デリカシーが来い

「仕事の関係で本土へ引っ越すことが決まったんだ。けど、私は海月島に残りたかった」

「それが天守になったことに繋がるのか?」


 文房具屋へと向かう道中、話題が一区切りしたところで名字の件に移行していた。


「母の旧姓が天守なんだよ。だから、もちろん母方の祖父母は天守」

「そうだったのか」

「私も詳しくはその時まで知らなかったからね」

「その時?」

「元々、祖父母が亡くなったら神社を管理する人がいなくなる状態だったんだ。母は一人娘で嫁入りしてしまったからさ」


 祖父母ともできれば継いでほしかったが、受け継ぐ人がいなくなるならいなくなるで海竜様の御意思なのだろうと。


「君も見たからわかると思うけど、すっかり寂れちゃってるしね。信仰は年々減ってたんだって」

「そっか……」


 何を祀っているかさえ知らなかった俺が言うのもなんだが、物悲しかった。

 神社は人こそいなかったが綺麗に掃除されており、立派な本殿や鳥居も落ち着いた佇まいをしていた。

 少なくとも俺にとっては心地の良い空間だったのだ。

 神社としてそれで正しいかはわからないが。


「そこで登場するのが本土に行く両親から離れ、ここに残りたい私ってわけだ」


 形式上、祖父母の養子となって神社を引き継ぐこととなったと続けた。


「まあ、正確に言うなら養子になる必要はなかったんだけど、色々とめんどくさいことを避けられるからね」

「ふーん、遥が納得してるなら俺は別に良いけど」

「ありがとう。心配してくれて」

「別にそういうわけじゃ……」


 真正面からお礼を言われ、照れくさかった。

 しかし、遥の見透かしたような笑顔の前では言い訳に意味はない。


「……薄情者の幼馴染だけど、それでも遥が嫌な思いをしてたら俺も嫌だからな」

「ふふっ」

「な、なんだよ」

「いやなに、嬉しいなって」

「…………」

「海斗」

「…………」

「ありがとう」

「…………おう」


 昔から遥の前だといつもより素直になれない気がする。

 遥が一つ上のお姉さんだからだろうか。

 それとも遥とは似た部分があるからだろうか。

 とにかく、


(遥には一生勝てない気がする)


 確信にも近い予感だった。

 でもまあ、それならそれで良い。


「話は変わるけど、普段も巫女服で出歩いてるのか?」

「いつもではないけど、めんどくさい時とかはそのまま闊歩するよ。ダメかな?」

「いや、似合ってるよ。見慣れないけどな」

「じゃあ、これからは見慣れることになるね」

「なるのか?」


 巫女服で学校に通うわけではあるまい。

 いつもではないと言っていたが、結構な高確率で巫女服でいるのか?


