ブランコの少女
七海を見送った後、午前中は荷物の整理に当てて昼食に舌鼓を打ち、時刻は一時を少し越したところ。
気分転換と地理把握を兼ねて散策へと繰り出していた。
おぼろげな記憶を頼りに漠然と巡る場所に当たりをつけていたのだが、歩いても歩いても見覚えのある景色につかない。
(あまり変わっていないかと思ったけど、そうでもないのかね?)
それとも視点が低かったからかとしゃがむが特に発見はなかった。
出かける間際に言われた七海の言葉が脳裏を過る。
『今度私が案内してあげるから、間違っても散策だとかで歩き回らないでね』
『俺は子供かよ』
『海ちゃんはまだまだ子供だよ。昔から思いもしない場所に遊びに行っちゃうんだから……わかった?』
『へいへい』
あの時は、入り組んでいる本土の地下鉄ではないのだから迷う訳がないと思っていたが、七海の言うことも一理あるかもしれない。
何故なら――、
「ここ、どこだ?」
絶賛迷子中だからだ。
いやはや、困ったものだね。
気づけばどこをどう歩いてきたのかわからなくなっていた。
建物がないので見通しが良いとプラスに考えていたが、むしろ特徴となるものがない同じ風景が続くため覚えづらい。
やはり、本土に出ていたせいか。
(……七海が言うには昔からみたいだし、関係ないか)
一人ごちる。
だが、困っているわけではない。
さして広くない島なのだから、真っすぐ歩いていればいずれ海に出る。
そうすれば最悪でもフェリーの乗り場には行けるため、そこから帰ることが可能だ。
出来れば暗くなるまでに帰りたいが、後は俺の運次第。
腹は括っているので足取りは特段重くない。軽快でもないが。
「あれ?」
周囲を見渡しつつ、歩みを進めていると前方に公園らしき囲いを発見。
公園と言っても辛うじてブランコがあるだけの物悲しいものだ。
そのブランコだけの景色に見覚えがあった。
二人分用意されたブランコ。いつも誰かと一緒に漕いでいた。
(七海だっけ? ……いや、違う気がする)
同じ年頃の女の子なのは覚えているのだが、顔がどうにも思いだせない。
迷子になったことといい、記憶力のなさに辟易する。
(何か特徴があったような)
思い出の中の少女は逆光のせいか、顔がはっきりとしない。
しかし、髪がキラリと――。
「あ、そうだ。確か金髪だったんだ」
ポンと手のひらを叩く。
生まれつきなのか、染めていたのかは知らないが、綺麗な金色の髪をしていた。
よくよく思いだしてみると、あまり日本人風の容姿ではなかった気がする。日本語は堪能だったのでハーフだろうか。
クォーターかもしれないが。
(今、どうしてるんだろ)
知り合った経緯も、引っ越す直前の記憶も未だ脳の奥から出てこない。
時間もあることだし、少しでも思いだせないかと公園へと足を向ける。
「名前は……どこにも書いていないのか」
公園の名称を知りたかったのだが、入口らしきところに表札はない。
(というか、公園ってよりは……)
近づくにつれて増していた違和感の理由がわかった。
しっかりしたブランコの存在により、公園だと思い込んでいたが中身は庭に近い。
注意してみると囲んでいる柵も、慣れていない人の手作り感がそこはかとなくある。
しかし、周りに家らしきものは――、
「――ある」
公園に入るまで何故気づかなかったか不思議になるほど立派な洋館がそこにはあった。
記憶力だけでなく、眼も悪かったのかと手でこする。
だが、やはり洋館はそこに佇んでいた。
過去に思いを馳せていたため、見逃していたのだろうか。
そんなバカなと一蹴したいが、事実気づいていなかったのだからそうとしか考えられない。
(洋館が急に現れたり、消えたりするなら話は別だけどな)
もちろん、そんなことがあるはずもなく、注意力散漫な自分に軽く引いてしまう。
だが、今は一旦置いておこう。
この公園らしきものが洋館の庭だとしたら不法侵入になってしまう。
だとしたらとは思いつつも、十中八九そうなのだろうと確信があった。
今しがたブランコの少女はいつも気だるげに洋館から出てきたのを思い出したからだ。
「誰ッ!」
後ろから少女の鋭い声が耳に届いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます