好みのタイプは美少女です!
あくる日、七海の案内で島内を巡っていた。
「あの山の所に見えるのが天守(あまもり)神社で、その横に見える建物が学園だよ」
「神社なんてあったのか」
目を凝らすと鳥居らしき赤い柱が確認できる。
横にある学園もわずかだが、姿を現していた。
「あんな遠くまで見えるなんてな。流石は海月島」
「本土だと建物だらけですぐそこの景色も見えないもんね」
「東京とかになるともっと多いらしいけどな。もはやジャングルだとか」
「コンクリートジャングルって奴だね。テレビで見た事あるけど、何だかくらくらしそう。行ってみたいような、怖いような」
「ははっ、七海が行ったら卒倒しそうだな」
「ひどーい!」
希少な種類だとか、自然保護のためだとか、色々な理由で海月島には緑がたくさん残っている。
開かれた空間は解放感があり、空気も美味しい気がする。
だが、七海もくらくらしそうと言いながらも目を輝かせているし、長年住んでいる人からしたら本土への憧れもあるようだ。
何にせよ、自然豊かなのは素晴らしい。利便性に欠けるのがたまに傷だが。
(隣の芝生は青いってやつか)
むくれる七海を見て、クスリと笑うと勘違いしたのか拗ねるように首をそっぽに向ける。
「悪い悪い。別に七海を笑ったわけじゃないから」
「ふーんだ」
「拗ねるな拗ねるな」
「がるるるるっ」
「唸るな唸るな」
「わんわんわん!」
「吠えるな吠えるな」
存外ご機嫌な七海とのくだらないやり取りが続く。
くだらないが、この毒にも薬にもならない時間はとても穏やかで大事なものだと思う。
夏の日差し、生ぬるい風、麦わら帽子を片手で抑えながらこちらを見上げる七海。
眼が合うとニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「爽やかな感じを出しちゃってどうしたの? 七海ちゃんに見惚れちゃったかな」
「バーカ。そんな台詞はもっと大人っぽくなってから言うんだな」
「乙女に向かってその言い草はないでしょー!」
「乙女ならもっと可憐な笑顔を浮かべろってんだ」
「ちぇ、海ちゃんは要求が厳しいよ」
「厳しくない厳しくない。麦わら帽子と白いワンピースが似合う清純派なお嬢様とか所望します」
これぞ、男の夢。
「条件厳しすぎ! お嬢様とかなりたくてもなれないもん」
文句を言う七海に、やれやれわかっていないなと言わんばかりにアメリカナイズされたリアクションをとる、
「七海さんよ。お嬢様ってのはステータスじゃないんだ。こう何と言うか、溢れ出る気品って感じ? 清純で優しくて穏やかな、お姉さん風ながらも案外ドジなところもあるみたいなさ」
「……え、お嬢様の説明をされてるの? それとも海ちゃんの好みの話?」
「ば、バカ! お嬢様の説明に決まってるだろ!?」
嘘だ。
脳内の理想のお嬢様が漏れ出てしまった。
動揺を隠しきれなかったせいか、七海が非常に胡散臭そうな顔をしている。
「ふーん、まあ、どっちでも良いけど」
「その割には大きな――ごめんなさい何でもないです」
「どっちでも良いんだけど」
再度、強調するように前置きし、
「海ちゃんは年上の、お姉さん的な人の方がタイプなの?」
「それは……」
――1.やっぱり、年上が良いな。包容力ある女性とか最高!
――2.いや、年下が良いな。守ってあげたいとなる女性とか最高!
――3.そうだな。とりあえず、男が良いな。男の娘とか最高!
「年は関係ないな。タイプもそこまでこだわりは。まあ、お姉さん的な人は人で良いと思うけど……」
思い浮かんだ三つの選択肢を無視し、無難な答えを引っ張り出すことに成功する。いや、嘘は言っていないが。
「要するに美少女最高!」
「うわー」
などと思っていたらこれだ。
どうして、いつもいつも余計な事まで言ってしまうのだろうか。
口にする前に確認をとるシステムを導入してほしい。
「そ、それじゃあ、私はどうかな?」
ガバガバな口に半ば感心していると、前髪をイジリながら恥ずかしそうに七海が聞いてきた。
「七海かあ」
改めて七海の容姿をジックリと観察してみる。
麦わら帽子と俯きがちな姿勢の為、顔ははっきりと見えないが、常々可愛らしいと思っていたので問題ないだろう。
加えて、小柄ながらも引き締まった肉体は健康的なエロスを醸し出している。
性格も明るくて取っつきやすい上に面倒見も良い。
反面、落ち込みやすいところもあるが、欠点がない方がおかしいのでノープロブレム。
親しみやすい声も七海と言う人間をよく表している。
アンナみたいな美少女とは方向性が違うが――、
「そうだな。美少女って言って良いんじゃないか?」
「ほ、本当!?」
グイッと顔を近づけ、眼を煌煌と輝かせる七海をなだめる。
「落ち着け落ち着け。俺、嘘言わない。自信をもってよろし」
「信じたいから、棒読みっぽく言わないでよ」
「すまんすまん。気恥ずかしくてな。つい、ふざけちゃうんだ」
「嘘だよね」
「もちろん」
「もう!」
両手をあげ、怒りを示す七海を再度なだめる。
「ごめんごめん。美少女ってのは嘘じゃないぜ」
「……う、うん」
「眼元とかパッチリしてるし、小動物系ってやつだっけ? そんな感じの可愛らしさもあるし、あと――」
「だ、大丈夫! もう大丈夫だから!」
顔を真っ赤にし、こちらの声を掻き消すかのような大きな声でストップをかけてきた。
わかりやすいリアクションに、ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべる。
「七海が聞いてきたんじゃないか。私は美少女ですかって」
「そ、そそそそんな言い方じゃないよ!」
「あれー? そうだっけ? 似たようなものじゃーん」
「違う! 違うから! 私はただ――」
「ただ?」
「海ちゃ…………かなって」
ごにょごにょと力なく呟かれた声は、隣にいる俺にすら届くことなく消え入る。
聞き返そうにも自分の世界に入っているのか、こちらの声も届かない。
「七海?」
「こ、これって、チャ、チャンスがあるってことだよね」
「もしもーし」
「だ、だって、美少女だって言ってくれたし……!」
「七海さーん、聞こえてますかー?」
「ふぁいとー!」
「お!? い、いきなりどうした」
いきなり拳を天へと突きあげ、自身を鼓舞しだした。
「海ちゃん!」
「お、おう」
「今日は私がご飯を作ってあげるね!」
「へ? わ、わーい、楽しみだな?」
疑問符が頭上に浮かんでいるが、とにかく空気を読んで喜んでみた。
「腕によりをかけて作るからね!」
それじゃあ食材を買いに行こうかと中心部にある島唯一のスーパーに。
(よくわからんが、七海が楽しそうなら良いか)
この後、美味しい手料理をごちそうになるが、その圧倒的な質量の前に敗北を喫することを俺はまだ知らない。
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