「それにしても君が帰ってきてくれて良かったよ。神社の掃除ってのもこれで結構大変でね。祖父母もいい歳だから働き手が欲しかったんだ」

「…………ほ、ほう」


 非常に嫌な予感がしてきた。

 遥の笑顔が意地の悪いものへと変貌している。

 いや、見た目だけなら今日一番の笑顔かもしれない。

 だからこそ、うさんくさかった。


「私もか弱い女の子だからね。重い物を運ぶ時とか苦労してたんだ。友達に迷惑をかけるわけにもいくまい。時間をかけて何とかこなすしかなかった」

「そ、そりゃ、ご苦労さん」

「うんうん、わかってくれて嬉しいよ。ところで、私の知ってる天海海斗君はそれはそれは紳士的で有名だったんだけど」

「紳士だからっていつまでも紳士とは限らないし……」

「海斗なら大丈夫。私は彼を信じてる」


 白々しいやり取りが続く。

 言外で――割と直球だが、手伝いを要請してくる。

 友達に迷惑をかけられないんじゃなかったのか。

 俺は例外か。それとも友達ではないと言いたいのか。泣くぞこんちくしょう。

 ……実際は女友達にって話なんだろうけど。


「遥が頼めば手伝いに来てくれる男、結構いるんじゃないか?」

「…………」

「ま、まあ、そんな奴らに遥を任せるわけにはいかない! 俺が手伝いに行くぜ!」

「ありがとう、海斗」


 凄まじいまでの無言の圧力に屈し、約束してしまう。

 いや、行くつもりだったけどさ。手伝うつもりだったよ。

 けど、素直になれない男心ってやつがね。ちょっとしたジョークを、ジョークを言わせたんだよ。

 そんな恐ろしく冷めた眼つきをしなくてもいいじゃないか……。

 夏真っ盛りなのに底冷えしたような錯覚すら覚えた。


「従順であれとは言わないけど、あれはない。ジョークならもっと笑えるものにしないと」

「うっす……。精進します……」

「七海にもデリカシーのない言葉を投げかけてるんだろうね。まったく、やることはしっかりとやらないと愛想をつかされるよ」

「何で七海が……あ、はい。肝に命じます」


 疑問は許されないらしい。

 俺の階級はどこまで低いのか。


「褒める時はちゃんと褒める。心配した時は心配したと伝える。ジョーク抜きでね。ちゃんと言葉にしたいとか良い考えを持っていても、ふざけてしまったら減点だから」

「そ、そうか」


 褒める時や心配した時はちゃんと言葉にして伝えると。おふざけなしで。

 う、うーん、俺には難しい要求だ。

 とにかく、今は従っておくか。


「え、えっと」

「どうしたんだい?」

「俺、巫女服とかは初めて見たんだけど、遥の凛とした佇まいに合ってるし、白を基調とした色合いも遥の美しさを引き立たせている」

「え? ……ちょ、ちょっと!」

「長い黒髪がさらさらとなびいてて、木の隙間から指す――木漏れ日だっけ、と相まって凄く綺麗だった」

「だ、だから、突然どうしたの……!?」


 遥が何か言っているが、今はとにかく自分の中の感覚を言葉にすることに集中する。


「遥は中性的なところがあるし、喋り方もあるからカッコいいって感じもあるんだけど、顔を真っ赤にしたり、女の子っぽい喋り方が出てきた時とかはギャップがあって、あれだ、グッとくる」

「~~~~~っ!」

「俺の語彙力が足りないから言い表せないけど、遥は、うん、凄くいい女だ。俺が保証する」


 最後は雑にまとめてしまったが、ある程度は感想を伝えられたはず。

 しかし、遥は顔を伏せ、微動だにしない。


(あれ、もしかして足りなかった?)


 きっともっと魅力があるのだろうが、今の俺にわかるのはそれぐらいだ。

 後の部分はこれから改めて知り合っていく中で知っていければと思っている。


(これを“みんな”にやらないといけないのか。流石に気恥ずかしいぞ)


 七海やアンナ、白水さんと魅力的な子が多い。

 彼女らの良さをしっかりと冗談抜きで伝えるとなると、羞恥で砕けるのではないか。

 水月は……、


(鍵は開いていたけど、閉め忘れだろうしな)


 未だ妄想の域を出ないので保留としておこう。

 夢の中で会えたら伝えないといけないが。


(しかし、女性への接し方のハードル高くないか?)


 本土では親しい女子はほとんどいなかったのでやる必要はなかったが、みんなやっているのだろうか。

 友人が多い、かつモテる友達は茶化した感じで褒めていたが。


(まあ、男前な遥だから話半分に聞いておくか)


 結論が出たところで再び遥へと視線を戻す。

 すると、わずかにだが肩を震わせていた。


「遥? 大丈夫か」


 怒りに震えているのではないだろうかと若干及び腰で名を呼ぶ。


「…………シ」

「ん?」

「……然……シ」

「ワンモアプリーズ」

「――この天然タラシーッ!」


 何故そんなことを言われなければならないのか全く理解できなかったが、案外遥って動揺しやすいよなとズレた感想を抱くのだった。

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