第2話 


「・・・・起きろ!!」


 急な大きな音に私は飛び起き、あたりを見渡す


「もうすぐ任務の時間だ」


 誰もいないのに音声だけが流れる。

ただの放送か


 私は黒い時計の針がカチカチと進むのを眺めた

その針の音の回数の5倍くらい私の心臓は私の体を叩く


 体に不安感が血流とともに流れていそうだ


私は今どこにいるのだっけ?

いや、名前はわかる

別に記憶喪失とかではない

普通に忘れているだけだ


それを記憶喪失というわけだが、今は置いておく


よくあるだろう、夢と現実がごっちゃになって曖昧になること

とにかく、思い出さなければ


私は慌てて当たりを見渡す


 狭い密室

男といると危ないの代名詞のような場所

しかし、周りには誰もいない


 床に敷いてある絨毯を白く綺麗でスラリとした長い足で退かすときらりと反射する鉄の床が出てくる


 壁にある壁紙を自分の小さい刀も握れなさそうな手でどかすと、鉄の壁が露わになる


 そこに映るのは多少、大人になった自分


大きく三つ編みワンテールにした白い髪に紅い目。おでこから出る黒い角が異様に目立つ


 そこを置いておいても、白い肌にほっそりとした体。ちゃんと出るとこ出てるナイスバディ


 その上、美少女だ。


世界で一二を争うと見てもいい

これが傾国の美女というやつか

よく育ったものだ

うんうん


数少ない私の自慢だ

私は鏡を見ながらドヤ顔をした


側から見たら恥ずかしいやつだからもうやめよう

それに大幅脱線だ


私は窓から外を見る

真っ赤な空、埃の舞っている空気


それ以外に何もない


今乗っているものの周りには建物がないが

風の音だけ、私の耳に入ってくる

音が絶えず止まない


頭上から飛び出て見える4本のプロペラが視界に入った瞬間、私は思い出す


任務のためにただのヘリコプターに乗っているのだった


はー、またあの夢・・・か


 あれから10年経っている


あの後、私は元いた人間界から、黄泉と呼ばれる世界に運ばれた

黄泉とは人間が人間界で抱いた負の感情が集まる場所


とある陰陽師が作った崇高なる世界と人間たちは豪語しているが


 簡単に言って吐き溜め


人間界の負の感情は全部、黄泉に吸い込まれ、瘴気を生み出し魔獣が生成される


 空は赫く、血の匂いがどこにでも漂い、鬼が自分達で作った街の外に出れば悲鳴がどこかから一度は聴こえる


ここに送られるのは罪人と鬼だけ

それも重なり、ほぼ地獄同然だ


ただ違うところは、罪人が鬼を仕切ることぐらい


使えない鬼は魔獣の餌や武器の素材、罪人の慰め物にされる


決して小さい少女が運び出されるような場所ではない


人間界と黄泉の行き来は、鬼門という人間界と黄泉を繋げる門からしかできないらしく、私は最低限のものを持たされてから、陰陽師の人が術で作った門から黄泉に送られた


私は、魔獣が外に出て暴れないよう魔獣を倒す使命が勝手に与えられ、寮に預けられた


あの時はかなり慌てた


自分が生き残れるとは思っていなかったこと、見知らぬ場所に放り出されたこと


そして、トイレの鏡の向こうにいた私が変わっていたこと


元々黒かったこの白い髪や青かったこの赤い目の色。

さらには普通に肌色だったこの真っ白で焼く前の餅をイメージする肌の色。


目は垂れ目から若干吊り目になり、ピンク色で可愛らしかった唇がさらに薄くなり桃を連想させる色になっていた


正直言って、鏡が壊れていると本気で思った

かなり慌てていた私は鏡を直そうとコツンと触るようにそっと鏡を叩くと鏡の破片が飛び散り、私の体でそれを浴びた


普通なら傷が一つくらいついててもいいくらいの勢いだったがノーダメージ


痛くも傷跡もなかった

身体の頑丈さも変化していたのだ


これは寮で暮らしていくうちに分かったことだが

学習能力や身体能力

文武両道。


 そして、全てにおいて天才になっていた


それに、性格まで少し変わった

私の色々なものが変化した


 いや、全てが変わったと言っても過言ではない


自分の体がまるで、他人の体のように感じられる

そう感じてしまった後、全てにおいて虚無な気分になってしまった

達成感も充実感もまるでない


そして、私は考えるのをやめることにした

ただ訓練を毎日こなし、義務である今この世界を跋扈する魔獣の討伐をはじめとする任務を遂行する


 ただそれだけの日々だった・・・・が


ある日、1匹の仲の良い知人の鬼ができた

その鬼との生活はとても楽しく飽きない物だった


私の虚無感を拭ってくれた

感謝している


本人には小恥ずかしくて絶対に言えないけど・・・・・


そのおかげで、10年前のこともある程度忘れられていたはずだった


 今日、この夢を見た理由は大体わかっている


もう頭ははっきりしてきており、全部思い出せた


そして、悩みがとてもくだらないことに溜息をつく

だが、私にとってはとても重要なことという事実に頭を抱えたくなる


『ペアでの任務』


 ・・・・・・・・・・これだ

私は箱入り娘

父の方針で家族以外の人と私は全く一切関わってこなかったんだ5歳までずっと


そして、寮ではその1匹の知人以外とは最低限のこと以外話したことがない


そもそも、友達がいない


そんな私が会話を成立させることが可能だと本当に思うか?


そんな私が知らない人とコミュニケーションを取らなきゃいけないだと?

