開いていた鍵
自室のベッドに横になりながら携帯をイジる。
特に目的はないが、スポーツニュースや芸能ニュースを見たり、ゲームのスタミナを消費したりしていた。
そのボンヤリとした時間が何よりも眠気を誘う。
しかし、いざ寝る準備をしていると眼が冴えてしまうから難しい。
「マジか」
スポーツニュースを眺めていると某有名選手の移籍話が目に飛び込んできた。
夏も終わりが近づき、移籍期限が迫っている。
父親がスポーツ好きなため、実家はスポーツ専門チャンネルと契約していた。
よく暇つぶしに試合を見ていたものだ。
まだ二週間足らずだが、すっかり情報が遅れている。
(まあ、良い意味でだけどな)
寝る直前まで七海とトランプなどで遊んだり、時にはアンナと通話を楽しみ、几帳面故か白水さんとも毎日一言、二言チャットを交わしていた。
女っ気のない中学、高校生活を過ごしていたのに、こっちに来ただけでこれだ。
(人生とはかくもわからないものだ)
などと考えている間に強烈な眠気が襲ってきた。
瞼が重く、視界が閉じたり開けたりを繰り返す。
(電気消さないと……)
右手を伸ばし、リモコンを探るが半分意識を持っていかれているせいか見つけられない。
徐々に右手の動きが鈍っていく。
(ダメ、だ……)
眠りへと誘われる直前、視界の端に誰かの影が掠った、ような気がした。
………………
…………
……
「はっ!?」
眼を開けるとボンヤリと電灯が光っている。
電気を消してすぐの状態だ。
(誰かが消してくれたのか?)
未だ強い眠気が残る中、首を扉――電気のスイッチがある方向へと向ける。
扉が開閉する音は聞こえなかったが、如何せん眠かったため聞き逃していてもおかしくない。
(それとも、寝かけていた夢でも見たのか?)
時たま眠りの境界線が甘く、どこからどこまでが夢かわからない時があった。
「ははっ、今が夢だったりしてな」
夢にも色々とあり、明晰夢と呼ばれるものでは夢であると自覚しながら見るらしい。
残念(?)ながら、今まで体験したことはないが。
そのため、どうなったら自覚したとされるのかもよくわからない。
(痛く、ない?)
試しに定番である頬を引っ張り、夢かどうかを調べてみたのだが、痛みを感じなかった。
(力が入っていないだけ、だよな)
まだ体は寝ているのか、やけに気だるく、体を動かすのも億劫なぐらいだ。
金縛りとの単語も頭をよぎったが、動けている時点でない。
(まあ、夢でも現実でも良いか)
どちらにせよ、これからやることは寝るだけだ。
夢の中で寝るというのも、何だか不思議な感じだが問題ないだろう。
「………………」
(何だか、誰かに見られているような)
この感覚、覚えがあった。
海月島へと向かうフェリーに乗っていた時のものと同じ。
ゆっくりと視線を窓へと向ける。
「――――」
スラッとした女性のようなシルエットが窓枠に手をかけ、体重を預けながらこちらを見ていた。
予感がなければ恐怖で声をあげていたかもしれない。
夢かもしれないと思っていなければ驚愕で声をあげていたかもしれない。
閉めたはずの窓が開いているのか、カーテンがふわふわと舞っている。
(夢か……)
持ち上がったカーテンの隙間から明かりが差し込む。
映し出されたのはあの時の女性。
月のほのかな光が彼女の白い肌を際立たせ、サファイアブルーの瞳と艶のある黒髪は夜が似合っていた。
その幻想的な在り方に苦笑してしまう。
何故なら、これは自分の夢だからだ。
そこまで心を奪われていたのかと。
(西洋的なアンナとは違って和って感じだよな)
対照的でありながら同じく幻想的との感想が思い浮かぶ。
それが何だか面白くて思わず笑ってしまう。
「…………?」
彼女は理解できないのか、表情そのままに首を少し傾ける。
「ちょっとな。友人を思い出して」
「そう」
上半身を起こしながら説明する。
初対面時とは違い、緊張はしていない。
夢だと自覚しているのだから当然だが。
「えっと」
しかし、困ったことに話題が出てこない。
共通する話題どころか、名前すら知らないのだから当然か。
(俺が知らないのに夢の彼女が答えてくれるわけないよな……)
尋ねようにも目の前の彼女は本物ではないのだ。
だが、夢なのだから適当に割り振られるかもしれないと思いなおす。
「君の名前は?」
「……覚えてないの?」
(そうきたか)
会話に矛盾を出させないための小技に我ながら感心してしまう。
しかし、どうしたものか。
話を急転換させても良いのだろうが、どうせならしっかりとしたものにしたい。
(適当に……)
彼女の顔をジッと観察する。
