時を隔てた用心棒⑤




大学の講義を全て終えバイトへ行く前に一度家に帰ることになった。 その時に聞きたかったことを尋ねてみる。


「そう言えばさ。 今更なんだけど、私たちは前世、じゃなくてそのずっと前の時、どのようにして出会ったのか教えてくれる?」

「一番最初の出会い? そうだね・・・」


ヴィンセントは思い出しながらゆっくりと語り出した。


「僕と紅葉ちゃんは共にまだ子供だったんだ。 それで僕は、自分のいる国が嫌で逃げ出した」

「逃げ出した? どうして?」

「僕の国には子供を二人以上産んではいけないという決まりがあったんだ」


その言葉に紅葉は納得するよう大きく頷く。


「だけど人間だって生き物だ。 僕が弟として産まれたのはおかしなことではなかったんだと思う。 ・・・だけど当然、望まれていない命だった」

「そんな・・・」

「存在してはいけない命であった僕は、国に所属する意味が限りなく薄かった。 身分の証明ができないというのは辛いことなんだと知ったんだ」


ヴィンセントは遠くを見据えていた。 その先には何もなく、おそらくは意識を過去へと飛ばしているのだ。


「それに耐えられなくなった僕は家から飛び出した。 そんな決まりを作った国が嫌になって、どうせならどこか遠くへいって生きようと思い外来船に乗り込んだ」

「でもそれって・・・」

「うん。 密入国だよ。 そして、その行先が日本だったんだ」

「そうだったの・・・」

「でも子供の思い付きが上手くいくはずがない。 上手く街まで行くことはできたけど、どう見ても外国人の容姿だから簡単に密入国だということがバレてしまってね。

 ・・・それで僕は、その場で殺されそうになった」

「密入国というだけで!?」

「今の時代とは違うからね。 人の命が茶碗一杯のお米よりも軽いことがある。 そんな時代もあるんだ」


紅葉はその言葉を聞きいたたまれない気持ちになった。 人間の命がご飯より軽いだなんて、この日本に生きていれば考えられないことだ。


「でもそのピンチを助けてくれた一人の女の子がいた。 それが紅葉ちゃんだよ」

「私・・・?」

「初対面なのにもかかわらず僕を庇ってくれたんだ。 『子供を殺しては駄目!』って」

「それで、どうなったの・・・?」

「僕を見つけた警官は悩んだ挙句、僕を見逃してくれたんだ。 その警官はまだ若かったから新人だと思う。 だから見逃してくれたんだね」

「そうだったの・・・! よかったぁ・・・」

「これが僕と紅葉ちゃんの出会い。 今でもこの恩は忘れていないよ」

「そんな私が記憶がなくて本当にごめん・・・」

「前世の記憶を持っている方が珍しいよ」 


話している間に家へと着きバイトの支度をして再び家を出る。 もちろんヴィンセントも付いてきた。


「今日も外で待ってる?」

「うん、外にいる。 大丈夫。 剛明くんには変に思われないようにするから」

「ありがとう」


ヴィンセントは手空きの時は基本的に常に送り迎えをしてくれる。 紅葉のバイト先はカフェのため道中も大して危険もないのかもしれない。

それでもやはり心強いのは確かで、帰りが遅い時は本当に有難いと思っていた。 バイト先に着くとヴィンセントに見送られながら店へと入る。


「あ、紅葉さん!」

「剛明先輩! こんにちは」

「大学は終わった?」

「はい」

「じゃあバイト、一緒に頑張ろうか」

「はい!」


剛明の優しさと笑顔が紅葉は好きだった。


―――バイトを頑張ったら、ご褒美のデートだ!


意気込んで仕事に取りかかる。 その時窓越しにヴィンセントの姿が見えた。


―――ヴィンセント・・・?

―――どうしたんだろう?


あまり姿は見せないようにとは言っているが、こうしてカフェ内を覗いてくることは少なくない。 だがいつものヴィンセントと明らかに違うよう思えた。


―――難しい表情をしてる・・・。

―――何かあったのかな?


いつも紅葉の前では安心させるよう笑ってくれている。 そんなヴィンセントと長い期間一緒にいたからこそ、その違和感に気付けたのかもしれなかった。



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