金髪紅眼の少女

「す、すみません!」


 いきなり怒鳴られ、謝りながら声の持ち主の方を向く。


(金髪の……)


 そこにいたのは太陽を背に、黄金に輝く髪と紅色の眼をした女の子。

 彼女は警戒心をあらわに俺のことを睨んでいる。

 お世辞にも良い雰囲気とは言えないが、フェリーで出会ったクールビューティとは違った意味で眼を奪われていた。

 金髪紅眼――それだけで、ここまで幻想的な容姿となるのだろうか。


(いや、違う)


 容姿……金髪や紅眼だから幻想的なのではなく、彼女が金髪紅眼だからこそ。

 纏う空気、ただの立ち姿からも漂う気品の高さ。

 黒を基調としたドレスに、純白の手袋、陽と袂を分けているかのような白い肌を守る日傘。

 可愛いや綺麗などの言葉は似つかわしくない。

 ただただ浮世とは一線を画していた。


「どうやってここ、に……」


 台詞の途中、眼が合うと剣呑な雰囲気が一変、表情が驚愕へと染められる。

 眼を見開き、空いていた右手で口元を覆う。

 お互い呆然と立ち尽くす。


「え、えっと、勝手に入ってごめん。公園かと勘違いして」

「…………」


 少女は反応を示さない。

 思えば、“どうやってここに”の回答としては相応しくない気がする。

 そもそも、どうやっても何も柵こそあるが、入口は解放されており、入るだけなら誰でもできた。

 もしや、“どうして”を“どうやって”と聞き間違えたのだろうか。

 その場合は、回答は適切なものとなるが。


(それにしても――)


 身長差の関係で日傘によって覆われてしまったが、彼女はブランコの少女と同じく金髪だった。

 思い出が正しいなら、もしかして……。


「あ、あのさ」

「っ!」


 ビクリと日傘の下で少女が震える。


「俺たち、会ったことがあるんじゃ」


 言っていてなんだが、典型的なナンパの文句ではないか。

 間違っていたら目も当てられない。


「…………」


 やはり、少女は答えない。


「俺、七年前まで海月島で暮らしていたんだけど、その頃にここで遊んでいた思い出があって」

「……よね」


 少女がボソリと何かを呟いた。


「今、何て」


 言ったのかと問おうとした瞬間、


「海斗、よね?」


 顔を上げた彼女は目の端に涙をため、掠れた声で俺の名を呼んだ。

 それが切っ掛けなったのか、断片的だった“初めて会った”時の記憶の欠片が結びつく。


(あの時も確か迷子になったんだっけ)


 六、七歳の頃だったろうか。

 探検と称し、七海や当時仲良くしていた友達と島のあちこちを巡っていたのだが、その道中で一人迷子になり、気づけばこの公園らしきところへとたどり着いた。

 太陽は沈み始め、夕日が映し出す影は大きく、長く伸びていた。

 そんな中、自分以外の影を見つけて柵の中へと入っていくと一人の少女が悲しげにブランコを漕いでいた。いや、揺られていた。

 怖いもの知らずだった幼い俺は躊躇うことなく声を掛け、結果として彼女の友達となることに。


(家が厳しいとかで友達がいなかったんだよな)


 一人でいるのが寂しいと言う彼女に、友達になろうと間髪入れずに言い放った。

 我がごとながら良い度胸をしていたものだ。

 昔は平然とできたことが、今となっては非常に難しかったり。

 例えばセミを素手で捕まえたり、ダンゴムシをポケットに入れたりなどなど。


(……同列にするのは失礼か)


 何はともあれ、彼女――アンナは俺を覚えているようだ。

 いざ会うまで思い出せなかった身としては、申し訳なさでいたたまれないが、今はとにかく言うことがある。


「久しぶり、アンナ」

「お帰り海斗……!」


 日傘を投げ捨て、胸へと飛び込んでくるアンナを優しく受け止めた。 

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