ユウキ
対峙する二人の高校生。
俺――天海海斗は鞄を盾に見立てて敵の攻撃を受け流していた。
敵――名もなき少女はその表情を穏やかな物から徐々に剣呑なものへと変化させていく。
二人の間に緊張感が走る。
他のクラスメイトもいきなり勃発した攻防戦に初めは困惑し、今では固唾を飲んで見守っていた。
少女の眼が細まる……来る!
「とりゃー!」
「なんの!」
盾(鞄)を持っている右手を狙って低い姿勢から放たれたタックル。
運動神経の良さを証明する敏捷性だが、予兆を隠し切れないようでは効力も半減する。
右手を引くことで拘束を回避しつつ、少女の視線を固定したまま誘導する。
左足を軸に右足を滑らせ、九十度回転することで体勢を崩したかったが、鍛えられた体幹故に少女の重心は揺るがない。
全力での高速タックルは諸刃の剣かと思われたが、どうやら今のでも全力ではないようだ。
証拠に少女は舌なめずりをし、次の機会を待ち構えている。
短い攻防の間でも如実に表れた差、それを感じ取っているからこその余裕。
少なくとも狭い空間では彼女の速度が俺のそれを上回っている。
(……俺は何をやっているんだ?)
素朴な疑問だった。
何故に教室で緊張感漂う攻防を繰り広げなければならないのか。
答えは簡単。あの低身長ガールが狩りに来るから対応せざるを得なかった。
(つーか、机をどけてくれるとか理解がありすぎだろ!)
金髪に浅黒い肌が特徴の男子生徒と爽やかな笑みが印象的なイケメンボーイが場を整えてくれた。
今や教室の中央にはぽっかりと円状の空間ができており、障害物がなくなったことで少女の攻撃が苛烈になっていく。
体重が軽いからだろうか、切り返しが異様に速い。
「もらったー!」
「―――っ!」
完全に裏を取られ、少女が勝利宣言と共に左手へとその身を――、
「うおー! とりゃー! こんちくしょーう!」
勇ましい雄たけびと共にその身を弾ませる。
しかし、俺の高々と掲げられた両腕には届く気配はない。
「この手だけは使いたくなかった……!」
「ずるいぞー! くそー! 私の勝ちだったのにー!」
「ふっ、最終的に勝てば良いんだよ!」
「最低だー!」
涙もろいのか大きな瞳を若干潤ませながら訴えかけてくる。
だがしかし、その程度で勝ちを譲るほど俺は大人ではない。
むしろ、鼻で笑ってやる。
「きー!」
「どうどうどう。あまり跳ねるとパンツ見えるぞ」
「~~~~~っ!? す、スススパッツはいてるわバカー!」
スパッツか。
(それはそれで良きかな)
アホなことを考えていると金髪とイケメンと眼があう。
特に意味があったわけではないが、グッジョブと親指を立てる。
すると、二人も笑顔で同じようにグッジョブと親指を立ててくれた。
「ばーかばーか! 海斗のばーか!」
「わかったわかった。俺が悪かったからレバーを抉るな」
遥と言い、レバーを執拗に攻めてくるのはやめてほしい。
しかも、脇を閉めて真っすぐ打ってくる。
……まあ、威力は抑えめなので痛くはないが。
「つーか、何で避けるんだよ!」
「そりゃ、攻撃がきたらかわすだろ」
「こ、こここ攻撃じゃねーし!」
「完全に腕を狩りに来てたじゃないか」
「昼飯を一緒に食おうって思っただけだし!」
「昼飯? 今日は午後の授業ないんだろ? 弁当とか持ってきてないぞ」
「だ、だから、食堂を案内がてらい、いい……一緒に、食べようかなって」
どうやら、アグレッシブな昼飯の誘いだったらしい。
今度からはぜひとも穏便な方法でお願いしたい。
「だったら、普通に誘ってくれよ。腕を狙ってくるとか俺も臨戦態勢に入らざるを得ないわ」
「は、恥ずかしかったんだよ! 言わせんな!」
真っ赤に染めた顔で男らしくはっきりと言い切る少女。
「恥じらいか……」
魅惑のワードに今一度視線を金髪&イケメンコンビへと向ける。
彼らは強く、深く頷いてくれた。
「恥ずかしかったんなら仕方がないな」
「わ、わかればいいんだよ!」
「うし、じゃあ行くか」
「え?」
「えって、食堂に案内してくれるんだろ? 行こうぜ」
誰かと約束してるわけじゃないので誘いに乗る。
クラスメイトなわけなのだから、早めに誰なのかを知っておく必要もあった。
現状、思いだしたフリをしてるだけなので、申し訳なさもある。
