時を隔てた用心棒⑧




その言葉に時が止まったように思えた。 剛明に告白され幸せの絶頂状態だったはずなのに、もうそんな想いはどこか遠くの彼方へと飛んでいってしまった。

言葉の意味が理解できず聞き返してみるが、内に沸く焦燥は決して抑えることができなかった。


「・・・え? 何、どういうこと?」

「その言葉の通りだよ。 本当に自分勝手で申し訳ないんだけど、紅葉ちゃんの前から消えたくなったんだ」


紅葉は自然とヴィンセントに歩み寄っていた。 自然と涙が出てきて、メイクはぐちゃぐちゃになってしまう。 ただそんなことすらお構いなしだった。


「ど、どうして・・・? 私から離れるのは、私が誰かと一緒に住み始めてからだって言ったよね?」

「言ったね。 でも剛明くんなら大丈夫かなって」

「何それ・・・」 

「まだ不安な気持ちは確かにあるけど、剛明くんになら紅葉ちゃんを託せられるかなと思ったんだ」


話の続きを待ってみたが、どうして剛明になら任せられるのか理由を言ってくれなかった。


「そんな、突然過ぎるよ・・・」

「うん。 ごめん」

「ッ・・・」


訂正も取り消しも何もしてくれない。 剛明に告白をされた時とは違う涙を流していると、背後から声が聞こえてきた。 剛明の声だ。


「紅葉さん!」


しかし聞くだけで気分が浮く程の剛明の声が、今はとても遠くから聞こえるよう感じられた。


「ほら、彼氏さんが心配して探しに来てくれたよ」

「でもまだ話は終わって」

「優先するのは僕じゃない。 新しい彼氏だ」

「でも!」


ヴィンセントは紅葉の涙を優しく拭った。


「きっと大丈夫。 紅葉ちゃんの幸せは僕が守るし、僕が保証する」

「だったら・・・」

「だから安心して幸せになって」


ヴィンセントはそう言うと、振り返ることすらせず黙って立ち去っていった。 そして丁度入れ替わるように剛明が追い付く。


「今の人は・・・。 紅葉さんどうしたの?」


付き合った直後に他の異性と会っていたら変に思われるだろう。 とりあえず正直に話そうと涙を流したまま剛明の方を向いた。


「泣いてるの!? さっきの人に何か酷いことでも言われた?」


驚く剛明に首を強く横に振る。


「じゃあ、どうし・・・」

「剛明先輩ごめんなさい。 今の人を追いかけてもいいですか?」

「え?」

「事情は全て話します。 でも、今すぐに追いかけたいんです!」

「どうして?」

「今すぐに追いかけないと、もう彼とは会えなくなるかもしれないから!!」


そう言うと剛明は少し考えた後小さく頷いた。


「・・・分かった。 じゃあ俺は信じてここで待ってるよ」

「・・・はい。 ありがとうございます」


紅葉は軽く頭を下げるとヴィンセントの後を追いかけ始める。


「ヴィンセント! ヴィンセント、どこ!?」


しかし夜ということもあり、あまり時間は経っていないが既にその姿は見当たらない。 普段あんなに目立つはずの金髪が闇に埋もれて見えない。 仕舞には探している間に雨が降ってきてしまう。


―――こんな時に限って雨・・・。


傘なんて持ってきているはずがない。


―――まだ遠くへは行っていないはず・・・。

―――お願い、見つかって!


雨に濡れながらも駆け回って探し続けた。


「ヴィンセント! まだ離れたくない! 最後ならちゃんとお話をしようよ! ねぇ!!」


周りからの視線が痛い。 それでも探し続けた。


「あー、もう! 赤だ!」


赤信号に行く手を阻まれ歩道橋を上ろうとする。 だが数段上がったその時、雨で濡れた階段で滑り紅葉は真っ逆さまに落ちることになる。


―――・・・え?


一ヶ月前にも味わったことのある恐怖と景色、何故かよく分からないが自分にバチが当たったような気がして思わず紅葉は目を瞑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る