時を隔てた用心棒⑥
バイト中だったこともあり、ヴィンセントに感じた違和感に何かするということもなかった。 繁忙時間であったために忙しく店の外へ出る余裕なんてなかったのだ。
そして数時間、店内の流れに一区切りがついたところで上がりの時間となった。
「剛明先輩、お疲れ様です!」
「あぁ。 紅葉さんもお疲れ」
笑顔でそう返すと剛明は急に顔を近付けてきた。
「一時間後に約束の場所でね?」
「ッ・・・! はい!」
意中の相手との内緒のやり取りみたいで、気分が高揚してしまう。 少し汗ばんでいることが気になり、シャワーを浴びれるのか時間を確認した。 ということで、着替えだけして足早に店を出た。
「ヴィンセント!」
「紅葉ちゃん。 今日もバイトお疲れ様」
「ありがとう! さぁ早く家へ、って・・・。 わぁぁッ!」
はしゃぎ過ぎたのか店の外で転び、野外テーブルにぶつかってしまった。
「紅葉ちゃん大丈夫!?」
「いったぁー・・・。 はは、大丈夫大丈夫! このくらい! さぁ、家へ帰ろう!!」
「ウキウキだね」
「そりゃあね! だってこれからデートなんだもん!」
カフェのバイトを始めて一年と少し。 入った時には既に剛明はいた。 その時に優しく指導され恋に落ちてしまったのだ。
「ねぇねぇ! どんな服を着たらいいかな?」
「・・・」
「ヴィンセント?」
「あ、ごめん。 何?」
何故か今ヴィンセントは上の空だった。
「どんな服を着たらいいのかなって」
「あぁ、そうだね。 もう夜遅くだし大人っぽい服装にしたらどうかな? 夜だから寒いし長袖の方がいいかもね」
「なるほど・・・」
「でも暗いと心配だから明るめの色がいいかな」
ということで白を基調としたワンピースを着ることに決めた。
「持ち物って最小限にしておいた方がいいよね? 小さいバッグでいいのかな?」
「・・・」
「ヴィンセントー?」
「あ、ごめん」
「どうしたの? さっきからボーっとして」
「ごめんね。 大丈夫だよ」
「そう・・・?」
「それでどうしたの?」
少し考えた後紅葉は首を横に振った。
「ううん。 やっぱり何でもない」
「え?」
何でもかんでもヴィンセントに頼りきりになっている気がした。 それが当たり前の日常で、慣れてしまっている自分。 だがいくら命の恩人といっても、今世では何もしていない。
ヴィンセントにはヴィンセントの人生があり、もし自分が縛ってしまっているのならそれはよくないことだ。
―――最近は知らない間にヴィンセントにずっと甘えていたんだ。
―――このままだといけないよね。
帰り道、少し反省していた。 用心棒として役に立っているのかは分からないが、これまで何度もピンチを助けてもらった。
「紅葉ちゃん」
「うん?」
「しつこくて申し訳ないんだけど、僕が渡したスマホはちゃんと持っていってね?」
「もちろん。 そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「バイト先の室内ならまだしも、外で紅葉ちゃんの近くにいられないのは初めてだからさ。 心配になっちゃうんだ。
トップ画面の黄色のアプリをタッチすれば、それだけで警察に連絡がいくようになっているから」
準備を終えると二人揃って家を出た。 約束までの道は何故かヴィンセントがよそよそしかったため会話が続かなかった。
―――私に飽きちゃったりしたのかな・・・?
「じゃあここで。 もうすぐで待ち合わせ場所だし」
「うん。 気を付けてね」
「ヴィンセントはこの後もずっと私の近くにいるの?」
「そのつもりだよ」
「・・・分かった」
その言葉に安心してしまった自分がいた。 ここで『家に戻ってる』と返されたら寂しい気持ちになっていたに違いない。
―――ヴィンセントはいつも通りだ。
―――私の思い過ごしだったみたい。
「じゃあ行ってくる」
そう言って踵を返そうとしたその時だった。 ヴィンセントは紅葉の頭の上に掌を置いてきた。
「ッ・・・!?」
突然な出来事に慌てふためいてしまう。 普段は紅葉がドジをして、それを支える時しか紅葉に触れられることはない。 それ以外で触れることは紅葉のために避けていると教えてもらったことがある。
―――急に驚いた・・・。
だがそれが今はなくなり自ら自然と触れてきたことに鼓動が跳ねた。
「行ってらっしゃい」
「・・・うん。 行ってきます」
その挨拶は後で“おかえり”と言うためのものだと思っていた。 気分よく見送られ紅葉は剛明のいるところへと駆けていく。
―――私今、顔がめっちゃ赤いかも。
そんな紅葉の後ろ姿を、ヴィンセントが切な気な表情を浮かべながら眺めていたことを紅葉は全く気付いていなかった。
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