初日から大波乱!?

「それじゃあ、呼んだら入ってきてね」

「はい」


 眼鏡をかけた温和そうな女性――担任の岸田幸子先生が先に教室に入っていく。

 冷静でいようと努めているが、ドキドキして思わず胸に手をやってしまう。

 深呼吸をし、肩の力を抜こうとするが中々上手くいかない。

 そういえば、とあるスポーツ選手が上半身の力を抜きたいなら下半身から抜かなければならないと言っていた。

 岸田先生が転校生がいると伝えたためか、中のざわめきが大きくなる。緊張はピークに達する。


(まずは名前を言って、それから――)


 昨日から幾度となく繰り返してきたシミュレーションを思い出す。

 当たり障りのないもので良いのだ。俺は芸人ではないのだから。

 名前とどこから来たか、後は趣味ぐらいか。昔住んでいたことは最後に軽く付け足せば良いだろう。

 わかってはいるのだが、落ち着かない。俺は小心者なのだ。

 だから、だから――、


「天海君、入ってきて」

「おはよーございます!」


 先生に呼ばれ、ドアを開けながら“笑顔かつ大きな声”で元気よく挨拶をする。

 クラスメイトの顔ぶれを眺めながら教壇の下へ、


「転校生の天海海斗君です」

「どもども、天海海斗16歳です! 七年前までは海月島に住んでいたのですが、両親の仕事の関係で本土に行くことに! この度はそれはもう語るも涙、聞くも涙なことを経て再び舞い戻ってきました! 名前を聞いてピンとくる方もいるかもしれませんが、一応あの天海です。はい、一年生の元気ガール天海七海は我が麗しの従妹です! 昨日も七海の夏休みの宿題を手伝うはめになり、転校間近の緊張感などどこへやら……。二年生の途中という中途半端な時期での転校なので、わからないこととか困ることが色々あると思います。その時はどうかお力を貸していただければ幸いです! 残り半分となった高校生活、よろしくお願いしまーす! あ、ちなみに彼女はいません。現在絶賛募集中です!」


 言い切り、クラスメイトが唖然としている中、笑顔を崩さないように気を付けながら心の中で叫ぶ。


(またやっちまったあああああっ!!!)


 ストレスが一定値を超えると後悔すること間違いなしの調子の良いことを言ってしまうのだ。

 演じるってほどではないが、一種の現実逃避に近いのかもしれない。

 本土でも中学校時代にやらかし、そのようなキャラが定着してしまった。


(途中まではまだいいとして、最後のは何だ! そりゃ、彼女は欲しいけど全員の前でぶちまける必要はないだろうが! )


 今すぐ自室に帰って布団に飛び込みたい。

 がらじゃない。がらじゃないんだ。

 ……本当だよ? 本当にがらじゃないんだからな。


(あ、アンナがいる。楽しそうに笑ってやがる)


 廊下側の一列目の一番後ろにアンナが座っていた。

 愉悦と表現したくなる笑みを浮かべ、ひらひらと小さく手を振ってくる。

 楽しんでやがると恨み節を言いたくなるが、やらかした後なわけで知り合いがいてくれて安堵した。


(つーか、そろそろ誰かリアクションしてくれよ……)


 だだズべりしたのはわかっているが、ノーリアクションが一番心に来る。

 一縷の望みをかけて岸田先生へと視線を向けるが、ニコニコと朗らかに笑っていた。

 流石は年の功、全く動じていない。

 いよいよどうしたものかと思っていると、中央の席に座る“女子生徒”がいきなり立ち上がり、わなわなと震えながら俺のことを指さす。


「お、お前はーーーっ!?」


 可愛らしい容姿とは裏腹に言葉遣いは雑そうだった。

 七海クラスの低身長に加え、可愛らしいソプラノボイス、肩程で切りそろえられた茶髪の前髪をピンで止めており、小動物の様な大きなエメラルド色の瞳は俺を映している。

 リアクションからして相手は俺のことを知っているようだが、生憎俺の記憶に該当する者はいない。


「何だよその誰だこいつって顔は!」

「誰だこいつ」

「うきー!」


 初対面のハズなのに、思わずからかうような返しをしてしまった。

 そのせいで地団駄と踏みながらサルの様に喚く少女。


「悪い。よくわかったなって感心してたら思わず」

「なーにが思わずだ! お前、絶対覚えてるだろ!? 昔っからそうだ!」

「…………」

「おいおいおいおい!!? 本当に覚えてないのか!?」


 ずんどこずんどこ近づいてくる少女。

 あごに手を当て、彼女がどこの誰だかを思い出そうと必死に記憶を探るが一向に出てくる気配はない。


「あ」

「思いだしたか!?」

「はいはいはいはい! 久しぶりだな!」

「っ! そうだよ! 久しぶりなんだよ! まったく、いきなり引っ越しやがって!」

「うんうん。久しぶり久しぶり」


 嬉しそうに肩をバシバシと平手打ちしてくる少女の眼を見られない。

 正直、全く思いだせないが針のむしろ状態は勘弁なので適当に話を合わせていた。

 そりゃ、転校生がやってきたと思ったら、いきなりベラベラ喋りだして気づけばクラスメイトとあーだこーだ言い合っているとかきたら見るよね。見守るしかないよね。


「積もる話は後でしよう。だから、今は席に戻れ」

「わかった!」


 元気よく手をあげて返事をし、意気揚々と戻っていく。

 一難去ってまた一難、前途多難にもほどがあるとげんなりしていると、


「あ、そういえば」

「な、なんだよ」

「そう身構えるなって。……ただ、名前を呼んでほしいなって」


 瞬間、教室の中が小さなざわめきが一際大きな物へと変貌を遂げる。

 おそらく、少女は普段から言動が男まさりなところがあり、それが普通になっていたのだろう。

 そんな彼女がまるで乙女かのように頬を染め、可愛らしい要求をしてくれば騒ぎになる。

 正直、俺としては誰だよお前状態なわけでして、容姿は良いけど、容姿は良いけど困惑するだけだった。

 また、当然名前は思いだしていない。呼べるわけがない。

 けれど、それがバレるともっと面倒なことになること請け合いだ。

 さすれば、俺が取れる選択肢は――、


「バ、バカ! 後でにしろよ……」

「っ!?」


 周りを見渡し、見られていることを強調する。

 すると、自分の世界に入っていたのか少女は慌ててクラスメイトへと視線をやり、こくこくと頷いた。

 黄色い歓声があがった。

 見ると女子生徒が可愛いなどと叫んでいた。

 確かに、小さな体を更に小さくした彼女はお人形さんのような可愛らしさを醸し出している。

 よくよく見ると見惚れている男子生徒も数名いた。

 どうやら、彼女はいたく人気があるようだ。


(……確かに俺の知り合いかも)


 海月島の知り合いは偶然にも全員が人気者である。

 なら、彼女が俺の知り合いでもおかしくはないか。

 体にのしかかる疲労感に肩を落としながらも、ただただ時が過ぎるのを待つのだった。


「ふーん……」


 途中、アンナが思わせぶりに少女を見ていたが全力で眼を逸らした。

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