お揃いの日記帳


『天海七海:従妹、テニス部所属、年下(一歳)、小柄だが運動神経抜群で天使爛漫、ムード―メーカー、からかいがいがある。どうやらモテるとのこと』


『アンナ:名字は不明(聞いてない)、同い年、身長は平均程度だがスタイルは良い(多分)、出会った頃は純真無垢だったが気づけばドSな一面が(癖になっちゃう)、謎多き美少女(金髪金眼)で絶対モテる』


『白水奏:七海の親友、おさげの恥ずかしがり屋、年下(一歳)、身長は平均よりちょい低め、細くもなく太くもなく(なお)、可愛らしい容姿でモテるらしい』


『天守遥:別名志藤遥、年上(一歳)、身長は平均より高めの美形だが、女の子らしい一面もちらほら、スタイルは和服が似合いそうなスレンダー、性別関係なく人気があるはず、性別関係なくモテるはず』


『水月:妄想が具現化(の可能性あり)、年齢は不明、表情の変化は乏しいが何となく感情は読み取れそう、容姿はドストライク(可愛い系でもあり、美人系でもある)、存在するならモテるだろう』


 ただ日記を書くだけなのも何なので友人の情報も記しておく。

 箇条書きというか、まとまりがないというか、最後が全部モテるなのはどうよ。

 他の知り合いは大人になるため、ここでは年の近い友人だけにした。

 改めて女性の友人しかいないことを実感する。

 日記帳を眺めつつ、どうしたものかと唸る。


(可能性があるのはユウキぐらいか)


 昔の記憶の中にいる唯一の男の友人。

 誰よりも活発であり、また喧嘩っ早い男らしい性格をしていた。

 華奢であり、声や容姿が可愛らしいのがコンプレックスだった彼も今や高校生。

 男らしくなっているのか、そのまま可愛らしいままなのか。

 ある意味、楽しみではある。

 何故なら、


(遥も楽しみにしてなと言ってたしな)


 共通の友人であるため、遥に聞いたのだがニヤニヤとするだけで教えてくれなかった。

 想定外の進化を果たしているのかもしれない。


(でも、渋いイケメンになってたらちょっと嫌だな)


 脳裏に190cm、筋肉隆々の力さんっぽい男前が久しぶりと微かななごりを残しつつ、挨拶をしてくる様が浮かぶ。

 ……違和感マックスだが、これはこれで面白いかもしれない。

 逆に可愛さを極めて――所謂男の娘になっていても……、


「それはないか」


 どこで何を間違ったらコンプレックスの道を突き進むことになるというのか。

 それならそれで面白いが、可能性は限りなく低い。


『あっちには黙っておくから、精々驚かせてあげてよ。君がいなくなってからしばらくはつまらなさそうにしてたから」


 申し訳ない気持ちはアンナや遥の時よりは少ない。

 異性と同性の差かはわからないが、それでも自身の薄情者ぶりにはそろそろ笑えない。

 海月島で暮らす内に徐々に過去の記憶がよみがえってきているが、忘れていた事実は消せない。

 今日の出来事もしっかり日記帳に書いた。

 七海とのチャット、アンナとの通話、遥との再会。全て書いた。

 いくら忘れん坊の俺でも流石に読めば思いだすだろう。

 最初はめんどくささが先に立ったが、今では前向きな気持ちでいる。

 ……定期報告は緊張するから勘弁してほしいが。


「そういえば」


 七海の戦績についても書いておこうとペンを取る。

 午前、ダブルスで一勝一敗だった七海だが、午後のシングルスでは二勝零敗と好成績を残した。

 結果についてはフェリーに乗っている時、チャットで教えてくれた。

 文章からも嬉しさが溢れ出ており、特に何もしていないのに非常に感謝された。

 今後も応援よろしくお願いしますと頼まれ――、


「快諾した、と」


 少しでも七海の力になれるのなら是非もない。

 頼まれなくても応援するつもりだった。

 嫌がられたら我慢するしかないが。


「部活かあ」


 書き終え、椅子に背を預けつつ天井を見上げる。

 今まではずっと帰宅部だったが、転校するわけだし、心機一転入るのも一つの選択肢だ。

 まあ、根性が欠片もないから体育会系はやめておいた方が無難だろう。マネージャーとかもガラじゃないし。


「そうなると文科系か」


 イメージはあまりない。

 興味を引く所があれば見学すればいいか。

 結局、帰宅部になる気がするが、探そうとするだけ進歩と捉えよう。


「いよいよか」


 来週の月曜日が二学期初日――転校初日となる。

 初っ端から授業があるらしいので時間割を確認、苦手な数学や眠くなる古文の文字が躍っていた。


(せめて、一か月は頑張りたい)


 低い目標だが、元いた高校での実績を考えるとハードルは高い。

 転校生は少ないとの話なので無難にこなしたいのだが、自信はあまりなかった。

 去来する不安と期待。

 騒がしくも楽しい青春が始まるのではとの予感、落ち着く余裕がないドタバタな青春が始まる予感。


(まあ、ボッチで過ごすはめになるよりはマシだ)


