ごーごー!」

「ちょ、ちょっとお待ちになって!」


 だが、俺の嘆きなど意にも介さないで七海と遥はリビングを出ていく。

 それでもまだ可能性は――、


「ちなみに絶対取り込むと決めてる写真はあるかい?」

「はい! 実はですね。一枚だけ海ちゃんが女装をした写――」


 耳を塞ぎ、俺はリビングの床で咽び泣くのだった。


 ――後日、お返しとばかりに七海と遥の恥ずかしい写真を取り込んだのだが、二人ともまんざらでもない様子だった。

 解せぬ。

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