時を隔てた用心棒③
「では、私はこれで・・・」
用心棒。 現代日本で生活していて無縁の言葉だと思っていた。 確かに何かと危険な女性の身とは思うが、今の日本は治安がよく痴漢にも遭ったことはなかった。
とはいえ、例えば夜道が怖くないかと言えば嘘になる。 誰かが見守ってくれるのなら有難いとは思うだろう。
―――って、いつまで付いてくるの・・・?
とりあえず家へ帰ろうと思い歩き始めたのだが、ヴィンセントはその後を何も言わずに付いてきていた。 正直ヴィンセントの話を全て丸ごと信じられる程、紅葉もお人好しではない。
―――少し後ろに立たれて付いてこられるのは、何となく怖い・・・。
―――まさか家まで付いてきたりはしないよね・・・?
だが彼は一向に付いてくることを止めようとはしない。
「どこまで付いてくるんですか?」
「家までです」
「家まで!?」
「用心棒で紅葉さんを守る立場なので当然です」
「いや、流石にそこまでは・・・」
紅葉にとってヴィンセントは初対面であり、家まで付いてこられるのは普通に怖かった。
「あ、そうでした」
戸惑っているとヴィンセントは懐からスマートフォンを取り出し手渡してきた。
「これを紅葉さんに」
「スマートフォン・・・?」
「電源を付けて、この右下にあるアプリケーション。 これをタップしてください。 そしたらすぐに警察に繋がります」
「警察!?」
「はい。 紅葉さんはこのスマホを持っていてください。 もし僕が紅葉さんに手を出すようなことがあれば、すぐに通報してくれて構いません」
「そんな・・・」
「そこまでしてでも僕は紅葉さんを守り抜きたいのです」
腑に落ちないが結局家まで付いてくることになった。 当然、危ない目には遭っていないしヴィンセントも何かするわけではない。
―――100年以上前だったなら、どうだったのかは分からないけど・・・。
今現在生きているのは現代日本なのだ。 用心棒に守ってもらうようなことがあるとはとても思えなかった。
「そう言えば、ヴィンセントさんはどこに住んでいるんですか?」
「隣の県です。 今はもう一人で仕事をしていますが、今日は休みだったため紅葉さんを探しにきていました」
「そうですか・・・。 では、今日はありがとうございました。 明日からもお仕事頑張ってくださいね」
そう言って家の鍵を取り出そうとして、止めた。 何となく鍵を見せるのが怖かったからだ。
「いえ。 しばらく仕事は休みます」
「はい?」
「僕は紅葉さんの家の前で待機をしておりますので」
「いやいや! そこまでしますか!?」
「そのつもりですが・・・」
ヴィンセントは少し悲しそうな表情を見せる。
「確かに私はおっちょこちょいで、ちょっとはドジをかましますけどッ! そこまで心配はいらないですよ!?」
「僕のことは気にせずに。 紅葉さんは家でゆっくりとお休みください」
「そう言われましても、流石に外で寝泊まりするなんて心配ですよ・・・」
だが断固として自分の家に帰ろうとしないため、家に上げようかと迷った。 片思い中の剛明ですら上げたことはないし、今まで異性を入れたことのない自分の部屋だ。
ただこの様子では本当に自宅の前で“用心棒”とやらをし続けるつもりなのだろう。
「僕も一緒に住んでいいんですか?」
「一緒というか、うーん・・・」
そのため、もう諦めて家に上げることにした。 何が正解か分からず、どうしても突き放す気にはなれなかった。
―――ヴィンセントさんがもう私に飽きて、ここを去ってくれるまで?
―――そんな日はいつ来るのかなぁ・・・?
ヴィンセントは日本の習慣を分かっているのか、玄関できちんと靴を脱いで揃えた。
「どうぞ・・・」
もう紅葉自身何をしているのか分からなくなってくる。 一つ幸いなのはヴィンセントが非常に遠慮がちにしていることだ。
「綺麗なお部屋ですね」
「あ、はい。 ありがとうございます・・・」
どんな突飛な拍子に剛明に部屋を見られないとも限らない。 そう思って、日頃から片付けていたことが幸いした。 そうでなければ、もう少し散らかっていてもおかしくなかった。
とりあえず座ってもらい、お茶を出してみる。 ヴィンセントは丁寧に正座し、縮こまっていた。
「あー、楽にしてもらっていいですよ。 一つ聞きたいんですけど、用心棒って何をするんですか?」
「それは紅葉さんの護衛ですが、割と何でもできますよ。 少し待ってくださいね、えぇと・・・」
ヴィンセントは視線を彷徨わせた。
「あ、僕が今日夕食を作ります!」
そう言われたため作ってもらうことにした。 紅葉が買ってきたスーパーの袋の中身を見てヴィンセントは唸り声を上げる。
「・・・どうかしました?」
「これでは栄養のバランスが偏っていますね。 今から僕は近くのスーパーで買い足しをしてきます」
「そこまでしなくても大丈夫ですよ!」
「紅葉さんの体調面を整え、体調不良を避けるのも僕の務めです。 あまり僕がいない間は外へ出てほしくないですが、もし外出をなさるなら先程僕が渡したスマホを肌身離さず持っていてください」
そう言って家を出ていったヴィンセントは数十分後走って戻ってきた。 帰ってきて早々料理を作り始め、更に数十分。
「うわぁ・・・! 美味しそう・・・ッ!」
紅葉は普段一品物しか作らない。 だがヴィンセントは栄養や量を考えていてバランスのいい献立が出来上がっていた。
「よろしければ僕が毎日お作りしますよ」
「いえ、そこまでは負担をかけたくないです。 でも私が料理をする時間がなかったら、その時はお願いしようかな・・・」
「分かりました。 ・・・ということは、しばらく僕はここにいていいんですか?」
「まぁ、一応は・・・?」
そう言うとヴィンセントは笑顔を見せた。
「ありがとうございます! 全力で紅葉さんをお守りします」
こうしてヴィンセントとの謎の同棲生活が始まったのだ。
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