おさげの恥ずかしがり屋さん

 居候生活七日目、遂に部屋の片づけが完了した。

 後は段ボールの処理だけだ。自分の物だけだったが想像以上に時間がかかった。

 引っ越しとはかくも大変なのかと転勤族へ敬意の念を抱く。

 改めて部屋の中を見回してみる。

 ベッドや本棚、タンスこそは貰い物なので違うが、それ以外は実家の時とほぼ変わりない。

 知らない天井や朝の陽ざし、鳥の鳴き声にもすっかり慣れ、まだ一週間なのかと逆に驚いた。

 七海を始め、七瀬さんや力さんにもよくしてもらっているのでホームシックにかかる気配もない。

 そもそも、自由人な両親の下で育ったため、寂しいなどの感覚は薄いが。

 一人なら一人で楽しめるし、誰かが構ってくれるならそれはそれで楽しい。

 得な性格だとつくづく思う。

 尚、小心者。


(唯一、不満があるとすれば……)


 腕を組み、仕方がないことだと理解しながらも頭を悩ませる。

 すぐ隣に七海の部屋があり、俺は十七歳思春期真っ盛り。

 青春のリビトーのはけ口はどこにも存在しなかった。

 手近なのは長年の相棒であるパソコンだが、悲しきことに七海さんは未だ淑女の嗜みを理解していないお子様なのだ。


(ノックすることを覚えてくれないかなあ……)


 開放的な島で一人娘として純朴に成長してくれたことは嬉しい。

 だがしかし、年頃の異性の部屋をノックもせず、いきなり開けるのはどうかと思う。

 青少年的な悩みを除いても、突然の来訪に驚くことがしばしば。

 言ってはいるのだが、どうやら俺の反応が面白いらしく改める様子はない。


(……俺も人のことを言えないけど)


 気兼ねない関係は関係で好ましく、また基本的にはノックがなくても構わないと思っている。

 おそらく、そこら辺まで感じとっているからやめないのだろう。

 本当に嫌がっていれば言わなくても七海はやめてくれる。


(だけど、扉を開いたら従兄があぼーんでしたとか、いくら七海でも……七海だからこそショックを受けかねないしなあ)


 少年漫画のお色気シーンでも顔を真っ赤にする初心な七海だ。想像に難くない。

 年長者として自分が我慢するしかなかった。


(言い辛いのもあるけど)


 年の近い異性にそれらの話をする度胸がなかったのが一番の理由だったりする。


「ふっふっふ」


 だが、だが今だけは違う。

 七海は遊びに出かけ、七瀬さんも友達の家へと、力さんも仕事でいない。

 そして、片付けが終わった――つまり机の上には相棒(パソコン)がキラリと光りを反射させ、出番を待ち構えている。


(ありがとうございます)


 もはや、何に対してのかわからない感謝の念を抱く。

 そして、俺はヘッドホンを携え、ゆっくりとパソコンの電源ボタンを押――


「ただいまー」


 ――そうとして肩から崩れ落ちる。

 七海の能天気な声が一階から聞こえたからだ。

 あまりにも絶妙なタイミングでの帰宅。監視でもされていたのかと部屋の中を見回してしまう。


「ほら、あがってあがって」

「お、お邪魔します」


 苦虫を食い潰したような表情をしていた俺だったが、七海の後に聞こえてきた声に眉をひそめる。

 女性の声だ。か細く自信なさげな声だが不思議と心地が良い。


「海ちゃーん、ちょっと来てー!」

「あいよ!」


 都合よく七海が俺を呼ぶ。

 ヘッドホンをパソコンの上に置き、一階へと向かう。

 リビングの扉を開けると、七海と長い髪を三つ編みにした所謂おさげの少女が椅子に座っていた。


「お、おはようございます!」


 眼が合うと、おさげの少女が勢いよく立ち上がり、頭を下げた。

 動揺しているのか声が裏返っていた。


「お、おはよう」


 勢いに押され、俺も軽く頭を下げる。


「奏ちゃん、多分こんにちはか初めましてじゃないかな」

「っ!? こ、こんにちは!」


 七海の言葉を受け、再び挨拶と共に勢いよく頭を下げる。

 テーブルにぶつけるんじゃないかと心配になるが、ギリギリで止まった。


「こ、こんにちは。……えっと、七海?」

「ふふっ、この子は白水奏(しろみずかなで)ちゃん。私の一番の親友だよ」

「白水奏です!」

「白水さんか。俺は天海海斗。そこにいる七海の従兄兼居候だ。あ、座って座って」

「は、はい! お噂はかねがね……!」


 非常に硬い対応に七海に目くばせすると、苦笑しつつ頷いた。

 どうやら、緊張しいなところがあるようだ。

 大人しそうな雰囲気は表情や声から受けていた。

 今も先ほどの失敗を恥ずかしがているのか、両手でおさげを握っている。


(さて、どうしたものかな)


 俺なんぞに緊張する必要はないが、言ってどうにかなるものでもないだろう。

 とりあえず、七海に矛先を向けるか。


「七海、変なことは言ってないだろうな」

「ふふーん、どうだろうね。やましいところがないなら大丈夫なんじゃないかな」


 意図を察した七海があえて挑発的な物言いをする。


「私はあったことを脚色なく、そのまま伝えているだけだからね」

「なるほど。つまり、気が利いて優しく、運動神経抜群で加えて高身長な素晴らしい従兄だと伝わっているんだな」

「自己評価たかすぎっ!? 予想の斜め上どころか遥か上だよ!!?」

「いや、そこはほら七海の乙女フィルターを通したらそんものかなって」

「勝手に変なフィルターつけないでよね! ちゃんとズボラで気が利かなくて、もやしっ子な上に方向音痴って伝わってるよ」


 あまりに厳しい評価にむせび泣きたくなった。


(冗談だよな? 場を和ませるために脚色してるんだよね!?)

「…………」


 縋るような眼で見ると、すいーっと視線を逸らされた。


「七海さん!?」

「だ、大丈夫だよ。良いことも、ちゃんと、言ってるから」

「だったら眼を見て話そうな!? 歯切れ悪すぎだろ!」

「ごめん。素直なのが長所だから、ね」


 うさんくさいほど満面の笑みの七海は一瞬遅れて、


「いや、短所でもあるね。長所でもあり、短所でもある」


 などとどこかの誰かさんの様なことをドヤ顔で言う。

 ガラスのハートを打ち抜かれ、枕を濡らす。


「よしよーし。海ちゃんは良い子……ではないけど、悪い子でも……ないとは言えないかなあ」

「慰める気ないよね!?」


 白水さんをリラックスさせるために吐いた嘘なのか、本当に思っているか、七海の表情からは読み取れなかった。


(つーか、こんなのでリラックスなんでできるのかよ……)


 呆れながら白水さんの様子を窺う。

 すると、口元に手を当てて楽しそうに微笑んでいた。

 先程までの固い様子は見受けられず、非常にリラックスしている。


(流石は親友って事か)


 白水さんがリラックスできる状況をしっかりと作り出したわけだ。


「っ!!?」


 だが、迂闊なことに眼が合ってしまった。

 顔をリンゴの様に赤くし、体を小さくしてしまう。


(海ちゃん!)

(ご、ごめん!)


 七海の非難の視線を受け、顔の前で両手を合わせて謝る。


「………いな」


 ふと白水さんが何かを呟いた気がしたが、相も変わらず恥ずかしそうに体を縮めていた。

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