“それらしい”名前で呼ぶことにしたのだ。
風に吹かれ、枝毛一本ない短めに揃えられた黒髪が揺れている。
水面に映る月の様な儚くも目を奪われる美しさ。
「みず、き?」
「何?」
水月(みずき)――我ながら単純なネーミングだ。
それでも正しかった(こととなる)。
「水月はなんで部屋に?」
「海斗の顔を見に来た」
「どこから入って――あ、なるほど」
わずかに口角を上げ、カーテンを開ける。
眼に力が込められている。変化はないが、彼女なりのドヤ顔なのかもしれない。
そもそも、夜中に顔を見に来るのもそうだが、ここは二階だ。
アグレッシブな設定に笑う。
「私、おかしい?」
「いや、水月を笑ったわけじゃないよ。ただ水月は凄いんだなって。ここ二階だし」
「木登り、得意」
「窓の近くに木はなかったはずだけど」
「…………た、高跳び得意」
「ぷっくくくっ」
初めて見せた変化が困惑とどもりだったのでツボにはまる。
明らかに不服そうなので必死に耐えるのだが、人間笑ってはいけないときほど笑ってしまうことがある。
もちろん、俺はそうなってしまう側だ。
「くくくっ、い、いや、水月がおかしいって、ふふっ、わけじゃ」
「…………」
ジト目で睨んでくる水月。
現実ではクールビューティの印象しかないのに、夢の中の彼女は歳相応――七海寄りだが――だ。
アンナや白水さん風味も良いが、確かにこれは七海風味が一番かもしれない。
「海斗はイジワル」
「よく言われる」
「海斗は優しい」
「あまり、言われないな」
「うん。海斗、素直じゃないから」
「おいおい、俺は素直すぎるのが長所であり、短所なんだぞ」
「うん。でも、素直じゃない」
(……これ、よく考えると全部自分が言ってるようなものなんだよな)
余計なことを考え、軽く自己嫌悪に陥る。
自分で自分に優しい、でも素直じゃないなどと……。
もっとストレートな褒め言葉の羅列ならナルシストだと開き直れるが、リアルな感じにしているのがキツイ。
「どうしたの?」
「い、いや」
「顔が引きつってる」
「ふ、ふふふ、細かいことは気にしない方向で」
「? わかった」
気を取り直してお喋りを再開。
所詮、夢なのだから起きたら忘れている……はずだ。
「水月はこの島の子だっけ」
「そうだよ」
「歳は……」
「海斗と一緒」
「じゃあ、学校には」
その問いには首を横に振る。
「どこに住んでるんだ?」
「…………ここ?」
床を指さし、首をかしげる。
「(まあ、俺の夢だしある意味合ってるか)ここって俺の部屋にか?」
「ううん。海月島に」
「そっちのパターンかーい」
フェリーで出会った時、観光客の印象は受けなかった。
故に、少なくとも島の関係者だと思われる。
海月島に住んでいる可能性は高い。
ところどころ、小技が散りばめられている。
「そっちのパターン」
「おけおけ。間違ってはいないからな。つーか、合っててほしい」
「そう」
合っているのなら本物の彼女と会える日も来るだろう。
今は住んでいないとしても関係者なら七海や七瀬さん達が知っている可能性もある。
情報が少なすぎて難しいかもしれないが。
(それに、現実だと知り合い未満だもんな)
ここに来て、どうして俺はこれほど彼女――水月を気にしているのだろうかと疑問に思う。
確かに容姿はどストライクだ。
しかし、それだけなら他にも……。
「何?」
水月の顔を真正面から見据える。
すると、チリチリと胸の奥から焦燥感が湧き上がってきた。
「水月」
「海斗?」
理由なんてわからなかった。
気にする理由も、焦燥感の理由も。
(一目ぼれなんだろ、多分)
適当に当たりを付け、思考を中断する。
「ふう」
「疲れた?」
「ちょっとな」
夢の中――脳みそが動いているからか眠気と疲労を感じる。
現実でくるならもっと早い時間にしてほしい。
時計の短針が三を指していた。
そりゃ、眠いはずだ。夢の中だが。
「休む?」
「……そうしようかな」
「わかった」
少しもったいない気もするが、続きは本物の彼女に出会えたら――、
(あ、でも、また水月が出る夢を見るかもしれないか)
これだけ印象的な夢だ。
影響を受け、続きを見る可能性は十二分に考えられた。
「おやすみ、海斗」
「おやすみ、水月」
また今度との言葉は飲み込み、布団に潜り込んで眼をつぶる。
意識が落ちていく中、窓の閉まる音が耳に届いた。
………………
…………
……
「夢、だよな……」
翌日、窓の鍵が開いていたことに頭を抱えるのだった。
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