天守神社
「じゃあ、母さんは家の方に寄っていくから」
「あいよ。また後で」
学校での用事を終え、正門付近で別れる。
お袋は実家に寄っていくとのこと。
俺も誘われたが、挨拶には二日目に行っていたので断った。
(さて、どうするかな)
最初は寄り道してから帰ろうかと思っていたが、お天道様が真上にある。つまり、暑い。
改めて、こんな中でも運動をしている七海達に感服する。
昼前に途中経過の報告があった。
勘違いしていたが、公式戦ではなくて定期的に行われる団体戦とのことだ。
色々な組み合わせで何度かやるらしく、午前中はダブルスで一勝一敗だったとか。
午後はシングルスで出るから、再度応援をお願いされたので愛を込めた言葉を送っておいた。
七海には何か雑と文句をつけられたが、おろおろと落ち着かなかった自分を思い出して恥ずかしくなったのだ。
とにもかくにも、しっかりやっているようで安心した。
後は怪我や体調不良がないように祈るだけ。
(ここは……)
左回りでも帰れるとのことなので、散策がてらそちらを通っていると長い階段が現れた。
見上げると鳥居に“天守神社”と書かれた看板が。
神社の存在はおぼろげな記憶の中にはない。
(まあ、子供が来て楽しいところではないしな)
本土でもこういう所には初詣でもなければ行かなかった。
(ん? 他に神社はないっぽいし、初詣はどうしてたんだろう)
年に一度しか訪れないから記憶になかったのだろうか。
初詣に行かない人もいるが、本土では行っていたのでないだろう。
(忘れてるだけか)
そう結論付ける。
何せ、記憶力が酷いのは自他ともに認めるところだ。
(お祈りでもしとくか)
神道など全くもってわからないし、お参りもほとんどしたことがない。
いきなり都合が良いなと思われるかもしれないが、損はないだろう。
そんな軽い気持ちで階段を上り始める。
割と長かったため、少しだけ後悔した。
(運動不足ここに極まれり、だな)
環境が良いためか、気管支喘息は今のところ問題ない。
少しぐらい健康に気を使うべきだろうか。
(若い内はいいけど、歳をとったらそうはいかないしな)
運動習慣をつけようと心に決めるが、果たされるかは微妙なところだ。
記憶力も悪ければ、根性もない。
(うーん、このダメ人間)
自嘲しつつ、上り終える。
想像よりも広い空間に人は誰もいない。
休日の昼時ならば、それなりに人がいると思ったのだが。
(階段がきついからか? そんなわけないか)
普段から徒歩や自転車で日々を過ごす人が多い島だ。
足腰は本土の人たちより鍛えられている。
俺ですら多少息を切らす程度なのだから、理由にはならないだろう。
「まあいいか」
かと言って何か問題があるわけではあるまい。
偶然かはたまた必然かは知らないが、お参りを済まそう。
「…………」
しかし、中央まで進んだところで歩みを止める。
当然、お参りにも順序があり、マナーがあるはずだ。
テレビでそんなことを言っていた。
だが、覚えていない上に正直めんどくさい。
(そもそも、ここが何を祀っているのかすら知らないんだよな)
そう考えるとお参りをすることすら失礼な気がしてきた。
七海の安全祈願をしようかと思ったが、しない方がマシな気がする。
(やめとくか)
あっさりと取りやめ、踵を返す。
「そういえば、鳥居の真ん中は神様が通るからうんちゃらかんちゃとか言ってたな」
ふと思い出し、既に失礼なことをしていたかと苦笑する。
そして一歩横に――、
「気にしないでいいよ」
「っ!?」
いきなり上から声が降ってきたため、心臓が跳ね上がる。
まさか神様からかと天を見上げると笑い声が、
「こっちだよこっち。それに海竜様なら下を見る方が正しいかもね」
声を頼りに視線を斜め上へ向ける。
鳥居の横にある大きな木、その枝に座る巫女装束の女性。
けったいな光景に呆然としていると、慣れた手つきで女性が下りてきた。
「驚かせてしまってすまない。私は天守遥(あまもりはるか)」
「お、俺は天海海斗、です。……え、遥?」
慌てて名前を告げたところで違和感に気づく。
遥……この間、七海の口からも出たその名を俺は知っていた。
「“初めまして”で良いのかな? それとも、久しぶりと言うべきかな」
凛とした佇まいに、はきはきとした物の言い方は天性のカリスマ性を感じさせる。
加えて目鼻立ちがはっきりとした美人でありながらも、親しみやすい微笑を浮かべている。
昔から彼女はそうだったが、更に極まっているようだった。
だが、一つだけ俺の知る彼女とは違うところがある。
「は、遥なのか?」
「ふふっ、君の言う遥が誰かはわからないけど、私は遥という名前だ」
「そのめんどくさい言い回しは遥だな」
「君にだけは言われたくない」
半眼の遥が食い気味に批判してきた。
思い当たる節があったので眼を逸らす。
「どうやら、変わっていないようだね」
「よく言われる」
「仕方がない」
満足げにうんうんと数度頷いた遥が――、
「おかえり、海斗。君が帰ってきてくれて私も、志藤遥(しどうはるか)も嬉しいよ」
そう言って優しい笑みを浮かべるのだった。
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