女心はジェットコースター
「わー、海ちゃん似合ってるよ!」
「そ、そうか?」
二学期まで残り一週間、制服やら教科書やら一式が届く。
急な転校だったため、間に合うか心配だったが思ったより早く来た。
サイズに問題ないか袖を通すと七海が褒めてくれた。
何だか照れくさい。
「もちのろん! 身長も伸びたもんね」
「去年は成長痛で一年中痛かったイメージだわ」
中学生まで前から数えた方が早かった俺だが、高校一年生の時に成長期が到来。
念願かなって170cmの大台を超えたのだ。
その後も順調に伸び、中盤に足を踏み入れようとしていた。
流石にそろそろ止まるだろうが、元を考えれば十分満足している。
「私とほとんど変わらなかったのにねえ」
「いや、お前よりは高かったぞ」
150cmギリギリの七海よりは頭一つは高かった。
曲がりなりにも160cm代ではあった。
「ええー、同じようなものだったよ」
「断固として譲れませんな。世界中の160cm代男子を敵に回すぞ」
「そこまでのことかな?」
「女子は身長とか気にしないのか?」
「うーん、気にする人は気にするよ。私は気にしないってだけで」
七海はテニス部に所属しているし、身長差は気になりそうなものだが。
不思議に思っていると顔に出ていたのか、七海が苦笑し、
「もちろん、テニスだと背が高い方が何だかんだ良いことあるよ? でも、背が小さいから“勝てない”わけじゃないから」
勝てないわけじゃない――七海はいつもの緩い表情ではなく、真剣で真っすぐな眼差しをして言い切った。
部活をやっていない……スポーツを真剣にやったことのない俺は、七海の強い意志に尊敬の念を抱く。
元々、真っすぐで真面目な娘だが、見た事のない表情だった。
「そうだな。俺も応援に行けたら良かったんだけど」
「気にしないで。海ちゃんは海ちゃんでやることがあるんだから。その気持ちだけで十分だよ」
「そっか。よし、当日は念を送るからしっかり受け取ってくれよ!」
「了解! 午前中にあるから、ちゃんと早起きして送ってね!」
携帯を顔の高さまで持ち上げ、忘れないでよねと念を押す。
(念を送るだけに念を押されたか)
あくまで思念波みたいなのを送る予定だったのだが、チャットを送らなければならないらしい。
朝は苦手なのだが、
(まあ、少しでも力になれるなら良いか)
期待の眼差しを送ってくるに七海に仕方がないなと返す。
「やったー! 待ってるからね!」
「ふっふっふ、感動してむせび泣くような素晴らしい言葉を――」
「無理だよね?」
「無理ですな」
無理だった。
大事な試合だが、最後の試合でもない限り感動させるのは難しいだろう。
そんな文才があるならば活かせる道を探すしかない。
「普通で良いよ。海ちゃんが思ったことをそのまま」
「うーん、普通ってのが一番難しい気もするけど」
「要するに考えるな感じろ、だよ」
「使う場面を間違えているだろ。でも、了解だ」
「へへへっ、楽しみにしてるね」
嬉しそうな七海の姿に、ハードルが上がっていく幻覚が見えた。
(考えるな、感じろねえ)
変なことを言いだされなければいいけどと、自分への信用の低さを自覚する。
本人の希望なので出来る限り、沿えるように努力するつもりだ。
「とりあえず、何が来ても動揺はしないでくれよ」
それが理由で負けたとかなると居たたまれなくなる。
「ちっちっち、海ちゃんの突拍子もない言動を一番知ってるのは誰だと思ってるの」
「そりゃ、まあ、七海だろうな」
「その通り! だから、大丈ブイ!」
七海が右手でブイの字を作る。
「よし、七海の言葉を信じよう。頑張れよ」
「うん、ありがとう!」
「んじゃ、確認の作業に戻るとするか」
約束を交わし、元々の作業へと戻る。
制服に問題はなかったので、次は教科書類だ。
「そういえば、授業の進み具合はどうなんだ? 学校ごとに結構違うんじゃ」
「どうなんだろう。本土に行った友達はそんなに変わらない感じだったけど」
「その子の高校は?」
「えっと、どこだったかな。略称しか覚えてないや。K高校とか言ってた」
「あー、K校ね。へいへい、多分わかるわ」
K校は我が母校と同ランク程度とされ、そのレベルの学生は家から近い方に行くとされていた。
「だったら、勉強は大丈夫そうだな」
後は交友関係か。
三分の一なのでアンナと同じクラスになれることを祈りつつ、同性の友達をどうするかだ。
「友達できるかなあ」
「海ちゃんなら……」
笑顔のまま固まる七海。
「不安になるからやめてくれ!」
確かに社交的ではない自覚はあるが、そのリアクションはあんまりだ。