ただ、先ほどのやり取りの間に喉元まで出てきていた。
しかし、あと一押しが足りない。何かが足りない違和感があった。
「う、うん!」
「あ、ちょっと待ってくれ。一応、七海に伝えておく」
携帯を取り出し、チャット画面を開く。
七瀬さんは用事があるらしいので昼飯の用意はないと思うが、七海が気をきかせてくれる可能性もある。
『クラスメイトと昼飯食べることになった。もし、用意とか考えてくれてるなら大丈夫だから』12:22
これで七海は良し。
次いでアンナの姿を探すが、いつの間にかにいなくなっていた。
少女との件が尾を引き、未だに話せていないので気にかかっていたが仕方がない。
『うっす! 同じクラスになれて安心したぜ! これからもよろしくな!』12:23
簡素なメッセージだが、わざわざ少女の事をあれこれ書くのも言い訳臭い。
(彼氏かって話だしな)
もろもろ一段落ついたら笑い話として報告するかもしれないが、今のところはいいだろう。
「よし、じゃあ行こ――」
最後まで言い切ることはできなかった。
何故なら、いつの間にかやってきていた遥がそれはそれは“いい笑顔”を浮かべていたからだ。
対照的に横にいる少女は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「やあ」
「お、おう。どうしたんだよ、遥」
「いやなに」
遥はそこで言葉を切り、笑いを堪えるように口を手で覆う。
その姿に嫌な予感しかしない。少女も同じなのか二人してげんなりとする。
「ふふっ、ごめんごめん。まさか、ここまで“予想通り”に事が運ぶなんてと思ってね」
何の話かわからない俺たちは揃って疑問符を頭上に浮かべる。
その様がツボに入ったのか、遥は再び笑いを堪える仕草をする。
俺たちは顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。
「「じゃあ、そういうことで」」
「待て待て待て!」
右手をあげ、流れるように撤退を決め込んだが、寸でのところで遥が進路を塞ぐ。
先輩である遥まで参戦してきたため、他クラスからの野次馬も廊下から俺たちを見ていた。
すぐにでも食堂へと避難したいのだが、遥はもったいぶって中々言わない。
「行こうぜ、海斗」
「そうだな、ユウキ。――ん?」
少女の男口調に、口からその名前が自然と出た。
遅れて脳みそが何と言ったかを理解する。
ユウキ――皆木ユウキ、覚えている限り唯一の『男友達』の名前だった。
ギギギっとまるで油の切れたドアの様な鈍さで少女の顔を見る。
「な、何だよ」
少女は照れくさそうに顔を逸らし、けれどチラチラとこちらへと視線を向ける。
遥は声を殺して笑っていた。
頭の中で皆木ユウキの顔がはっきり思いだされる。
それを少女へと当てはめてみると――、
(た、確かに似てる)
髪は少し長くなったが、輪郭も声も照れ方も粗雑な話し方もユウキそのものだった。
遥が腹をよじりながら机を叩いている。この野郎と思った。
(え? え、えええええええええええええええっ!!!!?)
心の中は阿鼻叫喚だが、表には顔を見せない。
ただただポカーンと口をアホみたいに開けているだけ。
理解しているはずなのに理解が追い付いていないのだ。
「ユ、ユウキ……?」
何か言わんければと必死に絞り出したのは彼の名。
少女は俺の態度に不満だったのか、眉を顰め、少し唇を尖らせて拗ねるように、
「正確には有希だけどな。皆木有希、何度言ってもユウキだって勘違いしやがって……」
有希――女性の名前だった。
でも、ユウキは男だったからユウキだと……。
ふと有希の後ろへと眼をやると、遥が口パクをしていた。
(いい加減認めなよ)
今、遥がユウキについての情報を教えなかった訳を理解した。
――そうか。ユウキはユキで女の子だったのか。
そりゃ、可愛らしい容姿をしているのも声が高いのも道理だなと納得する。
まったく、口調や振る舞いのせいですっかり勘違いしていた。
やれやれ……。
「ええええええええええええええええっ!!?」
転校初日、俺の絶叫は一年生のクラスまで届いたとか届かなかったとか。
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