無防備は目の毒
「へえ、小学生の時からの付き合いなのか」
「そうだよ。一年生の時からクラスメイトだったけど、仲良くなったのは四年生からかな」
七海が小学四年生となると俺は五年生、本土へと引っ越した後になる。
子供の数はそれほど多くないので、一学年にクラスは三つしかなく、時には違う学年の生徒とも一緒に勉強をしていた。
そのため、正確に言えば会ったことがあるかもしれないが、特に思い当たる記憶はない。
七海や白水さんも何も言わないので合っているだろう。
「私は七海ちゃんのことよく知っていたけどね。クラスの人気者だったから」
「そ、そんなことないよ」
やっとこさ、平静を取り戻した白水さんは、それでも時たま俺を見ては恥ずかしそうに顔を伏せがちになる。
その様子に何故か七海が若干不機嫌になったが、おだてられたこともあり、恥ずかしいなあと口元を緩めている。
従妹だからか、褒められたがりなところがよく似ている。
(あの表情はもっと褒めてくれ、だな)
「そんなことあるよ。可愛くて、元気いっぱい、それに運動神経も抜群なんだもん。私とは真逆で」
「えへへ、そんなにかなあ?」
「うんうん。いつもクラスの中心にいて、誰からも好かれて、ずっと憧れてたんだ」
七海の社交的な性格を考えれば妥当だろう。
「先輩知ってますか? 七海ちゃん、中学生時代から凄くモテるんですよ」
部活をやっていなかった俺が憧れていた“先輩”呼び。
まさか白水さんのような可愛い子に言ってもらえるとは……。
涙を流して喜びたいところだが、今は両手でバッテンを作っている七海をからかうほうが先だ。
「それは初耳だなあ」
「高校に進学してからも人気は継続――いえ、うなぎのぼりです! 最初の頃は上級生の方がわざわざ見に来てたぐらいで」
「そこまでなのか! 凄いな……」
からかうつもりだったのだが、予想以上の人気ぶりに自身と比べ、少し落ち込む。
これでは、ただの僻みにしか見えない。
素直に武勇伝を拝聴するとしよう。
「テニス部に所属しているんですけど、本土での試合に七海ちゃんを連れていっていいかの議論があったとか」
「それは私も初耳だよ!?」
「もし、もしも芸能事務所にスカウトされて、そのまま残ってしまったら海月島最大の宝を失うことになるって」
流石に過大評価なのではとの言葉は口にしない。
おそらく、このように可愛がられているのだろう。
テニス部でもクラスでも。
ある意味、俺によくからかわれる七海らしい。
「確かになあ。海月島はもちろん、七海は天海家最大の宝だからな」
「う、ううう海ちゃん!?」
「先輩もそう思うんですか?」
白水さんに乗る形を取ったのだが、何故だか反応は芳しくなかった。
悲しそうというか、拗ねてるような。
初対面なので気がする程度だが。
「そりゃ、思ってるさ」
「っ!」
七海が体をビクッと震わす。
「七海は俺の心のオアシスだからな!」
「それは……」
驚く白水さんとは対照的に七海の眼は冷めたものへとなる。
どうやら、意図が正しく伝わったらしい。
「海ちゃん。もしかして、うん、もしかしてなんだけどね」
「なんじゃなんじゃ?」
「それって愛玩動物的な方向じゃないよね?」
「もちろん(そうだ)!」
「絶対、後ろにそうだってついてたよね!?」
答えの代わりに拍手を送る。
すると、いつも通り頬を膨らませ、ポカポカと肩を叩いてくる。
不満を表すための行為なので全く痛くない。むしろ、気持ち良いぐらいだ。
「良かった……」
「奏ちゃん? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ」
攻撃に勤しんでいた七海は聞き逃したようだが、俺にははっきりと聞こえた。
安堵の類だったが、それが指し示す意味は……。
(白水さんって、もしかして“あっち”なのか?)
