変わらない笑顔
神代学園は海月島唯一の学校である。
扱いとしては小中高一貫だが、カリキュラムの都合上小学校だけ場所が違う。
そのため、校舎はもちろん食堂に来るのも初めてだった。
(小学生の時は食堂って響きに憧れてたなあ)
また神代学園は島の田舎ぶりとは正反対で非常に都会風だった。
食堂も前にいた学校よりも綺麗だ。
たまにテレビで見る都会の有名大学と比べてもそん色ない。
もちろん、学生が基本的に使用するためお値段もリーズナブルだ。
(たまに取材が来るとか言ってたもんな)
七海が時たま本土から食堂や施設の取材が来ると言っていた。
施設はまだわからないが、海月島は特有の立地をしているため研究分野から見ても興味深いと聞いたことがある。
ばりばり文系な俺にはピンと来ない話だが。
(やっぱり、海に囲まれてると海鮮系が豪華だな)
盛りに盛られた海鮮丼に舌鼓を打つ。
ワンコインだったため量や質には期待していなかったが、いい意味で裏切られた。
これで雰囲気も良ければなと切に思う。
わいわいがやがやと楽しげな声で賑わっている食堂だが、俺達は誰一人喋らずに黙々とご飯を食べていた。
それ事態はいい。心地よい静寂もある。
だが、今回は居心地が悪い静寂だった。
その原因はもちろん――、
「ふん」
俺を睨んでいたユウキ――ユキが不機嫌そうに鼻を鳴らし、大口でトンカツを頬張る。
先程七年越しに知った驚愕の事実が尾を引いていた。
しかし、いったいどこでボタンを掛け違えていたのだろうか。
おそらく、出会った瞬間からずっと勘違いしていたのだろうが、如何せん俺がその時の出来事を覚えているわけもなく、真実は闇の中に。
(つーか、遥も知ってたんなら教えろよな!)
微妙な空気の俺たちをしり目に優雅にスパゲッティを食している遥へと恨めしい視線を送る。
しかし、遥はどうかしたのかいと首をかしげるだけだった。
伝わっていないのか、わざとなのか……おそらく後者だろう。
「けっ」
「いたっ!」
真正面に座らされた(遥に)ユキが脛を蹴ってきた。
レバーを襲ったパンチとは違い、結構痛い。
本格的に怒っているようだ。
(無理もないか……)
ついでに思いだしていなかったこともバレた。当たり前か。
ユキとしては男と勘違いされているかもしれないとの懸念はあったようだ。
しかし、思いだしたらしい俺が性別に反応しなかったことから、杞憂だったかと安心したらしい。
だからこその『名前を呼んでほしい』発言だった。
役満だ。トリプル役満クラスだ。そりゃ、怒るわ。
明らかに非は俺にある。
さて、大事なのはどうやったら許してもらえるかだ。
「ゆ、ユキさんや」
「…………」
「み、皆木ユキさんや」
「………………」
「その、この度は、えー」
「……………………」
やばい、心が折れそうだ。
肉食獣よろしく、獰猛な顔つきに笑顔が引きつってしまう。
どうでもいい時はペラペラと動く口も劣勢だとこれっぽっちも頼りにならない。
「……何でも、ないです」
「ふん」
結局、何も言えずに海鮮丼を口へと運ぶ。
美味しい。美味しいはずなのに味気なかった。
一人で食べるより、大勢で食べる方が美味しい。少なくとも俺はそうだ。
けれど、だからこそ友達を怒らせたままだと美味しいご飯すら色あせてしまう。
「ふむ」
一人マイペースに食べていた遥が珍しく真剣な表情をしていた。
……情けない話だが、遥に助けを請うしかない。
ご飯を食べるふりをしつつ、目線だけを遥へと向ける。
それだけで察しの良い遥なら意図を理解してくれるだろう。
難しいミッションだが、もう頼れるのは遥しか――、
「あ、そういえば文化祭の相談をしなければならなかったんだ。すまないが、ここらで失礼させてもらうよ」
「え!?」
「積もる話もあるが、また明日にでもゆっくりと話そう」
しかし、遥は仲を取り持ってくれるどころか、反対に去って行ってしまった。
残されたのは戸惑う俺と不機嫌なユキのみ。
(自分でどうにかしろってことか!?)
確かに俺が悪いさ。
だけど、切っ掛けを作ってくれてもいいじゃないか。
そもそも、遥が前もって教えてくれたら起きなかった事態だと言うのに。
(違う……。あくまで、悪いのは勘違いをしていた俺だ)
一瞬、遥に責任を擦り付けてしまった。
情けないのも小心者なのもわかっているつもりだったが、それでもやっちゃいけないことぐらいわかる。
(悪いのは俺だし――)
そこでふと気づく。
(俺、まだちゃんと謝ってないじゃん)
謝ったところで許してもらえるかはわからないが、自己満足かもしれないが、それでもきちんとしなければならない。
今すぐに頭を下げたいところだが、場所が場所だけにユキも困るだろう。
(ユキは……もう食べ終わるな)
移動するにも昼食は食べ終わってからでないといけない。
むしろ、俺の方が残っている。
やることが決まれば思考も前向きになる。
色あせていた海鮮丼が鮮やかさを取り戻す。
(ええーい、醤油が足りん! かけたれかけたれ!)
