時を隔てた用心棒⑨




ヴィンセント視点



紅葉が日本では目立ち過ぎるはずの金髪を見つけられなかったのは、単純にヴィンセントが視界から逃れるよう隠れていたためだ。

紅葉の前から消えたい、そうは言ったがやはり目を離さずにはいられなかった。


―――・・・紅葉ちゃんは本当に変わらない。

―――でもそういうドジっ子なところが愛おしくて、守りたくなるんだよ。


倒れる寸前に紅葉を抱き留めたヴィンセントは、気を失っている紅葉を抱え剛明のもとへと戻った。 地面に頭をぶつけたわけでもないし、しばらくすれば自然と目を覚ますだろう。

剛明は雨の中傘も差さず、雨宿りもせず、ただベンチに座って待っていた。


―――ここでずっと待っているなんて誠実な人だな。


ヴィンセントが近付くと剛明は気付いて立ち上がる。


「紅葉さん!」

「大丈夫です。 気を失っているだけなので。 紅葉ちゃんを受け取ってくれますか?」


彼氏の前で紅葉をお姫様抱っこをしたままだとマズいと思い剛明に渡した。 ただ紅葉が剛明にお姫様抱っこをされるのを見るのは無性に辛かった。


「・・・貴方は紅葉さんの何ですか?」

「紅葉ちゃんの親戚です」

「本当に?」

「はい。 日本のことを勉強したくて、今は紅葉ちゃんと一緒の大学で学ばさせてもらっています」

「・・・」


剛明は怪しむ目で見てくるが、気にせずヴィンセントは言った。


「紅葉ちゃんを貴方は幸せにできますか?」

「・・・できますよ」

「本当に?」

「はい」


その言葉を聞きたかったのだと思っていた。 しかしヴィンセントはどうも違ったような気がして、胸の内を隠すのに必死だった。


「・・・ならよかったです。 安心して紅葉ちゃんを託すことができます」

「その言い方は」

「安心してください。 僕と紅葉ちゃんは付き合っているわけでもなく、何もやましい関係はありませんから。 ・・・では」


そう言ってこの場を離れようとした。 背中越しに剛明が問いかけてくる。


「もういいんですか?」

「・・・はい?」

「このまま去っても。 さっき紅葉さんが『あの人を追いかけたい。 じゃないともう会えない気がするから』と言っていました。 貴方はもう紅葉さんの前に現れるつもりはないんですか?」

「・・・そうですね」

「それで本当にいいんですか? 彼氏である俺が言うのもあれですけど、貴方と紅葉さんが出会えたことは奇跡なんですよ」


“奇跡” その言葉に何故かグッとくるものがあった。


「俺と貴方が今ここで出会えたのも奇跡です。 その奇跡を掴み取らずに無駄にするんですか?」

「ッ・・・」

「ここで貴方が離れたらもう紅葉さんとは会えなくなるかもしれないんですよ。 それで本当に後悔はしないんですか?」

「それは・・・」


話しているうちに紅葉が目覚めてしまう。 そうなる前にヴィンセントは二人の前から消えたいと思っていたのに。


「ん・・・? あぁ、剛明先輩!? ごめんなさい!! 落ちかけたのを助けてくれたのは剛明先輩だったんですね、重かったですよね!?」

「俺じゃないよ」

「え・・・?」

「紅葉さん、もう大丈夫なの?」

「はい、何とか・・・。 えっと・・・」


紅葉は腕の中から降りて二人を交互に見つめている。 気まずそうだ。 それを見て剛明が言った。


「三分だけ時間をあげます。 俺はここから少し離れているので」

「え? 剛明先輩?」

「話したいことがあるなら話しておいた方がきっといいです」


ヴィンセントを見てそう言うと剛明は離れていった。 紅葉は突然の事に困惑している。


―――僕のために時間をくれたのか。


いきなりの二人きりでまだ話す心の準備もできていない。 口ごもっているうちに話を切り出してきたのは紅葉だった。


「・・・ヴィンセントが歩道橋で私を助けてくれたの?」

「・・・うん。 僕は紅葉ちゃんの用心棒だからね。 どんなことがあっても守るって言ったでしょ?」


その言葉を聞いて紅葉は涙を浮かべた。


「じゃあどうして? どうして私の前から消えたくなったとか言ったの!?」

「それは・・・」

「私のことに興味がなくなったからじゃないの!?」

「違うよ、紅葉ちゃん。 そんなに感情的にならないで」

「じゃあ、どうして・・・」


―――・・・制限時間は刻々と近付いている。

―――確かにこのまま自分の想いを告げずに、紅葉ちゃんの前から消えるのは嫌だ。


そう思い覚悟を決めて言った。


「紅葉ちゃんの恋を素直に応援できなくなったんだ」

「・・・え?」

「僕はただの紅葉ちゃんの用心棒だった。 それは今でもそうだし、これからもそうだ。 ・・・だけど僕の心にはそれ以上のものができてしまった」

「それって・・・」

「紅葉ちゃんと毎日を過ごしているうちに、紅葉ちゃんのことを心の底から愛してしまうようになったんだ」

「ッ・・・!」

「これだと僕の恋心が邪魔をしてフェアな判断ができない。 僕の心が乱れて過剰に紅葉ちゃんに近付いてしまう。 だから僕は紅葉ちゃんの前から消えることに決めた」

「そんな・・・」

「実際に紅葉ちゃんが告白をされていた時、物凄く僕の心が熱くなったんだ。 同時に氷のように冷えていくのも感じた。 もう今がタイムリミットなんだと悟ったよ」


紅葉は静かに泣いていた。 涙を静かに拭ってあげ笑いかける。


「紅葉ちゃん、どうか泣かないで。 紅葉ちゃんは好きな人と幸せになるんだ」

「ヴィンセント・・・」

「僕は紅葉ちゃんのことを好きになれてとても幸せだよ」


―――さようなら、紅葉ちゃん。

―――でもどうかこれだけは忘れないで。


「僕はずっと紅葉ちゃんの用心棒だからね」



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