 そんなことになったら七海のクラスに突撃してしまうかもしれない。

 (見た目が幼い)年下に縋りつく上級生の図……地獄絵図だった。


(困ったら遥のところに突撃しよう)


 (大人びた)年上に縋りつく方がマシとの結論を出すが、縋りつく時点で非常に情けないことからは目を逸らす。


(アンナがいるから大丈夫とは思うけど)


 あくまで万が一の話だ。

 ユウキもいるのでよほどのことがない限りは大丈夫なはず。

 大丈夫大丈夫と自身を鼓舞しつつ、そろそろ寝るために部屋の電気を、


「はろー」

「っ!?」


 前と同じく窓枠に体重をかけた体勢で俺を見ている『水月』と眼が合う。驚きで心臓が嫌な跳ね方をした。

 スイッチへと伸ばされた手が重力に従って下へと落ちる。


(どこからだ……。どこからが夢なんだ!?)


 おそらく、日記を書いている最中に寝てしまったであろう自分へと頭を抱える。

 せめて、日記を書き終えるまでは現実であってくれと願う。

 朝起きて真っ白な日記帳が佇んでいたら気持ちが萎えてしまうからだ。


(……はっ、現実の可能性が――)


 ――あるわけがなかった。


 現実で起きようものなら腰を抜かすほど驚いただろう。

 何故なら、自称窓からやってきた彼女だが、開いた音はもちろん物音ひとつしなかったからだ。

 窓が開けられ、人が入ってくる。万が一、気づけなかっただけなら今すぐにでも病院に行かなければならない。

 だが、俺の聴力は今のところ最低限の機能はある。

 仮に現実なら彼女は忍者の末裔に違いない。

 俺好みの女の子だから良いものの、それ以外、例えばムキムキでダンディーな男前なら……考えるだけで身震いする。

 例が極端だったため身の危険を感じてしまったが、住人以外の招かざるお客さんが深夜に自室に湧いて出てくるとか平静を装えるわけがない。


(すぐに夢かとなる辺り、明晰夢の証なのかもしれないな)


 現実と夢の境界線が曖昧なところは改善してほしいが、再び水月と話す機会が得られたことは素直に嬉しかった。

 ……脳が見せている夢なのだが。


「何を書いてたの?」

「これか? 日記を書いてたんだよ。遥――昔の知り合いと再会したんだけど、結構忘れちゃっててさ。今度は忘れないようにって」

「遥……」

「知り合いなのか?」


 遥の名前に反応したため、問うてみるが少し迷った後に首を横に振る。


「知り合いじゃない」

「水月は知ってるのか?」

「……一応」


 一応とはまた曖昧な返答だった。

 まあ、知り合いではないのだから妥当なところかもしれないが。


「知ってるけど知らない」

「うーん」


 一瞬、志藤遥は知ってるけど天守遥は知らないってことなのではとの考えがよぎる。

 あくまで俺の夢の住人なのだから、そこら辺の感覚が反映されていてもおかしくない。

 しかし、自分の夢なのに何故に情報収集が必要なのか。


「まあ、いいか。んで、遥の提案で日記を書くことにしたんだ」

「日記」

「毎日ってなると書くことがなさそうだけど、その時は晩御飯のメニューでも書いておけばいいだろう」

「読み返したらお腹すきそう」

「ははっ、それはありそうだな」

「…………」


 ジーッと水月が物珍しげに日記帳を見つめている。

 興味があるのだろうか。


「水月も日記書きたいのか?」

「っ!」


 そう尋ねるとわかりやすく眼を輝かせる。


(水月の場合、目は口よりも物を言うな)


 微笑ましい様子に頬を緩めつつ、机の引き出しを開ける。

 目的の物はしっかりと入っていた。

 どうせ、一冊では収まらないのだからと計三冊買っておいたのだ。


(夢だからなくなるわけじゃないけど)


 一冊を手に取り、水月へと近づく。


「ほら、やるよ」

「…………いいの?」

「もちろん。俺一人だけだとサボっちゃうかもしれないしな。だから、一緒にやってくれ」

「~~~~っ!」


 こくこくと力強く頷きつつ、卒業証書を受け取るかのように両手でしっかりを受け取る。

 そして、胸に抱き、幸せそうなとろけた表情を浮かべた。


「…………」


 元々、心を捉えて離さないどストライクな少女の――しかも、普段は表情の変化が乏しい少女の――無垢な、一片の曇りもない笑顔に言葉を失う。

 心臓が大きく跳ねる。

 頬が赤くなることも、青春のリビドーが湧き上がることもなかった。

 ただただ、その笑顔をいつまでも見ていたい。

 そんな純粋な想いだけが心を占めていた。


「お揃い」

「――お、おう。そうだな! お揃いだな!」


 硬直は水月の言葉で解けた。

 今まで同じ変化に乏しいクールビューティだが、眼や動きから興奮しているのが伝わってくる。


「海斗」

「ど、どうした」

「ありがとう」


 大切にするねと彼女は鈴の様な声で囁いた。


 ………………

 …………

 ……


(そりゃ、そうだよな)


 起床後、机の引き出しを開けるとそこには日記帳が『三冊』あった。

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