醤油を豪快にかけ、ワイルドにかきこむ。
俺の豹変ぶりにユキが驚いているが、今は口の中へと入ってくる宝石を堪能せねばならない。
一つ一つでも十二分なうま味を有している彼らだが、計算されつくされた量、配置、ふっくらご飯によって1+1を3にも4にもしている。
具体的な説明などできはしないが、それでも楽しめるのが食の懐の深さだ。
究極、一体何なのかを知らなくても美味しい、不味いと判断できる。
大事なのは美味さだ! 素晴らしい海鮮丼に感謝を!
「ごっそさん!」
「ご、ごちそうさま」
タイミングよく、同時に食べ終わる。
流石、相性が良いぜなどと調子の良い事が思い浮かぶ。
「よし、行こうぜ!」
「ど、どこに?」
俺の勢いに押され、ユキは素直に行き先を尋ねてくる。
だが、もちろん勢いだけなので決めていない。
「…………」
「……もしかして、決めてないのか?」
「はっはっは!」
笑うしかない俺に、ユキは毒気が抜かれたとため息を一つ吐き、
「じゃあ、屋上にでも行く?」
………………
…………
……
神代学園の屋上は昼休みや放課後は解放されているらしい。
前の学校では閉まっていたので新鮮だ。
しかも、午後の授業がないためか、都合の良いことに人もいない。
九月の初め、まだまだ暑さは残っているが、生ぬるい風も吹いており、爽やかな気持ちに……はなれない。
「あっつ!」
「そりゃ、九月だもん」
生徒がいない理由はこの暑さかもしれない。
見れば陰になっている個所もないではないか。
春や秋は良いが、夏と冬は来ない方が賢明だろう。
「それで何だよ」
数歩距離を取り、仁王立ちをしたユキが問う。
その表情はまた剣呑なものへと戻っていた。
流石になーなーでは済ませてくれないか。俺も済ます気はないので問題ないが。
「ユキ……いや、あえて今はユウキと呼ばせてくれ」
「…………」
ユキは答えない。
「まずな、一個伝えないといけないことがある。俺、七年前の――前住んでた時の記憶がほとんどなくてな。ユウキもだけど、遥とか他の友達の事も会うまでおぼろげな記憶しかなかった。まあ、会えばそれなりに思いだせるんだけど、忘れていたことには変わりない。」
「…………」
ユキは答えない。
「薄情者って言われても返す言葉がないわ。いや、本当に俺自身がドン引きしてるからな。その上、ユウキがユキだってことにも気づかずに勘違いしてて、その上で適当に嘘までついて誤魔化そうとした。……改めて考えると中々のクズだな。うん、何て奴だ」
「そうだな」
ユキは即答した。
肩から崩れかけた。
「ま、まあ、そうなんだ。んで、俺はさっきまでどうやって許してもらうかばかり考えていた。でも、まあ、運よく気づけた」
恐らく、遥が場を離れたのはそれに気づかせるためだったのだと思う。
「ごめん! ずっと勘違いしてて、適当に誤魔化そうとして、思い出を忘れてて……本当にごめん!」
頭を下げ、誠心誠意謝る。
そういえば、アンナ相手にも謝っていたなと自嘲する。これからも謝罪することが多そうだ。
原因は自分にあるので仕方がないのだが。
「………………」
アンナは答えず、床を歩く音だけが響き、手前で止んだ。
そして――、
「おりゃ!」
「いった!?」
後頭部にゲンコツが振り下ろされ、鈍い音が耳に届く。
ユキのことだ。殴られるとは思っていたが、想像以上に痛かった。
少し涙目になりながら顔をあげると、
「私の方こそごめん!」
「…………は?」
ユキが同じように頭を下げていた。
「な、何でユキが謝るんだよ」
「…………海斗は私たちが初めて会った時のこと覚えてるか?」
俺の質問には答えず、逆にユキが聞いてきた。
的確に覚えがない思い出を指摘され、くぐもったうめき声をあげる。
「そっか。覚えてないのか」
「わ、悪い」
「う、ううん、謝らなくていいから」
しかし、ユキは怒るどころか言いづらそうに視線を泳がす。
見れば恥ずかしそうに手をもじもじとさせている。
「お、覚えてないならしゃ、しゃーないな。私が、教えてやるよ……」
「お、おう」
な、何だよ……。一体全体、何があったんだ!?
