時を隔てた用心棒⑦




剛明と合流した後、お決まりのやり取りなどを挟み夜のデートは始まった。 特にプランニングしていたわけではないが、何となく流れるように行き先が決まり楽しい時間が順調に続いた。

紅葉からの誘いであったが二人で一緒に出かけたことは何度かある。 そのおかげか、必要以上に緊張したり委縮したりすることがないのがよかったのだろう。


―――でも、やっぱりそわそわする・・・。


今日は剛明からの誘いということもあり、少しだけ気分の高揚と緊張がある。 ただそれも悪いものではないのだ。 一緒に夕食を終えると二人は外へ出て海を眺めていた。


「・・・ねぇ、紅葉さん」

「・・・何ですか?」


潮風が届くことはないが、雰囲気だけは非常にいい。 ネオンに包まれた観覧車を見れば、二人で乗りたい気持ちも溢れてくる。


「どうしていつも俺を誘ったりしてくれたの?」

「え!? そ、それはそのッ! 何というか・・・」


そのようなことを考えていたためか、分かりやすく挙動不審になってしまう。 それを見て剛明は楽しそうに笑った。 そして紅葉と向き直る。


「紅葉さんからたくさんのアプローチをもらっているうちに、俺も紅葉さんのことを好きになっていたみたいです」

「・・・え?」

「よかったら俺と付き合ってくれませんか?」


表情は真剣そのものだった。 紅葉は片思いだと思っていた剛明からの告白が嬉しく、涙を浮かべて頷いていた。


「はい・・・ッ! よろしくお願いします!」


―――叶った・・・!

―――やっと私の恋が実った!!

―――諦めなくてよかったぁ・・・!


本当は自分から告白するつもりだったのだ。 それがまさか剛明から告白をしてくるとは思わず喜びは倍の倍だった。 あまりの嬉しさにフラフラとしていると思わず通行人と当たってしまう。


「あ、ごめんなさい!」


その拍子によろけたが何とか持ち堪えた。 慌てて頭を下げる。


「紅葉さん、大丈夫?」

「あ、平気です! ごめんなさい、私少し抜けているところがあって」


―――今みたいに少しでもふらついたりしたら、ヴィンセントだったら絶対に支えにきていたな・・・。

―――って、どうして剛明先輩と比較しているのさ!

―――駄目駄目、そんな失礼なこと!!


気を持ち直しているとうっかり目をゴシゴシと擦ってしまう。 気付いた時には遅かった。


「・・・あッ! メイク!!」

「少し目の回りが黒くなっちゃったね」


剛明が紅葉の顔を覗き込んでそう言った。 恥ずかしくて顔が赤くなっていくのを感じた。


「ちょっとトイレへ行って直してきます!」

「俺は気にしないよ?」

「でも、ここは外ですので・・・!」

「そっか、分かった。 泣く程喜んでくれて嬉しいよ」

「こちらこそです。 では、すぐに戻ってきますね!」


紅葉は辺りを見渡し、化粧を直せそうな手洗い場を探した。 キョロキョロとしながら歩いているうちに、何故かヴィンセントのことが頭に浮かぶ。


―――そうだ。

―――ヴィンセントに剛明先輩と付き合ったということを報告しておこうかな?

―――きっと喜んでくれるだろうな。


そう思い自分のいる周りをキョロキョロと眺めてみる。 いつものヴィンセントなら見守るようにいてくれると思っていた。 しかし――――


―――いない・・・?

―――どこから私を見ているんだろう?


紅葉はヴィンセントのことを信頼していた。 だから必ず近くにいると思っていた。 注意深く観察し、やっとのことでかなり遠くに見覚えのある後ろ姿を発見した。


「ヴィンセント!」


呼んでも何故かヴィンセントは遠ざかっていく。


―――声が届いていない?

―――それともわざと無視してる?

―――・・・あれは本物のヴィンセントだよね?


いつもなら近くにいてくれるはずだった。


―――どうしたんだろう、トイレとかかな?


思わず紅葉は走り出しヴィンセントの後を追いかけていく。


「ヴィンセント!」

「ッ、紅葉ちゃん・・・」


追い付かれたヴィンセントは観念したように立ち止まる。


「どうしたの? そんなに走って」

「それはこっちの台詞だよ! どうして私から離れようとしたの? いつもはそんなことなかったはずなのに・・・」


ヴィンセントは視線を彷徨わせた後こう言った。


「それよりさ。 紅葉ちゃん、いいことがあったんじゃない?」

「いいこと? ・・・あ、そうだ! 剛明先輩と付き合うことになったの!!」

「うん。 僕も見ていたよ。 おめでとう、頑張った恋が実ってよかったね」

「うん!」 


確かに付き合ったことを報告しようと思っていた。 だが今話したいのはこのことではなかった。


「ねぇ。 どうして私から離れようとしたの?」


もう一度話題を戻した。 するとヴィンセントは小さく息を吐いて言う。


「本当に恥ずかしいことなんだけど・・・」

「何?」


「紅葉ちゃんの前から消えたくなっちゃったんだ」



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