「ち、違うの! その、海ちゃんは、えっと、だから、ね?」
「ね? とか言われてもわからねーよ! そんなに不安!? そんなにダメな感じなの!!?」
「ダメ……ではないよ。だけど、うーん」
腕を組んで唸り声をあげる。
明らかに大丈夫ではなさそうだった。
「友達、なら良いけど……。海ちゃんだし……」
「おしまいだー!」
七海がぶつぶつと呟いているが、構っている余裕はない。
元々、小心者なのだ。不安が募ると夜に眠れなくなる。
(はっ! そういえば、海月島は子供の男女比率が偏っていて、男子が極端に少ないって話だったじゃないか)
具体的な割合は知らないが、クラスメイトの大半が女子となるはず。
(な、なるほど。確かに友達が出来るか怪しい)
アンナと親しいからどうこう以前に、同性の人数が少ないのだ。
その数少ない男子と合わなければ当然友人はできない。
七海の曖昧なリアクションの意味が理解できた。
「な、七海、一学年に男子って何人ぐらいいるんだ?」
「え? 多分……二十人ぐらいかな?」
一学年に三クラスあるらしいので、一クラスあたりの人数は約七人。
非常に際どい数字だった。
「だけど、女子はなあ」
思い返せば七年前のおぼろげな記憶の中にいた男友達はわずか一人。
(あ、詰んだかも)
外からくる人も僅かながらいるとはいえ、当時仲良くなかった同性と上手くいくだろうか。
いや、縁がなかっただけなら可能性はある。
「最悪、アンナだけか……」
「っ!? アンナって、あのアンナ先輩!!?」
俺の呟きに七海が勢いよく詰め寄ってきた。
あまりの剣幕に腰が引ける。
「な、七海の言ってるアンナかはわからないけど、アンナって名前です、はい」
「ア、アンナって名前の先輩は一人しかいないよ! え!? 海ちゃん、知り合いなの!!?」
「お、落ち着け落ち着け! 知り合いって言うか、昔からの友達だ」
「昔からの……? 七年前の?」
「お、おう」
突如、勢いを失くした七海に怯えつつ、肯定する。
話をすぐには理解できなかったのか、呆然とすること十数秒。
「ええええええええええっ!!?」
七海の絶叫が家中に響き渡る。
耳を防いでいたおかげでダメージは最小限で済んだ。
しかし、七海は勢いそのままに俺の体を前後に揺さぶる。
「そ、そんなの知らないよ! 遥先輩じゃないの!?」
「お、おおお落ち着け!」
遥、その名前にも聞き覚えがあった。
七年前、仲良くしていた友達の名だ。
しかし、アンナ同様――思い出は蓋をされたように出てこない。
「アンナ先輩だなんて! よりによってアンナ先輩だなんてー! そんなのあんまりだよー!」
「そ、そんなこと言われたって!?」
「ずるいよー! ずっと連絡を取ってたの!? そんなの――」
「ま、待て待て! 連絡は取ってないから!」
七海が勘違いしていることに気づき、大きな声で訂正をする。
すると、勢いが弱まり、眼をしばしばとさせながら俺を見ていた。
よく見ると眼の端に涙を溜めている。
一体全体どうしたのか。全くわからなかった。
「アンナとはたまたま会ったんだよ。ほら、この間、迷子になった時にな」
「……そうなの?」
「嘘なんか言う必要ないだろ」
「たまたま会っただけ?」
「散策してたら迷子になってな。丁度、そこにアンナが通りがかったんだ」
「…………本当?」
「本当本当」
力強く頷くと安心したかのように座り込み、遅れて恥ずかしそうに視線を泳がす。
「ご、ごめんね! 私、何か混乱しちゃって……!」
「いいっていいって。誤解が解けたなら」
本当の所は取り乱した理由を知りたかったが、今聞くことではないぐらいわかる。
「あ、あはははっ、で、でもよく知り合えたね。中学まで本土の学校に行ってたって聞いたけど」
「え? あ、ああ。子供の頃も同じで、迷子になった先で知り合ったんだよ」
自身の知る情報との食い違いに引っかかりを覚えるが、七海のは伝聞っぽいので間違った情報が流れているのだろうと解釈する。
「迷子の縁、か。それじゃあ、海ちゃんしか会えないね」
「おいこら。人を生粋の方向音痴みたいに言うな」
「自分の胸に聞いてみなよ」
「…………あれ、話を逸らされた」
「胸が話を逸らすって何!?」
「もう一人の自分が、そんなことよりサンバを踊ろうぜって」
「ブラジル人だよ! もう一人の海ちゃんはブラジル人だよね!?」
「ふっ、それもありだな」
「なしだよー!」
小ボケを挟むことでいつもの空気に戻す。
その後は学校の設備などの話を聞きつつ、資料の確認を進めるのだった。
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