百合的な、マリア様が見てる的な。
軽く想像してみる。
………………
…………
……
それはそれで良いと思ったので静観する。
「もう私の話はいいよ……。それより、奏ちゃんの方がモテるじゃん! 可愛いし、胸も大きいし!」
「な、七海ちゃん!?」
(ほう)
「中学生の時から高校生に告白されていたし、今だって上級生が奏ちゃんを見に来てるし! おっぱいも大きいし!」
「な、七海ちゃん、それ以上は……!」
(なるほど)
「むしろ、私はペット的な扱いだし! 奏ちゃんの方は本気だからこそ遠回しに見るだけなんだよ! ボンキュッボンだし!」
「~~~~~っ!」
(ボンキュッボンなのか……)
七海としては褒め言葉のつもりだったのだろう。
証拠に自身の発言に違和感を覚えていないのか、きょとんとしている。
しかし、異性の眼がある中、胸について褒められるのは白水さんのような子にはかなりキツイはずだ。
ひじょーに興味深いが、ここは紳士らしく聞こえぬふりで紅茶を一口――、
「あっつ!?」
「わわ、海ちゃん大丈夫!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「お、おう。ズボンにかかっただけだ」
動揺が手に出ていたようで紅茶を零してしまう。
幸い、火傷はしていなさそうだが、ズボンを汚してしまった。
(うーん、未熟)
悟りの域には未だ到達できず、か。
失敗から眼をそらすために、よくわからないキャラ付で自分を騙そうと試みる。
だが、話題がそれたので結果としては良かったのかもしれない。
「とりあえず、タオルないか?」
「えっと、タオルは」
「これ、使ってください」
タオルを捜そうと俺と七海が視線を台所へとやる直前、白くたたまれたハンカチが差し出された。
持ち主はもちろん奏ちゃん。
「ありがとう。でも、タオルで大丈夫だから。それほど熱くなかったし」
「いえ、すぐに拭かないと染みになってしまうので。使ってください」
だが、白く綺麗なハンカチを借りるのは抵抗がある。
尚もためらっていると、椅子から下りた奏ちゃんが近くまで寄ってき、しゃがんだ。
「「し、白水さん(か、奏ちゃん)!?」」
ハンカチで零した箇所を拭く、白水さん。
零した箇所は幸い(?)太もも辺りだったが、少しずれていれば完全にアウトだ。
いや、これはこれで十二分にアウトな光景だが。
「わ、わかった! ありがたく貸してもらうから! じ、自分でできるから!」
「いえ、大丈夫です」
(何が大丈夫なの!?)
割と頑固なところがあるのか、真剣な表情の奏ちゃんは譲ることなく、拭き続ける。
下手に動くわけにもいかず、俺海はただただ呆然と見ている事しかできない。
特に下半身が囚われている状況なため、絶対に変なことを考えるわけにはいかなかった。
だがしかし、しないように意識してしまうと反って考えてしまうのが人間なわけで……。
(お、おおおおうっ!?)
白水さんは関係上、斜め下に座っている。
また、夏服は他の時期のと比べて胸元のガードが緩かったりする。
つまり――、
(至福の光景がーーーーーっ!)
チラチラと七海曰く――いや、俺も太鼓判を押そう――大きな胸の谷間が顔を出していた。
アンナの時とは違い、チラリズムに加え、ある意味特殊なプレイをしているかのような疑似的な状況ですらある。
眼前の光景を焼き付けようとまばたきをしなくなり、眼が渇く。
喉がごくりと鳴り、行き場を失った両手が宙を掴む。
(だ、だめだだめだ!? こんな良い子をそんな眼で見ちゃいかん!!)
十数秒、しっかりと鑑賞しておきながら、湧いてきた罪悪感に従って眼を閉じる。
しかし、視界を闇で埋め尽くすと触覚が代わりとばかりに鋭敏になってしまう。
布をこする音と白水さんが漏らす声、これはこれで非常に心を惑わすものだった。
それでも下半身は別人格と必死に平静を保つ。
(3.1415926535……これ以上は覚えていないわー!)
定番の円周率で乗り切ろうとするが、直ぐに底が露呈する。
ならば素数だと心の中で唱えはじめ――
「とりあえず、これで大丈夫かと。でも、すぐに洗った方が良いですね」
「へ? あ、は、はい。ありがとうございました」
「すみません。いきなり……」
「い、いや、謝らないでくれ! 助かったから! うん、本当にありがとう!」
申し訳なさそうにしゅんとなる白水さんに慌ててお礼を言う。
思春期男子のリビドーによって危険な事態にはなったが、白水さんの善意はありがたかったことに変わりない。
「…………」
ふと七海がおとなしいことに気づき、様子を窺うと口をポカンと開けたまま固まっていた。
非常事態に思考がフリーズしていたようだ。
事態が収束し、ようやく状況を飲み込めたのか、口がゆっくりと閉まる。
そして――、
「か、かかかかか」
「七海ちゃん?」
「奏ちゃん、何をしてたのおおおおおっ!!?」
七海の絶叫が部屋の中に響いた。
至極もっともな感想だ。
白水さんは訳がわからないのか俺へと視線をよこしてくるが、眼を逸らすしかなかった。
むしろ、七海からしっかりと教えてもらった方が奏ちゃんのためだ。
「頑張れ」
小声で応援の言葉を残し、洗面所へと向かうのだった。
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