さる神話の一節“ドンブラコの旅路”より
細目魔王
第1話
神は唐突に、戯れを起こす。その日時も行いも人には想像もつかない。
ある男神はそんな戯れを起こした。木の洞を見てはいきりたち、その樹木に抱き着き、愛を囁いた。その年の実りの時期になると、その樹木からは信じがたいほどに大きな果実が実る。女の孕み腹のようなその果実からは実際に一人の子が産まれたというのだから驚きだ。
この神の戯れで産まれた子の名はドンブラコ。半神半樹のドンブラコ。
彼はその出生の秘密が神の戯れそのものであり、その存在を隠すように人里離れた山奥にて、さる高名ながらも今は隠居した英雄と、一人の従者の元で育てられることになった。この英雄の名と偉業ドンブラコの物語においては余談となるため、ここでは割愛する。
ドンブラコは健やかに育ち、そして英雄から様々な教えを学んだ。そのドンブラコが成人すると、彼は国へ行き、国王と謁見した。彼もまた人の世に後世まで語られる英雄になるべく、王に挨拶に向かったのだ。
しかし、王はそのドンブラコが真に英雄たる器かどうか見極めるべく、試練を与えた。その試練は遥か遠方の悪鬼の住む島へと向かい、その島に集められた財宝を持ち帰り、王に献上することだ。ドンブラコはこれを快諾し、早速旅支度を始めて国を出た。
旅の途中、ドンブラコが最初に出会ったのは犬だった。
酷く飢えて、やつれ弱ったその犬を見捨てられぬドンブラコは、限られた己の食糧を分け与えた。して、よく話を聞けばその犬は呪いにより姿を変えられた乙女であったと語る。
事情を聞いたドンブラコは立ち上がり、その乙女に呪いをかけた竹林の魔女へ挑む。その竹林の竹は鋼のように固く、藪は鉄線のようで、更には魔女の力により一晩で風景は変わり人を迷わせ、刈れども燃やせど瞬く間に竹藪は再生すると言われる、難攻不落の魔の森であった。
だが、優しく知恵あるドンブラコはこの森に挑み、魔女の元までたどり着く。観念した魔女はドンブラコの願いを聞き、乙女にかけた呪いを解いた。
乙女はドンブラコに礼を言い。そして自分を妻として迎えてはくれないかと頼む。しかし、ドンブラコは試練の道半ばであるとこれを一度断ったと言われている。
旅の途中、ドンブラコが次に出会ったのはオランウータンだった。
全身に傷を負い、今にも息絶えそうなオランウータンを見捨てられぬドンブラコは、育ての親である英雄より授かった治癒の術を以てオランウータンを介抱した。して、何故そうなったかを聞き出そうとしても、オランウータンは硬く口を閉ざすばかりであり、ドンブラコはその秘そうとする事実を聞き出すのを諦めた。
ドンブラコは近場の人里にたどり着くまでに必要な食糧をオランウータンに渡し、彼と別れた。
旅の途中、ドンブラコが最後に出会ったのはイノシシだった。
とても気が立ち、暴れ狂うそのイノシシをドンブラコは怪力により抑え、辛抱強くなだめ続けた。して、話を聞けばかのイノシシは山の神の化身であり、山のふもとの里に蔓延する疫病と、人々の苦しみや絶望を前になすすべなく暴れていたのだと語る。
ドンブラコはすぐにふもとの村に向かい、自身に疫病が移ることを恐れずに人々を介抱し、治療を始めた。疫病で意識がもうろうとした人に何度も爪を立てられようも、剣を向けられようも、ドンブラコは献身をやめなかった。そのドンブラコの必死の想いに応えてか、ついに里から病の危機を退散させることに成功した。
里の人々はドンブラコに礼を言い。そしてドンブラコを称えもてなす宴を開こうとする。しかし、ドンブラコは試練の道半ばであるとこれを断る。
こうして、道行く先で様々な困りごとに手を差し伸べ続けたドンブラコは、たくさんの感謝と期待を背負い、ついには悪鬼の住む島までたどり着く。
財宝を持ち帰ろうとすれば、当然それを守る悪鬼が襲い掛かる。悪鬼を倒せば仲間の死に怒る次の悪鬼が現れ、戦いは寝ずの三日三晩と続く激戦となる。この熾烈な消耗戦の果てに、悪鬼の親玉と腹心、そしてドンブラコの他にはこの島に立つ者はいない程にまで至った。
否……。そうなった島に、一人の影が降り立った。
それを見て、ドンブラコは目を疑った。それは旅路の途中でドンブラコが助けたオランウータンに違いない。
オランウータンは満身創痍の悪鬼たちとドンブラコに向けて爪を向けた。悪鬼を後ろから串刺しにし、悪鬼の持つフォークを奪いドンブラコの胸にそれを突き立てて殺してしまったのだ!
万全の状態であれば、恐るべき悪鬼たちも、英雄ドンブラコもオランウータンに遅れは取らなかっただろう。しかしこの疲労困憊した状態で新手のオランウータンに敵うことはなく、彼らは倒れ伏す。
死にゆくドンブラコに向けて、オランウータンは自分が盗人であると告白する。
盗みがバレて私刑に遭い、死にゆくオランウータンはドンブラコに助けられる。更に周囲の人里に聞けば、悪鬼の住む島の財宝を持ち帰るという使命でドンブラコが旅をしていることを知った。オランウータンはその財宝をなんとしてでも欲しいと願い、ドンブラコと悪鬼が戦い合い疲れ果てた時に財宝を奪おうと画策したのだ。
ああ、何たる悲劇か! ドンブラコはその高潔さと優しさが故に、道半ばで息絶えてしまった……!
だが、その道行を哀れんだ者がいた。戯れで彼を生んだ神だ。
遠く離れようとも彼は自分の子。ドンブラコの死を悼み、その神はドンブラコの名をこの世界の“音”として永劫に刻むこととした。
そうして……。ドンブラコの帰りを待つ王国に、その音だけが帰ってくる。
「どんぶらこ、どんぶらこ」と。
水を果実が流れる音が、彼の名のように聞こえるようになったという。
果実が水を流れる音を、「どんぶらこ」と言うのは、この神話の一説に由来するということはあまりにも有名である。
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ここから先は、神話の一説を現代に語る筆者のあとがきである。
さて、この神話の一説は極めて寓話的な話になっており、『親切が報われるとは限らない』『悪人を助けるべきではない』『そも、自分の目的を果たすために、不要なことをすべきではない』等の教訓が詰まっている。
この話は日本でも子供向けの昔話としてよく語られるが、その際にはオランウータンの裏切りはなかったものとされている。元の話のグロテスクさを考えれば、妥当な改変と言えるが、代わりに原題にあったニュアンスが損なわれているとして批判する声もある。
ともあれ、私がこのドンブラコの物語をここに記し、伝えたいことは一つである。
『殺戮オランウータンは神話の時代より存在する』
さる神話の一節“ドンブラコの旅路”より 細目魔王 @HosomeMaou
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