遥の提案
志藤遥――七年前の彼女の名前だ。
何故、天守遥になっているのだろうか。
(離婚、とかかな)
「違うよ」
ナチュラルに心を読んできた遥が首を振って否定した。
今回は読みやすいケースだったが。
「両親は今頃本土の方で第二の新婚生活を送っているところだろう。娘から見ても仲睦まじいよ」
「そうなのか。うん、ほっとした」
「ふふっ、気の毒になるぐらい悲しそうな顔をしていたしね」
「そんな顔はしてない」
「してたよ。昔から君はよく顔に出る」
腕を組み、昔を思い出しているのか目を閉じている遥は嬉しそうに口元を緩めている。
反論したいが、今日の所は勘弁してやろう。
「遥だって顔に出やすいだろ」
「そうかい? あまり言われたことはないけど」
「何となくそんな記憶がある」
俺の曖昧な答えに、遥の眉がピクリと動く。
そして、なるほどと肩をすくめる。
「君のことだから私のことなんてすっかり忘れてると思ったけど、どうやら合っていそうだね。私の嬉しい気持ちを返してほしい」
「うぐっ」
「やれやれ。まあ、私はいいけど七海のことは忘れていないよね」
「そりゃな。本土に行ってからもちょくちょく会ってたし」
「……七海のこと以外はおぼろげだったってところか」
的確に言い当てられ、胸を押さえてうめき声をあげる。
居たたまれなくて呆れた様子の遥から眼を逸らす。
アンナは何故か仕方がないと言ってくれたが、普通は遥の様な反応になるだろう。
俺が第三者の立場ならそう思う。
「本当にわかりやすいね」
「はっはっは……いや、マジで自分にドン引きしてるからな」
「これに懲りたら日記の一つでもつけてみたらどうだい?」
「…………」
「無駄な嘘は吐くのに、こういう時は吐かない不思議」
「素直なのが――」
「長所であり、短所。口癖も変わりなしと」
幼少期から言っていたことを知り、急に恥ずかしくなる。
もちろん、覚えていなかったからだ。
「曲がりなりにも人生の半分を過ごした島の事を忘れるかな?」
「おっしゃる通りです……。返す言葉もございません……」
「すまない。少しイジワルが過ぎたか。それほど、気にしていないよ」
裏を返せば多少は気にしていると。
情けない顔で笑うしかなかった。
「みんな優しいから許してくれるだろうけど、私はそう簡単にはいかない」
「俺が悪いからな。当然だ」
「今度こそ、しっかりと覚えるように」
「了解」
敬礼をとり、指令を承る。
めんどくさいが、手っ取り早いのは日記だろう。
島で暮らしているし、ある程度の年齢なのだから流石に忘れないとは思うが……。
「私は、君の、記憶力を、信用していない」
「うっす……」
顔に出ていたようだ。
「そうだね。君に任せるのも心配だし、日記は私が用意しよう。後、定期的に報告を求めるから」
時期は明確に定めてしまうと緊張感を失くすから決めないとのこと。
「うげ」
口元を引きつらせ、思わず不満が口に出る。
「へ・ん・じ・は?」
「は、はい!」
「よろしい」
全ては身から出た錆。頑張るしかない。
「大変だと思うが、頑張ってくれたまえ。…………忘れられる方は寂しいんだからさ」
「……わかった」
そんな悲しく笑われてしまうと何も言えない。
七海のような天真爛漫な明るさではないが、遥も比較的明るい性格だ。
だからこそ、切なげな笑みは似合わない。
「俺、今度こそ忘れないように頑張るぜ」
「その意気だ」
任せろとばかりにウィンクすると、遥は手馴れた様子で魅力的なウィンクを返してくれた。
ちょっとドキッとした。
昔から男前なところがあった遥だが、それは今も変わらない。
容姿だけなら美人のお姉さんなのだが。
「それで日記帳はいつくれるんだ?」
「そうだね……。どうせなら、今から一緒に買いに行くかい?」
一瞬、買ってもらうのはと思ったが、選んでもらってお金は自分で払えば良い。
財布には大した額は入っていないが、早々高い物でもないだろう。
「じゃあ、そうしますか。道中、積もる話もあるだろうしな」
「ふふっ、本土の話もそうだけど、七海との話も詳しく聞きたいね」
「七海との? そんな大した話はないぞ」
すると、遥は先程までとは違う感じで眉をひそめた。
「君は……いや、何でもない。そうだね。そこも変わらないわけか」
「そこもってどこだよ」
「歳をとれば自然と変わると思っていたけど甘かったか」
「だから何の話だよ」
「はあ、困ったお人だ」
「あのー、遥さん」
「七海も苦労が絶えないね」
俺の変わらない部分が、一体全体どうして七海の苦労へと繋がるのだろうか。
いや、悪癖なら居候兼従兄なのだから七海こそ被害を受ける。
しかし、遥はどうやら教える気はないらしい。
本当に苦労をかけることなら教えてくれるはずだ。
(ますますわからん)
「わからないって顔だね」
「わかるならとっくに直してるって」
「それもそうだね」
「つーか、変わらないって話なら遥だって、その芝居がかった喋り方はまだやってるんだな」
「うるさい。もう癖になってるんだ」
「宝塚の男役に憧れたはいいけど、ところどころ可愛い感じが抜けないよな。当時から」
「か、可愛い!?」
「おう。ちょいちょい素の感じっつーか、女の子っぽい雰囲気出てるし。その時は可愛いぞ」
「な、なななななっ!!? そ、そそそそれより! 七海とは普段どんな会話をしているんだい!!?」
素直な感想を述べると虚を突かれたのか遥はいつもの余裕しゃくしゃくな態度をすっかりと崩し、必死に話を逸らそうとする。
思惑に乗ってやるのもなんだったので、ひたすらに遥の女の子らしいところを語るのだった。
…………最終的にレバーに強烈な一発をもらい、地面に沈むこととなるのだが。
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