「あー、その、出会った時の私は、その……女って言われるのが嫌だったんだ」
「ま、まあ、女の子よりは男の子よりだった、よな。性格とか言動とか」
今でも名残はあるが、空気を読んで指摘しない。
「う、うん。それで、その、海斗と出会った時も……私は――俺は男だって自己紹介したん、だ」
「………………ん?」
「だ、だから、男と勘違いしたのは私がそう言ったからなんだ!」
「はいはい、なるほどなるほど」
当時のユキは何でか女であることが嫌で、出会った俺にも自分は男だと自己紹介したと。
だから、男だと思うのは自然な流れなわけか。
ほいほい、可愛らしい容姿や声をしていても自己申告がそれなら信じるわな。
「…………おい」
想像以上に低い声が出た。
そのせいか、ユキが体を大きく震わせ、慌てて両手を前に突き出し、ストップストップと静止をかける。
「ちゃ、ちゃんと続きがあるから! そ、その後……実は女だったんだって伝えたんだけど」
「だけど?」
その記憶が頭をひねっても出てこないので素直に聞く。
「……最初の頃に散々否定したせいか、冗談としか受け取ってもらえませんでした」
「……俺、素直なのが長所であり、短所だから」
哀愁漂う姿のユキにかける言葉がなかった。
そうか。ボタンの掛け違えはユキのせいだったが、直せなかったのは俺のせいだったのか。
確かに互いに謝り合うのが一番良い気がする。
「あれ? じゃあ、殴られ損な気が?」
「そ、それは、忘れた分と嘘をついた分だ!」
むしろ安く済んだだろとはユキ談。
それもごもっともなので納得する。
「で、でも、結構力を入れちゃったか……」
頭を下げ、さあ来いと自身の後頭部を叩く。
その端から見たら間抜けな姿に思わず笑ってしまう。本人は甚く真剣なのだが。
「な、なんだよ! 笑うなよ!」
「くくっ、悪い悪い。まあ、ちょーっと痛かったけど気にするな。実際、俺の方がやらかし具合大きいし」
「そ、そんなことないと思うけど」
「俺がいいって言ってるんだから良か良か。つーか、ユキみたいな可愛い子に手とかあげられないわ」
一段落したことで緊張が解けたからか、またチャラい言葉が口から飛び出る。
嘘ではないのだが、言われ慣れていないのかユキは顔を真っ赤にさせた。
「か、かかかかかかわいい!?」
よく噛まないなと変なところで感心してしまう。
「悪い悪い。口が滑った」
「す、滑った? 滑ったってどういうこと!?」
「あー、思わず本音が出たってことだ」
「ほ、本音!? お、おまお前、正気なのか!!?」
ユキが俺の襟首をつかみ、がくがくと前後に揺さぶる。
「そこは、せめて、本気かって、聞くところ、だろ」
「だ、だだだだってだって!」
「ってか、他の人から言われないのか?」
「お、女友達には、たまに……」
教室での光景を思い出す。
金髪&イケメンコンビはもちろん、他の男子生徒も可愛いと感じているようなリアクションだったが。
まあ、思っていても口に出すかは別の話か。
「そっか。とりあえず、俺は可愛いと思うぞ。男って勘違いしてる時も思ってたけど」
「~~~~~っ!? ……え、勘違いしてる時も? ――か、海斗! ま、まままさか、お前……!」
顔面蒼白なユキの姿に勘違いされていることを察する。
「待て! 俺はちゃんと女の子が好きだ!」
「そ、そうなのか。良かった……」
「良かった?」
「っ!? い、いや、そうだったらどう接したら良いかなって思っただけだから! 男の私を好きだったらどうしようかなって!?」
男の私、そのワードだけを聞くと二重人格なのかとの疑いを持ちそうだ。
「おけおけ。その心配はないから落ち着いてくれ。俺は女の子が大好きだ」
「そ、そういえば自己紹介の時も彼女募集中って言ってたもんな」
「……は、はははっ」
脳裏に後悔の二文字が躍り、ブレイクダンスでも踊ってやろうかと無謀なことを考えてしまう。
「ち、ちなみに……」
「おう?」
黒歴史確定な自己紹介の記憶をどうしたものかと悩んでいるとか細い声でユキが、
「今、好きな人とかいる、のか?」
「好きな人?」
瞬間、脳裏に複数の人物の姿が過る。
うーん、このダメ男。
「特定の人は、いないかな」
一人に絞ることができないだけだが。
「そ、そっか!」
「何か嬉しそうだな」
「そ、そうかな!? ……ま、まあ、彼女が出来たら気軽に遊べないから! 再会できたのにすぐに疎遠になるとか嫌じゃん!?」
例え、彼女ができても友達付き合いをやめるつもりはないが、頻度は確実に減るし、二人きりとかも中々難しいだろう。
それはユキ達に彼氏ができても同じだ。
「あー、それもそうだな。折角、再会できたんだからな」
「だろだろ!」
「まあ、欲しくても簡単にはできないけどな。ただ、ユキと遊べるならそれはそれで良いのかも」
「ふ、ふーん、仕方がないな! そんなに私と遊びたいって言うんなら付き合ってあげないことも、ないぞ?」
自分もまあ嬉しそうにしやがってからに。
そこら辺を指摘してからかっても良いのだが、ここは俺が折れておこう。
「じゃあ、お願いだ」
「おう!」
子供の頃と変わらない笑顔に俺もニカッと笑い返すのだった。
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