ふざけるな


その上、相手は男だというではないか


あー、もうダメだ

帰りたい

無理だって言ったのに


そう頭を抱えていたらコンコンという音が密室に鳴り響く


私にはそれが死の宣告のように感じた


 その死の迫る音に驚き背筋が伸びるが、

体が固まっていたのか、背骨からボキィという折れててもおかしくない音がした


 待っている間、寝ていたことを思い出す


「・・・あっ、あの、こんにちは。あなたとペアを組ませていただくフィルング・フォーカスです」


 黒い髪をして青い角の中性的な男の子が骨折音にびっくりしたのか恐る恐る入ってきた


 それにしても肌白っ

雪とも思わせる色の肌に私は驚く

男の子だよね?

女の子だと言われても全然疑わない


 美人だ

これが世間一般で美少年と称される男の子なんだろうな


 尚更、絡みづらい

話題

天気?

いや、そんなんでいい訳無い


 つまらない話してしまったら絡みがなくなるタイプに見える

ただの偏見だけど


とりあえず話しかけなければ


「・・・・・・」


 私は考えている間も時間が流れるという世界の真理を忘れていて、初手沈黙をかましてしまったようだ


 出だしは最悪

よっ、よろしくとか挨拶すればいいの?


 ああ、そうだ

まず、自己紹介だ


「・・・・・・・・リリー」


 緊張しすぎて素っ気ないみたいになってしまった

 しかも、困惑しすぎて一瞬自分の名前を忘れて変な間が空いてしまった


アホか私は


恥ずかしい

目を合わせないようにするしかない


「リリーさんですね。よろしくお願いします」

 

 フィルングはぽかんとした顔をしてから数秒後

笑顔になって私に優しく話しかけてくれた


「・・・敬語はいらない。・・・敬称も」

「わかったよ。できれば僕のことはフィルって呼んでくれないかな?リリー」


 私は、ただ頷いた

異性に名前を呼ばれるのが初めてだ


それ以前にフィルは陽の者だ

私のような存在が目の前にいた時、私ならこいつ変な子だ。あまり関わらないようにしようで終わらせてしまうだろう


決して、あだ名を教えるようなことはしない


そんな陰の者特有の考えをしていたら放送が鳴る


『リリー・アルトリア、フィルング・フォーカス。発車します。』

「はーい」


 フィルがニコニコしながら機械に返事をする

そこから育ちの良さを感じる 


私は、育ちが悪いわけではないけど、機械に挨拶するとかもう絶対しない


唯一仲の良い鬼の知人に機械と話してる所を見られて、笑われたことがあるからな

フハハハ・・・・ハァ


 忘れよう


「あっすみません。変でしたよね」


グハァ

つまり、私は変に見えるやつだったと言うこと

くっころ


「大丈夫」


私が語彙力無きフォローをすると自動運転のヘリコプターが静かに飛んだ


どんどん今までいた地点が離れていく


「「・・・・・・・・」」


 最近の技術はすごい

ヘリコプターは、気づかれやすく狙われやすい

だから、無音機能をつけたようだ


 しかし静かに飛んでしまうせいで気まずい沈黙が生まれる


 顔を合わせれば、目を逸らし、沈黙に耐えかねて何かを話しかけようと顔を前に向けると顔が合い、目を逸らす


という無限ループが続くと思われたが


「あっ、ああ、ごめん。敬語出てた。いつもの癖で・・・」


 いつの話をしているのか、フィルは沈黙に耐えられなかったようで慌ててそう話を切り出す


私のことは気にしなければいいのに

どこか変な子だ


 というより、いつもの癖で鬼に敬語を使うってどんな酷い環境で生きているんだ?


 この子は、前線に出る用の鬼だ

通常とは異なる頭のいいこの地獄のような黄泉と呼ばれる壊滅した世界ではなくちゃんとした人間界に住み着いているサラリーデーモンならともかく

敬語を使う場面の見当たらない。


 というより、戦場での敬語は信頼に欠ける

だから、鬼が癖で敬語を使うのは禁忌であるはず

まぁ、私は気にしないけど


「・・・無理はしなくていい」

「はは、慣れるまでお願いします」


 なんで、私はこんなに偉そうなんだ?

フォローしてもらっている立場じゃないか

そして、また沈黙が続いてしまう


「あ、あ、そういえば、簡単な自己紹介しかしてなかったから、ちゃんとした自己紹介しようよ」


 なるほど。

いい案だ


 自己紹介はグループ交流の前の基本だ

私はぼっちだけど

ぼっちだが自己紹介だけには自信がある


 なぜなら私は幼少期から愛用している自己紹介法をもっているからだ


 私は紙を取り出し、ペンで自己紹介の文を書く


 自分の口ではなく紙に書けば全く恥ずかしくないと言う寸法だ


『リリー・アルトリア 16歳

趣味 剣術  特技 剣術  好きなお茶 紅茶  カップ G』


 字を極力綺麗にして、やりたいこと欲しいもの

今回の任務で使えそうな特技。

知人Aから教わった絶対爆笑法も入れた

完璧


「じっ・・・・え?あ、え?」


フィルは顔を真っ赤にして戸惑っている

これで仲が良くなるのも必然になるだろう

知人Aもこれで仲良くなれない男はいないって言っていたからな


あとはなんのカップかは言ってないわよって言うだけだ


しかし、なぜだ。

声が出ない

想像以上にこれが恥ずかしいことに気づいた


痴人Aには、なんか仕返ししよう

そして、またさっきよりも最悪な沈黙に包まれてしまった


だが、幸いなことに


「あ、あっ、もうすぐ着くみたい」


ヘリコプターが地球に着陸する


長かった


私はこの苦行を耐え抜いた

なんだこの喜びは、達成感か!

いや、開放感だろう!!

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